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依頼終了

 女性とオレゴンとレムは並び、その向かいにはジョーカーが立っていた。

 遺跡は皆が無事だと言うのに血生臭く、床は所々赤く染まっている。

 石造の床の隙間から芽を伸ばす赤い液体を被った雑草を踏みつけるジョーカーは、頭の横で指を回しながら言った。


「一つ提案があるんだけど、三体一って卑怯だと思わないかい?」


「まったく思わないわ」


「……あ、僕ちょっと用事を思い出しちゃった」


「孤独を体現したようなあなたに用事? つくならもっと真面な嘘がつけないのかしら?」


「あ、あのさ。君たちの目的がさっぱり分からないんだけどさ。やっぱりもっと平和的に解決しようよ」


 ことごとく否定的な言葉を浴びせられるジョーカーは、流れる冷や汗を誤魔化す様に笑顔を作ると、握手を求める様に女性に歩み寄る。


「それが出来るなら私もそうしたいわね」


 女性が笑顔でその手を受け止め握り返すと、にやりと笑うジョーカーが言った。


「馬鹿め! 隙あり!」


 ジョーカーが腕を振り上げ、女性を宙に浮かした。

 これがあのジョーカーのやり口かと、重ね重ねられるジョーカーの奇行にオレゴンは失望する。

 確かにジョーカーは悪名高く、良い話など聞いた事も無かったが、そこにはジョーカーなりの誇りやポリシーがあるのだろうと思っていた。

 しかしこれでは詐欺師にも満たないただの卑怯者に過ぎない。女性の攻撃を何度も受けて立ち向かっている事から実力は確かなのだろうが、恰好は付かないなとオレゴンは思った。


