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転送魔法。力の差

「しかし見慣れない場所での人探しほど疲れるものは無いな……」


 何故か暮れない夕日。オレンジ色に照らされるオレゴンは手摺も何も無い石造の階段を上がりながら呟く。

 階段の横はもう見慣れた淀んだ水路だった。

 祖父との会話を最後に、オレゴンも人探しに当たっていた。

 女性との合流を試みたがどこに居るのか検討もつかず、でたらめに進んでいる。

 一応、探している人物の特徴は時計台に向かう途中に聞いておいた。が、その特徴にオレゴンは少し引っ掛かる点があった。


「あいつ……だよなぁ」


 女性から聞いた特徴はボロボロのジーンズに黒いシャツ。そして顔に浮かび上がる竜のタトゥー。そして金髪の女の子と一緒に居るかも知れないとの事だった。

 どう考えてもハルシオンを攫い、そして貴族の屋敷の前で戦った堕落者にしか思えないオレゴン。

 それがどうしてここに居るのか、また女性は手違いと言っていたが、どう間違ったら堕落者を仮にも鎖国状態のここへ招く事になったのか、謎は深まるばかりだった。


「やばい仕事を引き受けてしまったか……?」


 少し不安になるオレゴン。

 階段を上がりきったところで、色白の少女と不意に目があった。

 何故か緊張するオレゴンは慌てて堕落者の側に居た金髪の少女との特徴を脳内で照らし合わせる。

 まず髪の色が黒紫色だった。

 その時点で何故か安堵するオレゴンだったが、つり目の少女にじっと睨み付けられ、再び緊張する。


「お前……余所者だな?」


「現地の方ですか……?」


 道化師のような派手な格好をする少女が腰に手を当てて答える。


「どうだろ。この国の出身なのはそうだけど今は外で生活をしている。少し野暮用で帰って来た。私はこの国にとって必要な者らしい」


「それは凄いな……」


 いきなり話し掛けられ、なんなんだ?と不安に思った矢先、唐突に繰り広げられる少女の話に困った反応しか出来ないオレゴン。

 そんなオレゴンに、少女は眉間にシワを寄せて言った。


「それは凄いな? 凄いですね。だろ?」


 少女は腰に掛けてある自分の身長ほどある巨大な杖に手を伸ばす。

 オレゴンが思わず構えて警戒すると、少女は徐に口を片手で押さえた。

 そして苦しそうに咳き込み、指と指の隙間から赤い液体が流れ落ちる。


「大丈夫……ですか!?」


 同じ地雷は二度も踏むまいと、驚きなからも冷静に言い直すオレゴン。

 この少女がどれほどの地位を持って、どれほどの実力を持っているのか、あるいはただの偉そうなだけの一般人かも知れないが、ここで争いを避ける方が懸命だと判断した結果だった。

