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短い日常

「ハルシオン!」


 目を覚ますオレゴン。勢い良く上半身を起こすと隣ではまだハルシオンが眠っていた。

 ひとまず夢であった事に安堵して溜息を付く。全身は汗だらけでシャツが肌にぴったりとくっつく感覚が非常に不愉快だった。


「そう言えば悪夢って言ってたな……。桜渦……」


 オレゴンはそこで俯くと、ハルシオンの寝顔を横目で見て呟いた。


「俺は負ける訳にはいかないんだ」


 すると思わず目が合った。最初こそキョトンとしているハルシオンだったが、次第に顔をにやけさせていく。


「リーダー……? 私の寝顔に惚れちゃったんですかー?」


「いや、別に見つめていた訳では……」


「もう、リーダーってば照れ屋さんなんですからー」


 そう言って押し倒す様に抱き付くハルシオン。


「お、おい! 急になんだ!? ……と言うより汗臭いから離れろ!」


「そんなの気にならないですよー」


 オレゴンの鍛えられている腹部に頬擦りして笑顔を浮かべるハルシオンに、オレゴンも釣られて笑顔になる。

 はっきり言って幸福感でいっぱいだった。ハルシオンも同じ幸せを感じてくれていると思うと、その幸福感はさらに膨らんでいく。


「……私は幸せ者です。リーダー。……私は何があってもあなたの味方ですからねー」


 ハルシオンの言葉に、先程の夢を思い出す。苦痛な夢この上なかったが、ハルシオンが自分に牙を剥く事などありえないと思えば、もう二度とあんな夢など見る気がしなくなった。


「俺もだ。何があってもお前を守る……」


 顔を起こすハルシオンとまた目が合う。そこからの体感時間は長く感じた。ただただ見つめ合う時間が過ぎていく。

 ハルシオンの惚けた顔に目が釘付けになり、視線を逸らせない。高まる胸の鼓動。

 そこでハルシオンが不意に瞼を閉じた。すると人とは面白いもので、視線は自然と唇に移っていく。

 特に意味は無いはず……とオレゴンは現実から必死に逃避するが、体はその思考に付いて行かなかった。その証拠に、心臓は音が鳴りそうなくらい力強く鼓動を刻み、体中の穴と言う穴からは汗が流れ出ている。

 瞬きなら長すぎるぞ! 心の中で叫ぶが、やはりハルシオンは瞳を見せなかった。

 オレゴンは覚悟を決める。

 そして恐る恐る顔を近付けて行くと、それはそれは唐突に部屋の扉が勢い良く開かれた。


「微睡ー! 起きてるー?」


 慌てて距離を取るハルシオンとオレゴン。

 オレゴンに至っては下手に咳払いをしていた。


「あれー? もしかしてお邪魔だったー?」


「おねぇちゃん! ノックくらいしてよー!」


「良い所だったのにごめーん。今日の朝ご飯はやっぱり私が作ろうと思ってー」


 ハルシオンが顔を歪ませる。

 

