女子会
「こうしてリーダー抜きで話し合うって事は、女子会ですねー」
「だねっ!」
「ふざけてないで私たちは私たちでレムの行方を追うよー」
オレゴン宅。今はハルシオン宅でもある部屋で女子三人の会話が和気藹々と繰り広げられる。
「えーでもおねーちゃん、手掛かりなんて一つも無いよー」
ソファに座る夢見の膝に頭を乗せるハルシオン。
その向かいでエルが微笑ましそうにしながら言った。
「オレゴン君大丈夫かな?」
「あーあ。微睡の台詞とられちゃったよー?」
「私はリーダーを信じてるもーん。取られたとかじゃないもーん」
ハルシオンがそう言って不意にチャイムがなった。
顔を見合わせる夢見とエル。
「依頼かな? ほんとに依頼増えてるんだね。僕出てこようか?」
「いーよいーよ! 私が行くよー」
ハルシオンは夢見の膝から起き上がると、玄関へ駆け足で向かった。
「はーい! どちら様ですかー? 依頼ですかー?」
元気良くそう言って扉を開けるハルシオン。
すると扉の先にはどこかで見覚えのある若い男性が立っていた。
「確かあなたはー……」
そう言って一瞥する。
赤い髪の少年。
そこでハルシオンはこの少年と共に、黒髪の貴族の屋敷へ行った時の事を思い出した。
「リーダーのお友達の人ー?」
「覚えてくれてたんだね。ハルシオンちゃん」
黒いパーカーのポケットに両手を突っ込み、黒めのジーンズを履いた少年が優しく微笑みながら返事をする。
ハルシオンはその何気ない言動から、少年に軽い印象を感じて少し黙り込んでしまう。
少し苦手だった。
この少年が特別苦手と言う訳では無いが、軽い言動をする男性がハルシオンは苦手だった。
以前行ったクラブと呼ばれる場所でも同類の男性が多くて不愉快に思った記憶がまだ新しい。
ハルシオンはそこでハッとして不自然な間を紛らわすように少しぎこちない笑顔で言った。
「あ、いえいえー! ところで今日は依頼ですかー……? リーダーはしばらく留守にしててー」
首を傾げるハルシオン。
少年はにやりと笑って答える。
「へぇ。一緒に住んでるんだ。前は付き合って無いって言ってたんだけどなぁ。最近お付き合いしたの?」
オレゴンの友達……それ以前に軽い乗りの男性のみんながみんな悪い人では無い。だから毛嫌いするのは人として失礼だ。
そう思って接したが、会話を重ねる事に、やっぱり好きになれそうに無いと言う思いが強くなる。
自分は悪い固定概念を持ってるだけ。そう言い聞かせて友好的に接するように心掛けるつもりだったが早々に出来なくなっていた。
「い、今はそんな事、関係無いじゃないですかー」
視線をそらして小声で呟くように言う。
「あれぇ? もしかして嫌われちゃった?」
少年はそんなハルシオンを覗き込むように聞いた。
思わぬ接近にハルシオンは一歩後退する。
この距離感の詰め方も苦手だった。
こんな事でどんどん友好的な対応が出来なくなる自分に嫌気が指す。
そう思う一方でハルシオンはそこでじっと少年を睨むように見つめる事しか出来なかった。
「あーごめんね。馴れ馴れしかったかな? 今日は依頼じゃなくて、ちょっと尋ねたい事があって。ここにエルって子来てない?」
「エルちゃんがどうしましたかー……?」
「呼んでくれるかな?」
ハルシオンは小さく頷き、扉を閉めようとする。
すると扉を閉め切る前に、背中からエルの声が響いた。
「え!? どうしてここに!?」
振り向くと、驚きなからも歩み寄るエルが隙間から見える赤髪の少年へ視線を向けている。
ハルシオンが再び扉を開けようとするが、その前に少年が自ら扉を引いた。
「おーおー。男の家で楽しそうにしてんじゃん」
「ち、違うよ! これはお仕事で!」
少年が腕を伸ばしエルの肩を手荒に掴むと、力任せに引き寄せる。
「なに? 浮気?」
「違うってばっ!」
困った表情をするエルを見かねてハルシオンが言った。
「浮気なんかじゃありませんよー! ここへは本当に仕事で来てるのです。そもそもリーダーが不在なのに浮気なんてしようが無いじゃないですかー」
少年は冷たい視線をハルシオンに送りながら言う。
「証拠は?」
この人、やっぱり苦手。それを確信しながらもハルシオンは少年の幼稚な発言に真面目に回答する。
「証拠って……家の中でも見せたら良いんですかー?」
「それだと裏口から逃げてる可能性があるだろ?もっと確実な証拠出せよ」
口調が荒くなっていく少年。
そして重ねられる幼稚な発言にハルシオンも少し怒りを感じながら返す。
「なんでそう言う事、言うんですかー? リーダーはあなたの友達ですよねー? リーダーがそんな事するはず無いじゃないですかー。友達を信用してないんですかー?」
しかし少年も臆する事は無かった。
「え? 何? 逆ギレ? 君が浮気じゃ無いって言ったんだよね? 確証も無いのに軽はずみで口挟むの止めてくれないかな?」
ハルシオンはそこで言葉を失ってしまう。
論破された訳では無い。ただ真面目に、話の通じないこの少年にどうすれば伝わるのか、考えた結果だった。
しかし少年はそんなハルシオンを見て、上手く言い丸めたと得意になる。
ハルシオンは少年の、人を馬鹿にするような表情を見てすぐにその心情を察した。
不愉快極まり無かった。
