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妹と姉

「私勝手な事言っちゃったけど、オレゴン君許してくれるかなー……?」


「リーダーも同じ事を言ってたと思うよー。それに冷静さを欠いた私の代わりに冷静になって言ってくれて助かったよー、おねぇちゃん!」


 ソファに深く腰を掛けて落ち込む夢見に、ハルシオンは明るく振る舞って言う。

 実際は同じ時間を共有する仲間を傷付ける所を見て明るくなんてなれるはずも無かった。

 たまたま居合わせただけの夢見がこれほど落ち込んでいるのにハルシオンが落ち込まないはずは無く、しかしだからと言って二人揃って落ち込んだところで良い状況にならない。

 それを理解するハルシオンはこの場の雰囲気をこれ以上悪くさせないためにも明るく振る舞うように心掛けていた。


「そう……かなー? 私あまり関係無いのに出過ぎたかなーって……」


「もー! おねぇちゃんらしくないよー! 自分の行いに自信を持って! 昔からおねぇちゃんも言ってたでしょー?」


 夢見の向かいに座るハルシオンが両手を上げて言った。

 実際にハルシオンとは変わって冷静な対処をした夢見は、ハルシオンから見ても良い対応だったと思う。

 それが助かったと言うのは事実だし、姉として尊敬出来る部分だった。

 だからその行いについて落ち込む夢見を励ます事に関しては明るく堂々と自信を持って言えた。


「そう……だよね!」


 俯いていた顔を上げ、胸の前で握る拳を二つ作る夢見。

 少しは元気が出てくれて安堵するハルシオンは、夢見のその様子に不意にオレゴンを思い出し、そして重ねた。


「おねぇちゃんとリーダーって似てるー」


 笑み混じりの声。

 夢見が頭の上に疑問符を並べて首を傾げていると、ハルシオンは続けた。


「感情任せの私を冷静にフォローしてくれたり、落ち込んだ時に励ましの言葉を掛けたらすぐに元気になってくれたりー」


「単純ってことー?」


 夢見も笑み混じりで聞く。


「違うよー。しっかりしていて頼りになるってことー。ちょっとマイナス思考な所が玉に傷だけどねー」


 女の子は自然と父に似た男性を選ぶ。そんな迷信を信じていた訳では無いが、父の居ないハルシオンは自然に頼りにしていた姉と似た男性を選んだのかなーと心の中で思った。

 夢見とハルシオンが顔を見合わせて笑い合った所で、不意にチャイムがなった。


「今日は来訪のお客さんが多いわねー」


 エルと赤髪の少年と揉めてから時が過ぎ、既に夜になっていた。

 首を傾げてそう言った夢見の声を背後に、ハルシオンは重い足取りで玄関に向かう。

 昼の出来事があってか、ハルシオンは来客の対応にあまり気乗りしていなかった。

 そして恐る恐る扉を開けると、俯いて佇んでいたエルが暗い表情を上げて、苦笑いを浮かべた。


「来ちゃった」


 無理をして笑みを作っているのはすぐに分かった。あの後の事を考えると、不思議でも何でもない。


「大丈夫? 行くなって止められなかったのー?」


 エルは人差し指で頬を掻きながら答える。


「家から追い出されちゃって」


 ハルシオンはすぐさま部屋の中に振り向いて叫ぶ。


「おねーちゃん!」


「微睡、どうしたのー?」


 返事はすぐに返ってきた。そうして玄関まで出向いた夢見は、玄関前に立つエルの顔を見てすぐに察した。

 エルが気まずそうに会釈する。

 夢見はそんなエルの手を掴んで言った。


「そんなにかしこまらないのー。ここのグループの一員なんでしょー? 私の方が厚かましいのにー。エルちゃんがそんな態度だったら私の立場無くなっちゃうでしょー」


「うん、ありがとう……」


 大きく頷くエル。

 そんなエルのもう片方の手をハルシオンが掴み、二人に引っ張られるように部屋に入っていく。


「さては追い出されたなー?」


 夢見なりの気遣いか、少しおどけるように、どこか優しげに微笑んでそう言った。

 その優しさに甘えるようにエルが答える。


「うん……。友達と家で遊ぶからお前は出ていけって……」


「酷いね。エルちゃんの家なのにー」


 そのままリビングに入って夢見がエルをソファに腰掛けさせると、ハルシオンが台所へ向かい、暖かいココアを持って帰ってくる。

 窓の外を呆然と眺めるエルの表情はずっと曇ったままだった。

 よっぽど落ち込んでいんだろうなと、ハルシオンと夢見が顔を見合わせていると、唐突に玄関から爆音が響いた。

 夜だと言うのに近隣の迷惑も考えず、玄関の扉を金属の物で強打する音を鳴らす者はすぐに想像がつく。

 十中八九、赤髪の少年だろう。

 しかし疑問も生まれる。

 それはエルがここに着いて、あまりにもすぐ過ぎる事だった。


「エルちゃんを付けて来たのかなー?」


 ハルシオンがそう言ってまた玄関の扉が強打される。

 力任せにこじ開けるつもりなのだろう。