 そしてそれは功を奏したのか、少女は口の中の血液を横の水路に吐き捨てると笑顔で言った。


「君が目上の人間を敬える人間で良かった。それにしてもここはやっぱり空気が悪いな。おかげで持病が悪化したよ。君もあまり長居しない方が健康の為だよ」


 少女はそのままオレゴンの横を通り過ぎて行く。

 そして背を向けたまま続けた。


「君、人探しをしているんだろう? 部外者が人を探して彷徨(うろつ)いてるのは聞いている」


 少女のその言葉を聞いて、オレゴンはこの少女が本当に地位の高い人間だと少し信じた。

 背後に振り返り階段の途中に立つ少女へ視線を向けると、あろう事か少女はにやりと笑って杖をこちらに向けていた。


「灰色ディスオーダー『サウページアマネカリスティ』」


 そして詠唱される魔法。

 咄嗟にオレゴンは杖の軌道から逸れるように横に飛んだ。

 杖の先に魔方陣が現れ、そこから放出されたビームが夕方の空へ向けて飛んでいく。


「あーあ避けちゃった。良い感じに隙を突いたと思ったんだけどなぁ」


 残念そうに呟く少女はまた口から血を流していた。

 そして少し下った階段をまた上がりながら続ける。


「ここへはゴミ掃除に来た。廃棄物の処理が私の仕事。そして街中を彷徨くお前はゴミ。オーケー?」


 オレゴンは素早く立ち上がるものの、返事の言葉が思い付かなかった。

 そうして黙り込むオレゴンに少女は杖を再び腰に掛けながら言う。


「そんな顔するなって。あー嘘嘘、今のは冗談冗談。訂正したとは言え私に失礼な口を叩いたのは事実。だから今のはお仕置きさ。オレゴンに手を出したら私の身が危ないよ」


 両手の平を空に向ける少女。

 そうは言っても一度、不意討ちを仕掛けてきた少女を再び信用しようとは思わない。オレゴンの警戒は解けなかった。


「僕の存在を知った上で、知らぬ振りをして近付いて来たのですか?」


「お前を試したのさ。手っ取り早く探し人の元に連れてってやろうと思ってね。ただ当の本人のお前が弱ければ返り討ちにあうだろ? 可哀想だろ?」


「信用出来ませんね」


「生憎、私は不器用な性格をしてるもんでね。それで不器用な私が次に取る行動って予想できる?」





















「はい、転送完了」


 オレゴンが辺りを見渡すと階段も水路も無く、散らかった薄暗い倉庫だった。

 部屋の端には古ぼけたパイプの断片が高く高く山積みにされており、その前では手足を縛られた人物が二名寝そべっている。

 そしてその人物の一人が派手な少女を確認するや否や、叫びだした。


「……! ……!」


 しかし口が開けないのか鼻息を荒くする事しか出来ていないようだった。

 それでも怒り狂っている様子は伝わる。

 オレゴンは瞬時に変わったこの景色に動揺しながら呟いた。


「転送魔法だと……。それも転送された事に気付かなかった……」


 その呟きに少女は意気揚々と反応する。


「鮮やかなものだろう?」


 転送魔法。そもそもそれが出来る人間がどれほど珍しいか。それに加えて転送された感覚までさせないとなると、この少女がかなりの実力者だと言う事がうかがえる。


「さて」


 呆然するオレゴンを背に、少女は寝そべる二人を指差して続けた。


「お前の探している人物はこいつらか?」


 黒いシャツにボロボロのジーンズ。そして竜のタトゥー。

 片方は金髪の少女。

 予想通り、その人物はオレゴンの思い浮かべた堕落者だった。


「そ、そうだ……」


「そうです。な?」


 少女はそう言ってずっと唸っている男の横に立つと巨大な杖を握る。


「なるほどそうか。通りでこいつらからはゴミの臭いがプンプンした訳だ。やっぱりゴミ探しに関しては右に出るものはいないなぁ!」


 そして杖でパイプの山を勢い良く叩いた。

 音を立てて揺れる山、そのうちの小さいパイプの一つが落ちてくるとそのまま男の顔の横で跳ねて転がる。

 その衝撃が男を黙らせると静かになった倉庫に少女の声が響いた。


「お前はさっきからうるさいんだよ。……それでオレゴン、お前はこいつらをどうしたい?」


「俺の仕事はそいつらの捜索……。どうするかは依頼主が決める……事です」


 オレゴンがそう答えてすぐに聞き覚えのある声が響く。


「あらあらもう見つけてしまったのね」


 依頼主の女性だった。

 皆が声のする方へ一斉に視線を向けると、倉庫の入り口から女性がこちらへ向かって来ている所だった。

 にっこりと微笑んで少女を見つめている。


「お前だな? アンソウシャブルにゴミを放った張本人は」


 睨み返す少女におどけるように返事をする女性。


「怖いわ。怒っているのかしら?」


 その時、女性の姿を見た男が再び叫び出す。

 その様子を見た少女は、男の口の前でチャックを開くような動作をしながら言った。


「お前に何か言いたい事があるらしい」


「お前がどうしてここに居やがる! まさか騙したのか!?」


 男のその発言に少女はにやりと笑うと、再び男の口の前でチャックを閉じるような動作をし、黙らせてから尋ねる

「どうやら顔馴染みのようだな?」


「顔馴染みも何も私の手違いで入れてしまったもの。何か勘違いしているのでは?」


 女性の応答に段々イラつきを露にする少女。