「嘘吐きなのも相変わらずね。あなた」


 宙に浮かされた女性はそのままジョーカーの頭を鷲掴みにすると、そのまま体重を掛けて地面に強打する。

 その衝撃は凄まじく、振動と共に風を起こし、ジョーカーの顔面を中心に小さなクレーターを作るほどだった。

 これは一体なんの茶番なんだ、と俺はなぜここに居るのか。とそう疑問に思うオレゴン。

 そもそも夢見が居ないのにジョーカーと立ち会っても何の意味も無いではないかと、自分がここに居る理由を改めて考えていると、横のレムが唐突に怒鳴るように言った。


「私はこんな茶番を見るためにここに居る訳では無い!」


 自分の心境に同感するようにレムがそう言った事に驚きが隠せないオレゴン。

 レムは倒れるジョーカーを睨んで続ける。


「ジョーカー。本当の姿を見せろ。私を殺した時のように……かつてのナンバー2からナンバー9を皆殺しにした時のような狂気に溢れた本性を現せ」


 ジョーカーはむくりと起き上がると、膝の埃を払いながら答える。


「もう、君はいつだってせっかちだなぁ。小夜ちゃん?」


「貴様がその名で私を呼ぶな!!!」


 レムが手に握る杖をジョーカーへ向けて駆け出す。

 しかしそれよりも早い速度でジョーカーも駆け出すと、向けられる杖を握りまるで木の枝を折るように容易く二つに割り、そしてその断片をレムの瞳に突き刺した。

 膝を付いて叫ぶレム。ジョーカーは腕を広げて淡々と言った。


「元と言えば君が僕を煽ったからでしょ? 逆恨みだんて酷いなー。小夜ちゃん」


 レムが出鱈目に腕を振り回す。ジョーカーはその腕の範囲外からレムの顔を蹴り飛ばし地に這いつくばらせると、頬に靴底を置いて続けた。


「君の瞳って綺麗だよね。前は何色だっけ? 忘れちゃったな。あ、そうそう綺麗と言えば君の透き通った深い海のような髪色も綺麗だったよね」


 ジョーカーの並べた単語に、オレゴンは思わずハルシオンを連想させた。

 そしてレムがハルシオンの血縁者である事を思い出し、このままだと殺されかねない事を懸念する。女性も笑顔で眺めて居るだけで、レムを救う意思があるようには見えない。

 オレゴンは無力な自分を呪う事しか出来なかった。

 そうして冷静に実力差を考え動けないでいると、オレゴンはレムとジョーカーの言った意味深な言葉を思い出していく。


「私を殺したように……? かつてのナンバー2からナンバー9……?」


 それは夢見と話した過去の事件の事だとすぐに分かった。

 だが分からないのは、ジョーカーが瞳の色を忘れて思い出せない事。そんなものは見れば分かる事だ。そしてレムの特徴とは似ても似つかない髪色。昔の容姿の話だとすれば納得できるが、瞳の件も相まってそんな単純なものでは無い気がする。

 極め付けは小夜と呼ばれて怒りを露にしたレムに、過去にレムが目の見えない老人に女性だと言われた事。確かその時も、レムは不満げにしていた。そうなると自然に小夜と言う名は女性の名前にも思える。

 考え込むオレゴンを他所にジョーカーはレムの胸倉を掴み上げ、今にも止めを刺そうとしている時だった。


「やめろ! 古代旋転魔法『ヘイトレドペンタロン』」


 突き出されたオレゴンの手の先が黒い風が巻き起こる。それは器用にジョーカーだけを吹き飛ばすと、気を失うレムを優しく地に置いた。

 そこでオレゴンは自分のした事に驚愕する。


「なんだ……今の魔法は……。古代魔法など……俺が扱えるはずも無い」


 体が勝手に。よく聞く言葉だが、実際にそんな事があるはずも無い。オレゴンもつい先ほどまではそう思っていた。が、言葉通り、自分の意思とは関係無くオレゴンは魔法を詠唱していた。

 困惑するオレゴン。そんなオレゴンに歩み寄るジョーカーは静かに言った。


「古代魔法か。見くびっていたよ。君も良く見れば小夜ちゃんと同じ匂いがするね。ときを止める者。生ける屍。歩く禁忌。交差する思念」


「何を言っている……」


「小夜ちゃんやお前のような人間を様々な言葉で表現したものだよ」


 適当な距離で歩みを止めるジョーカー。


「お前……それどうやった?」


 ジョーカーの冷たい表情にオレゴンは圧巻され、言葉を失う。

 そんなオレゴンをジョーカーは鼻で笑うと、同じ調子で続けた。


「気に入ったよ。小夜ちゃんと共にお前の中に眠るもう一人を引き剥がしてやりたくなった。そうだな……時が来れば迎えに行く。『魔行列車』前へご案内するぜ。それまでは……適当に日常でも送っておいてよ」


 そう言ってオレゴンに背を向けてこの場を去ろうとする。


「どこに行こうと言うのかしら?」


 そう言った女性はナイフの刃の側面で自分の手の平を叩く。

 ジョーカーは首だけを回して女性を睨むと、低い声で答えた。


「ゲームは一日、一時間だ。それに約束通り一回死んでやったろ? まだどうしても僕に会いたいと言うのであれば、お前も魔行列車の前まで来い」


「……どうやらあなたから命を奪うのは難しそうね。だったら代わりの物を頂こうかしら」


「それで……許してくれるのか?」


「少しだけ……許してあげない事も無いわ。contratコントラ『ケーラウォークス』」


 ジョーカーが不意に自分の喉を撫でる。


「声が出ないのでしょ? これであなたはドラゴンの魔法を口にする事は出来なくなった。ドラゴンの力を使えば解く事も出来るけど……そうなればあなたがその力を使った事に私が気付ける。その時点で私は飛んであなたを殺しに行くわ」


 女性は愉快そうに微笑むと首を傾げる。

 ジョーカーは一言も返事をしないで再び背を向けると、そのまま遺跡の外へ歩いて去って行った。

 残されたオレゴンが気が抜けたように尻餅を付く。そんなオレゴンに女性が言った。


「これで晴れて依頼終了ね。レムも連れて帰ると良いわ」

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