本気で浮気を疑っているのであればきっとそんな表情をしていない。
もっと不安そうな顔をしているはずだ。
そう思うハルシオンは、本気で話しているだけに不快感しか覚えなかった。
結局の所、少年にとって浮気うんぬんは重要では無く、どうやって人を見下すか、どうやって人を責めるか、どうやって揚げ足を取るか、そんな事しか考えていない。
そしてそれほどに幼稚な思考は、ハルシオンにはすぐに伝わった。
このまま話しても解決には繋がらない。
そう思ったハルシオンだったが、ここで折れるのも非常に癪だった。
「さいてーですね」
思わず口走ってしまった。言ってすぐに後悔するがそれも遅く、少年からの反撃がハルシオンを襲う。
「女っていつもそうだよな。論破されたら議論とは関係無い悪口しか言わなくなる。どっちが最低なんだか」
自業自得とは言え、心を痛めるハルシオン。
そんなハルシオンの肩に手を触れる夢見が言った。
「微睡、どうしたのー?」
「また女が出てきた。なに? オレゴンはハーレムでも作ってんの?」
突如放たれる汚い言葉、エルを肩で抱える少年。それを見て夢見はすぐに察した。
「エルちゃんのお迎え?」
そのまま視線を向けると困った表情をするエルが小さく頷く。
そして夢見の質問に少年が答えた。
「浮気してたかも知んねーからわざわざ迎えに来てやったんだよ? 何? 文句ある?」
「文句なんて無いよー。ただ、ここで騒がれるとご近所さんの迷惑になると思って」
笑顔で首を傾げる夢見。
少年は表面化には見えない夢見の圧力に、不機嫌そうに低い声で言った。
「エル。帰るぞ。二度とこんな所には行くなよ」
強引にエルを引っ張って行こうとする。
「待って! でもお仕事が!」
そう言ってその場に踏み止まろうとするエルに、少年は叫ぶように言った。
「俺と仕事どっちが大切なんだよ!?」
「もちろん君が大切だよ! けど僕はもう普通のお仕事が出来ないんだよ!? そんな僕をオレゴン君はここに招いてくれたんだよ!? 僕がこの仕事をやめたらどうやって生活するの!?」
叫び返すように言ったエルの頬を少年は有無も言わさずひっぱたく。
ハルシオンと夢見が唐突の出来事に言葉を失っていると、頬を押さえて黙り込むエルに少年はヘラヘラと笑って言った。
「お前の貯金があるだろ?」
そこでハルシオンの堪忍袋の尾が切れた。
肩の夢見の手を振り払い、少し開いた距離を今度はハルシオンが詰める。
「それが好きな人にする言動ですか?!!」
いつもの調子からは想像出来ない低い声に姉の夢見でさえ驚愕する。
少年も先程の様子とは打って変わったハルシオンを見て、さすがに少し焦ったように返事をした。
「なんでお前が怒ってんだよ」
「エルちゃんは本当にあなたを思って言ってる! それなのに当の本人であるあなたがどうしてエルちゃんをないがしろに出来るんですか?!」
ハルシオンは少年の目前に立ち、睨む。
エルが困っていると不意に少年は笑顔を見せ、そのままハルシオンにさらに顔を近づけ、ハルシオンにしか聞こえないように耳打ちした。
「ヒモだから」
その言葉を聞いてハルシオンは髪の毛が逆立つ感覚を覚える。
腸が煮えくり返るとはこの事を言うのだろうなと改めて実感すると同時に、ハルシオンは少年の胸元を思わず掴んでしまっていた。
「え? 何? 暴力?」
「体の痛みなんて心の傷に比べれば、なんて事無いんですよー」
ハルシオンが片腕を引く。
それを見て少年が暴れるが、胸ぐらを掴まれて固定され引き離す事も出来なかった。
「弱いくせに人を傷付ける事しか出来ないんですかあなたは?!!」
「離せ! おら! 死ね!」
少年が出鱈目に暴れる。
反省とは程遠い少年のその態度に、ハルシオンは理性を失う。
感情のままに引いた腕を前に突き出した。
少年が目を瞑って覚悟を決める。
しかし結果的にその拳が少年に届く事は無かった。
「ダメよ微睡、あなたが手を汚す事じゃない」
ハルシオンの手首を掴んでその拳を止めたのは夢見だった。
「おねぇちゃん……。でも!」
背後へ振り向き横目で視線を送るハルシオンに、夢見は黙って首を横に降る。
そんな中でも少年が自粛することは無かった。
意気揚々として言う。
「隙あり! 正当防衛!」
少年の握られた拳がハルシオンの後頭部目掛けて放たれる。
慌てて振り向き直すハルシオン。
慌てて手首を引いて迫り来る攻撃からハルシオンを遠ざけようとする夢見。
そして慌ててその間に入るエル。時間が遅く感じる中で、そのまま少年の拳はエルの頬に食い込んだ。
「なにやってんの? お前」
唇が切れてしまったのか血を流すエルは、きょとんとする少年に言った。
「人に迷惑掛けちゃダメって……言ったでしょ?」
少年は笑顔を浮かべて再びエルの頬を打つ。
軽い音が響き、エルもさすがに涙を流して少年を見つめる。
「酷いよ……」
「俺に指図すんなって、何回言ったら分かるんだ? 良いから今日は帰るぞ」
エルが黙って頷き、ここから去っていく少年の後に続く。
ハルシオンが飛び掛かりそうになるのを夢見は押さえながら、エルの背に言った。
「また来なさい。その男と別れる決心がつくまで、私たちがいくらでも匿ってあげる。私たちはあなたの味方だからね」