 オレゴンが二人のやりとりに困っていると、また新たな声が倉庫に響いた。


「めんどくさい。私は小細工が嫌いだ」


 その声の後に強烈な風が発生する。

 思わず腕で顔を隠すオレゴン。

 細める目でその正体を確認すると倉庫の鉄の扉を吹き飛ばして登場するアンソウシャブルが入り口に立っていた。

 扉が火花を散らして倉庫内に転がる。

 そして少女が驚愕して言った。


「どうしてあなたがここへ!?」


 被せるように女性も発言する。


「あらあら、あなたまでここに来るなんて」


 アンソウシャブルはその手に刀を出現させると、女性へ向けて歩み出した。


「とぼけても無駄だ。お前が意図してこいつらを国内に侵入させたと言う裏は取れた」


「酷いわね。誰がそんな虚言を?」


「お前が一番分かっているだろう?」


 アンソウシャブルが駆け出す。

 女性が構えを取った時には、既に刀で肩を静かに貫かれていた。そこへアンソウシャブルは女性を靴底で蹴り倒して刀を抜く。

 血を吹き出して倒れる女性。しかし


「少し予定が狂ってしまったわね。これからの事を考えると体力の消耗は押さえたいのだけど、そうはいかなそうね」


 余裕があるように感じさせるようにそう言った女性が勢い良く立ち上がる。

 肩の傷は完全に癒えていた。

 オレゴンがそれに驚愕を浮かべていると、そのまま飛び上がった女性がアンソウシャブルに向けて回し蹴りをする。

 しかしアンソウシャブルはそれを片手で受け止めると、腕を大きく振り上げて女性を地に叩き付けた。

 そして腹部に刀を突き刺す。


「立ち向かう度量は認めよう」


「嬉しい限りだわ」


 女性が刀に触れる。

 すると刀は粉々に砕け散り、どういう訳かまた傷が完全に癒えている女性は、アンソウシャブルに足払いを仕掛けた。

 それをアンソウシャブルは上から押さえ込むように踏み潰す。

 確実に折れたと思わせる不快な音が倉庫に響き渡った。

 それには思わず少女も苦い表情を浮かべている。


「お前は痛みに強いようだな。悲鳴一つ上げないとはさすがは魔人との戦争を生き残っただけはある」


 さすがの女性もそろそろ余裕が無くなって来たのか、笑顔を崩してアンソウシャブルを睨む。

 そうしてアンソウシャブルが女性の足を開放すると、それと同時に再び立ち上がり、懐から取り出したナイフを突き出した。

 それでも表情を崩す事の無いアンソウシャブル。

 そのまま突き付けられるナイフの切っ先を不意に握った。かと思えば次の瞬間、柄はアンソウシャブルが握りナイフの刃を女性が握っていた。

 指先から伝わる鋭い傷みに女性が手を引くと、そこへアンソウシャブルはナイフを再び女性の肩に突き刺した。


「この世界のありとあらゆる刃は私の味方だ」


「素晴らしい力ね」


 少し息を荒くする女性が後退りしながら言った。

 その様子を見てオレゴンはいくつか感じたものがあった。

 同じ四大貴族同士の戦いだと言うのに、あまりにも一方的な事。

 もっと互角の戦いを繰り広げるものだと思っていたオレゴンには今の戦況がにわかに信じられなかった。

 まだ女性は力を隠しているとそう疑いながらも、アンソウシャブルの力強くも俊敏な動きにその疑いが晴らされそうになる。

 そしてもっと派手な争いをすると思っていただけに、シンプルこの上ない二人の戦い方に、少し不満を感じる。

 贅沢な不満だがこんな状況にも関わらず、四大貴族同士の戦いを見物できる事に密かに期待を膨らませていたオレゴンには少し物足りなかったようだ。


「もう終わりにしようか?」


 アンソウシャブルのその問いに対して、女性は肩から抜いたナイフを投げ捨て、笑顔を浮かべて答える。


「そうね。残念だけどこの辺が潮時のようね」


「潮時? 逃げれると? Cide『ホロコースト』」


 アンソウシャブルが魔法名を口にすると女性を取り囲うように、刀が現れた。

 宙に浮くその刀は刃を女性に向け、身動きを封じる。


「この後、あなたに拷問を受ける事を考えるとこれくらい何でもないわ」


 女性はそう言ってオレゴンの方へ第一歩を踏み出した。

 いくつもの刃が女性の脹ら(ふくらはぎ)に触れ、ズタズタに切り裂く。

 しかしそれでも女性は止まらなかった。

 そのまま進み、女性の頬を裂き、胸を裂き、腹部を裂き、腰を裂く。

 痛みからか表情は珍しく苦痛を浮かべているが、その足取りに迷いは無かった。

 気が付けば女性の通った後には赤い痕が残っている。

 そしてオレゴンに手を伸ばす女性。

 言葉を失ってしまうオレゴンはそのまま黙って女性の手を掴んだ。


「さようなら、アンソウシャブル。いつの日か、誤解が解ける事を待ち望んでいるわ」


 振り向かずして女性が言った。

 それまで黙っていた少女が叫ぶ。


「召喚魔法か?! 逃げるぞ!」


 それを聞いてアンソウシャブルが刀を一斉に突き出したが、既にそこに女性とオレゴンは居なかった。

 砂埃だけが残った空間を暫く眺めた後、残った侵入者二人へ視線を移して言う。


「拷問をした所で得られるものは無いな。牢に閉じ込めておけ」

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