 扉を睨んで警戒するハルシオンに対して、夢見は横目でエルを見下ろしていた。

 不安そうな表情をしているがどこか様子がおかしい。

 焦っているようにも感じる。が、この状況だ。焦っていても不思議でも何でもない。

 その中で夢見が違和感に感じたもの。それはエルが黙り続けている事だった。

 エルとの関係はまだ薄いが、薄いなりにいつものエルならもっと言葉を発して慌ててもおかしくないと思う夢見。

 別にエルの事を疑っている訳では無いが、最悪のケースは少なからず考えられる。

 夢見がそんな事を考えながら扉を見つめると、その先から考えていた最悪の台詞か届いた。


「おーい! エル! 大丈夫か!? これは立派な誘拐だなぁ!!」


 その声と共に扉が一気に開かれた。

 と言うよりは、枠から扉が外れるようにこちら側へ倒れ、砂埃を舞い上がらせた。


「エル! 大丈夫か!?」


 両手を広げて白々しすぎる演技をする赤髪の少年。

 エルは立ち上がるものの、萎縮するように胸の前で両腕を畳んでいる。

 ひどく怯えているようだった。

 しかしそれは赤髪の少年に向けてのものでは無く、ハルシオンと夢見へ向けられたものだつた。


「エルちゃん……」


 そこで状況を察したハルシオンが悲しそうにエルへ視線を向ける。

 夢見はずっと赤髪の少年を睨んでいたが、その視線を少年の背後へ移した。


「おー、こいつら? ぼこっていいやつ。あれ、双子? それに二人とも結構可愛いじゃん。その後はもちろん可愛がっても良いわけ?」


 少年の仲間と思わしき複数の人物がぞろぞろと玄関に足を踏み入れる。

 少年は意気揚々と言った。


「俺の可愛い彼女以外は好きにしちゃって良いに決まってんじゃん。お前ら仲良く回せや」


「おねぇちゃん。下がってて。別に疑ってる訳じゃ無いけど、エルちゃんを見ててー」


 そう言ってハルシオンが歩みを進める。

 しかし第一歩を踏み出した所で、夢見がハルシオンの肩を掴み、そのまま自分の後ろへ下げるようにて前に進んだ。


「微睡。私も疑って無いわ。ただ、この人達の相手は私がするわー」


「でもおねぇちゃん!」


 軽く口論するハルシオンと夢見。

 エルはその隙に駆け出すと窓を勢い良く開け、そのまま飛び降りた。

 それが二人の視線を一斉に奪うと、今度は玄関から叫び声がしま。


「今だ!! おらやれ!!」


 二人は慌てて視線を戻す。

 目前には白い小瓶が宙を浮いていた。

 ハルシオンが咄嗟に夢見に覆い被さるように飛び付く。

 そしてそれと同時に、小瓶は小さな軽い音をたてて割れ、中身の液体を撒き散らした。


「微睡っ!!!」


 仰向けに倒れる自分に、もたれ掛かるハルシオンを揺らして叫ぶ夢見。

 ハルシオンの背には液体が染み付いたのか、衣服が暗く染まっている。

 そんな二人に歩み寄る一人の少年が言った。


「安心しろよ。それは体を麻痺させるだけ。外傷つけたらこの後の事を考えると萎えるだろ?」


「近付かないで!! 波動魔法『サドマ』」


 夢見が手のひらを向けると、少年は玄関の方へ吹き飛ばされる。

 そうして立ち上がった夢見は、怒りを感じさせる重い一歩一歩を踏み出し、いつもの調子から想像も出来ないほどの低い声で言った。


「表に出ろ……。妹に手を出したくば、私を越えていけ……!」


 少年達は恐れをなしたのか、後退りしている。

 赤髪の少年が腕を振り払って言った。


「やれ! 女一人だ!」


 一人の少年が飛び出す。

 夢見は接近するその少年の顔を鷲掴みにすると、そのまま床に後頭部を強打させた。

 フローリングの床が割れ、破片が飛び散る。

 次に動かなくなる少年の顔を踏み潰し、床に食い込ませるとその上を踏んだまま、再び玄関へ歩みを進めた。


「聞いた話と違うじゃねぇか!!」


 そう叫んだ一人の少年がまた、小瓶を夢見に投げた。

 その黒い小瓶を見て、赤髪の少年も叫ぶ。


「それはまずいって!!」


 夢見が片手を前に突き出す。


囲繞いじょう魔法『オブリタレイト』」


 そして静かに魔法名を口にすると、その小瓶を覆うように黒い膜が現れ、そのまま小瓶の形に合わせるように包んだ。

 するとその膜の内部で爆発を起こしたのか、小さな爆発音を鳴らして床に転がり落ちる。

 内部の小瓶は割れていたが、その破片は愚か、中身の液体が溢れ落ちる事も無かった。

 そして再び手のひらを向けると、複数の少年を一斉に、一階の中庭まで吹き飛ばした。

 中庭の木に引っ掛かるものもいれば、地面に重なり合う少年もいる。

 そこへ夢見は自ら飛び降りた。

 そして恐れ戦く少年達に向けて言う。


「正当防衛……だよね?」


 少年達の情けない悲鳴が上がる。

 所詮は堕落者か。と夢見が辺りを一望して卑しめる。が、夢見はここに赤髪の少年が居ない事に気付かなかった。

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