「えー! 私が作るって言ったでしょー!」


「だってこの後レムとの面会があるからー」


 夢見は時計に視線を向ける。

 オレゴンも遅れて視線を移すと、呟くように言った。


「寝過ぎた……」


「微睡の寝坊助さんが移っちゃったみたいだよー?」
















「夢見様……?」


 病室。白いカーテンを背後に、ベットの上でレムがオレゴンと並ぶ夢見を見て片目だけを丸くする。

 頭部には包帯が巻かれており、もう片方の目は隠れていた。

 オレゴンはその姿を見て思わず目をそらす。

 赤いドレスの女性はレムを治療する義理は無いと言った。その結果が今のレムの姿だった。

 夢見もその痛々しい姿に、少しの間言葉を失ったがすぐに、残されたレムの目を見て話し出す。


「いきなりトリアゾラムさんの家から出ていったって聞いてびっくりしたよー」


「あなたには……関係の無いお話です」


 夢見がベットの前の丸椅子に腰掛ける。

 レムは気まずそうに顔を背けたが、夢見はその横顔に向けて言った。


「関係無い事ないよー。大人しくトリアゾラムさんの所で働くって言うから、てっきり私は会わせる顔が無いだけだと思ってた。けど、あなたの狙いは微睡の力だったんだね」


「……復讐だけが私の生かされた理由。トリアゾラム家ではいくつもの策を練っていた。結局微睡様の力を手に入れる事は叶いませんでしたが……」


 レムはそこで歯を食いしばって続ける。


「いやそれどころか復讐も果たせなかった……。あの貴族も気まぐれでジョーカーを逃がしてしまうんですから、やってられないですよ」


 夢見はそこで静かに立ち上がる。

 レムが背けた顔を再び向けて見上げると、そこには冷たい目をした夢見がレムを見下ろしていた。


「ただ見守ってくれているとばかり思ってたよー。それであなたはレム? それとも……小夜ねぇちゃんなの?」


 ハルシオンと話している時のような優しさは一切感じられない夢見の声。

 不穏な空気にオレゴンの心拍が早まる。


「私は……レム」


 それを聞いて夢見は溜め息を付くと、何も言わずに背を見せて去ろうとする。

 そうしてオレゴンの腕を少し荒く引っ張り、早々に部屋を後にしようとする夢見と引っ張られるオレゴンの背に、レムは言った。


「ジョーカーはアンソウシャブルに向かうでしょう。私は聞いていた。私とオレゴンの中に眠るものを引き離すと言っていた事を」


 恐らくそれはオレゴンに向けて言った言葉だろう。

 しかしそれに答えたのは、歩みを止めた夢見だった。


「出来る訳無い」


「それを可能にする技術がアンソウシャブルにはある。だからそれを阻止してくれ……オレゴン」


「なぜ?」


 オレゴンに向けられた言葉に返事をするのは、変わらず夢見の冷たい声だった。

 レムはそこで声を震わせて言った。


「今更、元に戻って……あなたと微睡にどんな顔を合わせれば良いのですか……」


 それは辛いだろうな、と夢見は思った。と同時に垣間見えた姉の存在に心を痛める夢見。

 オレゴンもまた、桜渦と引き離された所で良い結果になるはずもないと容易に想像し、夢見が言葉を失っているとうちに、レムに振り向いて言った。


「分かった。善処しよう」










「……と啖呵を切ったものの、どうすれば良いのだ?」


 自宅に帰ったオレゴンはコーヒーを淹れる事も忘れ、事の経緯をハルシオンに話していた。

 もちろん夢見との約束で、伏せるべき事は伏せている。ちなみに病院からの帰り道で調子の良い事を言って夢見に軽く怒られたのも伏せて置いた。夢見的にはレムと立ち会った事によって、一つの決心をより強固なものとしたようで、オレゴンの行動はその決心に反するものらしい。

 帰り道、納得の行かないオレゴンがその決心に付いて聞くと、夢見はもうレムには干渉しないと言っていた。そこには複雑な心境があるのだろうが、それも夢見の一言で納得させらてしまった。


『会って分かった事があるんだー。もう完全に別人だった。やっぱり思った通り、レムでも小夜おねぇちゃんでも無かった。だからもう会いたくない……辛くなっちゃうでしょー?』


 今でも脳裏に再生される鮮明な夢見の声。暗い表情をする夢見は続けてあれはレムと小夜おねぇちゃんの記憶を持った人形と表現した。

 そう考えれば会いたくないと言うのも納得の行く理由だと、そしてレムの願いを勢いのまま許諾したのは軽率な行為だったかと反省するオレゴンが顎を撫でいると、現実に引き戻すようにハルシオンが先程の質問に返事をする。


「分かりませんよー。そもそもリーダーの言ったレムの中に眠る女性って誰ですか? あとリーダーからも引き離すって、もしかしてそれって桜渦さんの事ですかー?」


 洗濯物を正座して畳むハルシオンは少し拗ねている様子だった。。

 朝食が振舞えなかった事と、夢見と二人きりで出かけた事にご立腹なのだろうか。とオレゴンは今までに無い事例に動揺が隠せない。

 コーヒーを淹れ忘れたのも、帰って来て早々にハルシオンの機嫌がよろしく無い事に気付いたのが大きな要因だった。

 今もぷいっと顔を反らして目を合わせようとしないハルシオンに、オレゴンは恐る恐る会話を重ねる事しか出来なかった。


「俺も詳しくは知らないんだ……。ただ俺の件に関しては桜渦で間違いないと思う」


 ハルシオンが硬直する。夢の中に桜渦が出て来た事を思い出したからだ。

 夢の中の桜渦曰く、復讐の機会を伺っているらしい。そしてそこで懸念されるのが、引き離された後の事だった。

 引き離すと言うのがどう言った状態を表すのか、ハルシオンには想像すらも難しかったが、もし桜渦が実体を持って姿を現すとなるとそれは正しく最悪のケースだと言える。

 仮に襲ってきた桜渦を殺せばそれは即ちオレゴンの死を意味するだけに、対抗の手段を持ち合わせてないからだ。

 それに、二度も桜渦に勝てるとは限らない上に、再び封印しようにも桜渦が同じ手に引っかかってくれるとはとても思えなかった。

 ハルシオンはそんな事を考え、不安でいっぱいの顔をオレゴンに向ける。


「リーダー……やっぱり阻止した方が良いですよねー……?」


「そうだな。桜渦が出て来て良い事なんて、なに一つも無いだろう……」


 オレゴンもまた不安げな表情を浮かべていた。

 悪夢を見せてくるような桜渦が友好的なはずが無い。祖父に言われた通り、命を共有してるとなるとこれからの人生、その桜渦とどう向き合って行くべきかとオレゴンは重たくなる頭を抱える。


「となればどうしましょうかー……うーん……」


 そこで口数が減ってしまう二人。黙々と洗濯物が畳まれていく中、オレゴンは自分は何もしていない事に気付き、慌ててハルシオンの横に座った。

 そしてリビングの絨毯の上に広げられている洗濯物に手を伸ばす。


「す、すまない。お前ばっかにやらせてしまって――」


 とオレゴンが山積みの洗濯物から引っ張り出して来たのは、あろう事かハルシオンの下着だった。

 ピンク色だった。そして小さなリボンが付いている。


「――わー! わー!」


 それをハルシオンは急いで取り上げると、胸にぎゅっと隠す様に埋めながら続けた。


「この洗濯物の中から都合良く私の下着を見つけるとは……リーダー……さては確信犯ですかー?」


「ち、違う! 偶然だ!!」


 オレゴンが立ち上がって弁明する。

 するとチャイムがなった。

 ハルシオンが良く鳴るなぁ、と思っているとその隙にオレゴンは玄関へ走って行く。


「あ、逃げたー!」


 帰って来たオレゴンにどんな意地悪をしてやろうかとハルシオンは様々な方法を考えるが、そのままオレゴンが室内に招き入れた意外な人物によってその思考はあっさりと消えてしまった。

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