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再会の二人

「微睡。起きてー。オレゴン君が帰って来たよ」


 ソファで眠り込むハルシオンの体を揺さぶる夢見。

 重たい瞼を開けるハルシオンはそのまま身を起こした。

 玄関の方からはオレゴンの驚き慌てる声が聞こえる。オレゴンが一体に何に驚いているのかは容易に想像付くが、ハルシオンは顔を上がる事が出来なかった。

 オレゴンが見えてしまうから。オレゴンの声を聞きオレゴンが近くに居る事を感じるが、今はまだ会いたくなかった。

 たがたが抱き付かれて太腿を撫でられただけ。それ以上は無いし、その程度だと言う事も客観的に考えれば理解できるが、やはり当事者となると、そう割り切れるものでは無い。

 重要なのはどこまでされたかでは無くて、向けられるいやらしい意思に抗えなかった事。合意があるとか無いとかでなくて、その意思の思うままにさせてしまった事。自分を守れなかった事。物理的な要因では無く、そう言った精神的な要因がハルシオンを苦しまていた。


「これは何事だ!?」


 慌ててリビングに帰って来たオレゴンは女子三人の暗い表情を見て、苦い表情をする。

 ハルシオンもエルも俯き、辛うじて夢見だけがオレゴンを見つめ返していた。

 嫌な予感しかしない。オレゴンは真っ先にハルシオンの安否を気にする。同じ様子のエルを放っておいて特定の人物を心配するのは、リーダーとして褒められた行動では無かったが、今のオレゴンにはそんな些細な事はどうでも良かった。


「ハルシオン……! 何があった?」


 ソファに腰掛けるハルシオンに歩み寄り、両肩を掴んで心配するオレゴン。

 そのオレゴンの背に夢見が答えた。


「微睡。ちょっと乱暴されてしまってー」


「乱暴!?」


 濁したような表現だな。そうオレゴンは思ったが、夢見がわざわざそうした表現を用いたのには何か理由があるのだろうと推測する。そしてその推測は決して良い方向には進まなかった。

 どちらにせよ、ハルシオンが傷ついている事には変わりが無く、詳しい状況を聞こうにもハルシオンが気になってそれ所で無くなる。自分の性格を理解するオレゴンは先にそちらを解消したかった。詳しい話はそれからでも遅くは無い。


「ハルシオン。どこか痛むのか? 苦しいのか?」


「リーダー……。心が痛いです、苦しいです」


 オレゴンの今にも泣きそうな表情。ハルシオンにとってそれが余計に辛かった。

 こんなにも心配してくれるのは嬉しく思うが自分はそんな人を裏切ってしまったと、失望させてしまう、と一層強く思いつめる。

 不意にオレゴンはハルシオンを抱きしめた。オレゴンの暖かい体温を感じるが、ハルシオンの心は罪悪感で冷たくなる。

 思わずそこで涙を流すハルシオンは、オレゴンを抱き返す事無く続けた。


「知らない人に……抱き付かれた。知らない人に馬乗りになられて……太ももを撫でられた。ごめんなさい……リーダー……」


 血の気が引いて行くのを感じるオレゴン。一番懸念していた最悪のケースだった。

 そこへ夢見が慌てて補うように言う。


「でもそれだけなのー……! だから良いって意味じゃないけど、それ以上は何もされないから……微睡の事を嫌いにならないで……」


 そこで思わず一緒に泣き出す夢見。

 オレゴンが帰ってくる前までは二人の事を気に掛けてしっかりとした言動をしていただけに、ハルシオンもエルも驚きが隠せなかった。

 夢見も限界だったのだろう。自分だって泣きたい所を押さえて無理をしていた。それがとうとうここで決壊した。

 それの影響か、次第にはエルまで泣き出す始末。

 困り果てるオレゴンは唐突に、ハルシオンを抱きかかえると勢い良く立ち上がった。


「リ、リーダー!?」


 そして一回転してからハルシオンを強く抱きしめる。


「みんな揃って何辛気臭い事言ってるんだ? そんな事で俺がハルシオンを嫌いになる訳ないだろう?」


「私は……微睡は許されて良いのですかー……?」


 震えるハルシオンの声。


「許すも何も、俺がお前の事が好きなのは何も変わってないぞ? だからお前も引き続き俺を愛してくれ」


 涙が次々に溢れてくる。もう何も考えられない。

 声を出して泣きじゃくるハルシオンの背をオレゴンは優しく撫で続けた。

 それからしばらく泣き続けたハルシオンは少し冷静さを取り戻したのか、恥ずかしさからかびしょ濡れになったオレゴンの肩に顔を埋める


「もう……何くさい事言ってるんですかー」


 少しはいつもの調子に戻ってくれた事に安堵するオレゴンは、外された扉と開けられたフローリングの穴を見て聞いた。


「それで何があったんだ?」


 その問いにエルが正座をして答える。


「僕の彼氏……だった人が仲間を連れて……」


 そこへ抱かれたままのハルシオンが続けた。


「その人、前にリーダーと一緒に依頼をした赤い髪の友達で……私に乱暴したのもその人……」


 オレゴンは言葉を失ってしまう。

 ハルシオンの言葉が本当であれば、仮にも友として認めた人物の犯行となる。

 別にハルシオンを疑っている訳では無い。むしろ思い返せば思い返すほど、心当たりはあった。

 そう言えばハルシオンと出会って間もない頃、まだグループを設立の資格の為の勉強を友と共にしていた頃、ハルシオンの話を良く振られていた気がする。これは当時からそう思っていたわけでは無くて、ハルシオンへ乱暴を働いたと聞かされたからこそ、今そう思えた。

 もちろん彼は悪口を言っていたわけでは無い。ただ良く聞いていたのはハルシオンとその周囲の関係の話。クラスにあまり馴染めていなかったハルシオンを救いたいと言っていた。そして同時にその勇気が無いと小心者の自分を良く責めていた。

 その中で、結果的にハルシオンを救ったのはオレゴンだった。それ以来、友との会話は日に日に減っていった気がする。


「そいつは今、何をしている?」


「僕が知らない遠くの地方へ転送させた……よ。それで……僕はもうここを……」


 エルが俯いてそう答えた。これでエルが落ち込んでいる理由も分かった。

 彼氏が迷惑を掛けて申し訳無い気持ちで溢れているのだろうが、それを言えばオレゴンの友が迷惑をかけたとも言う事も出来る。


「エル。お前は関係無いからな。悪いのは俺の友達なんだから、いつも通り来てくれるな?」


「え、でも……良いの……?」


「当然だ。貴重な戦力なんだからな! 胸を張って堂々として来てくれ」


 そこでオレゴンは夢見へ視線を移した。ただただ気まずそうにしている。しかし姉と言う立場が甘える事を許さない。オレゴンは、依頼を終えたらある提案をしようと思った。


「夢見さん。レム見つかりました」


「えー?!」


 立ち上がる夢見。レムが見つかった事にも驚いたがここで、このタイミングでオレゴンがそれを告げた事にも驚かされた。


「ただ重体で今は病院に居ます。明日共に出向きましょう」


「何が……あったのー?」


「……ジョーカーを召喚して――」


 夢見はジョーカーと言う単語を聞くなり、自分の唇に人差し指を当てて言った。


「――やっぱり後で個人的にお話しできるかなー? オレゴン君」


「わ、分かりました」


 この後、4人は少しずつ険悪な雰囲気を取り除いていった。

 部屋の修理はエルが全額負担すると申し出たがオレゴンが友達という事もあってか、結局二人で出し合うという事で話がついた。

 オレゴンは友の飛ばされた先が気になったが、会えば責めてしまう自分を想像し、結果的にこの別れ方が最適だったのかなと納得する。また時間が流れ、今回の出来事が遠い思い出になった時にでも会えれば良いかと前向きに思った。

 そうして就寝前、オレゴンは夢見に貸し出しているハルシオンの部屋へ訪れる。


「夢見さん。話とはなんですか?」


「堅いよーオレゴン君。敬語じゃなくて良いよー」


「じゃあ改めて夢見さん……話とは?」


 夢見は数回頷くと、部屋の外を気にしながら言った。


「レムの事なんだけどねー。ちょっと微睡には秘密にして欲しい事があってー。オレゴン君はレムの事どこまで知っちゃったのかなー?」


「小夜――」


 オレゴンの出したその名に夢見がぴくりと反応する。その事をオレゴンは疑問に思いながらも話を続けた。


「――……と呼ばれて怒っていたのが一番記憶に残ってる。あと目の見えない老人に女性と言われたり、全然当てはまらない身体的特徴をジョーカーに述べられたり、俺も含めて……刻を止める者とか、生ける屍とか、歩く禁忌とか、交差する思念と呼んだ事くらいかな」


 夢見はそこで笑いながら言う。


「なんだー……ほとんど知ってたんだねー」


 そして真剣な表情をして続けた。


「レムは……レムの中には小夜おねぇちゃんの魂が共存している。その証拠が年を取らない体。レムは十年前からずっとあの姿なんだー。学園では禁止された行為なんだよ? ほんとは」


 オレゴンはそこでジョーカーの言った言葉の意味を次々に理解していく。

 刻を止める者とはまさしく桜渦の魂によって生かされ、恐らく年を取る事の出来ない自分を指した言葉。

 生ける屍も同様に、一度は死んだ身なのに生かされている事を指す言葉。

 歩く禁忌も夢見が言った通りの言葉。

 そして交差する思念は二人の意思が、入り混じっている状態を指す言葉。

 オレゴンも桜渦が姿を現した時、自分が自分で無くなっていくような感覚を覚えた。

 そこでオレゴンは一つの疑問を抱く。


「今のレムを……いや、レムの中にある意思は誰のものなんだ……?」


「それは……分からない。まだ二人の意思が残ってる可能性もあるよー。ただ小夜おねぇちゃんの意思が残っている事は分かる。だって小夜おねぇちゃんを……かつてのナンバー2だったおねぇちゃんを殺したのはジョーカーだからー……」


 オレゴンは言葉を失ってしまう。

 事件としては知っていたジョーカーの上位ナンバー虐殺事件。まさかここにハルシオンの姉が居たなんて思いもしなかった。


「それは……だったら余計に教えてあげた方が……」


「悲しむでしょ? それに変に期待させてあげたくないのー。もうレムともおねぇちゃんでも無いんだから」


 夢見の言葉。それはオレゴンにも刺さった。つまり言い換えれば、自分もハルシオンにとって悲しみの対象だという事。

 それに気付く事の無い夢見は、俯くオレゴンの指先を握る。


「お願いね」


 何度も頷いてオレゴンは立ち上がり、部屋を後にする。

 そこで深呼吸をしながら玄関へ視線を向けると、外の様子が見えた。

 不用心だったが、その対策は既にしてある。

 玄関の扉のあった場所に、赤い光線がいくつも張り巡らされていた。これに何者かが触れると、魔法の詠唱者気付くと言う物だった。それをオレゴンと夢見の二人で使用した。これで片方が気付かなくても多少は安心できる。

 オレゴンは疲れ切った体の最後の力を振り絞って自室へ戻ると、ベットの上でハルシオンはぐっすりと眠っていた。


「ハルシオン……。俺が居ない間に辛い思いさせたな。すまない」


 オレゴンはハルシオンの横に寝転がると、額にキスをして言った。


「おやすみ」

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