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再会の祖父

 まだ完成していない時計台。そこを上がっていく外付けのエレベータ内でオレゴンは小さくなっていく景色を見下ろす。

 まるで牢屋のような質素な作りのエレベーターの鉄格子を両手でしっかりと握るオレゴンを見てアンソウシャブルが言った。


「これだから外部の人間を招くのは嫌いなんだ」


 ガタガタと揺れるエレベーター。その揺れで女性がよろめきながらオレゴンの代わりに返事をする。


「これは高所恐怖症で無くとも怖いと思うわよ」


「軟弱者め。揺れようが揺れまいが上がれば良い」


「けど落ちて死んでしまったらどうするつもりなのかしら?」


「これしきの揺れで落ちて死ぬくらいの軟弱者はそこで死するべきなんだ。弱者が淘汰されて何が悪い? 自ずと強き者が生き残る。それに危ないからと言って避け、過保護になっているから外の人類はいつまで経っても進歩しないのだろう?」


「ま、まぁ。一理あるのだけど……」


 オレゴンを差し置いて会話を進める二人。

 アンソウシャブルの言っている事はごもっともだが、それは四大貴族で強靭な体を持つ二人だからこそ言えるのだろう。並の人間からすれば安全装置が厳重であればあるほど必要の無い気を使う事無くて安全……と言うよりそれ以前にエレベータ内に居る時ぐらい休ませてくれ。とオレゴンは心の中で愚痴を漏らす。

 ただでさえ見慣れない街並みで安定しない足場を進んだオレゴンの疲労は溜まりに溜まっていた。

 特に酷かったのは並べられただけのパイプを道と言い張ってその上を歩かさせられた事で、さすがにそれには女性も思わず苦笑いを浮かべていた。

 落ちたら産業廃棄物の浮かぶ淀んだ水の中へドボン、と言う状況はオレゴンの繊細な神経をすり減らすのには十分だった。


「着いたぞ」


 アンソウシャブルがそう言って軽快な音と共に鉄格子が畳まれるように開かれた。

 それにより挟まれそうになった手を慌てて引き離すオレゴン。


「指を失う軟弱者はそこで失っている方が幸せなのだ」


 背で手を組むアンソウシャブルはそう言って先に時計台の内部へ入って行く。

 スパルタな方なんだなーとオレゴンがその背を見て感じていると、聞き親しんだ声が響いた。


「オレゴン……? こんな場所にどうやって来たのだ」


 アンソウシャブルを挟んで祖父が言った。

 オレゴンも中に入って周囲を見渡す。するとそこは以前精神だけの世界で祖父と話した時計台だった。奥には古ぼけたソファも存在する。

 そして祖父の発言を聞いたアンソウシャブルが眉間にシワを寄せ、首を回してオレゴンを横目で見ながら言った。


「孫をオレゴンと呼ぶのか? お前もオレゴンだろう?」


 祖父はオレゴンを見続けるアンソウシャブルに答える。 


「……複雑な事情があるのです。今や、オレゴンの名はこやつのもの。……いや、既にお前のものでも無かったな辻風よ」


 祖父が言っている事がいまいち理解出来ないオレゴンもアンソウシャブルと並んで怪訝そうな表情をする。

 恐らく桜渦絡みの事を指して言っているのだろうが、あれほど引き継ぐ引き継ぐと口うるさく言っていたオレゴンの名がこうもあっさりと自分のもので無いと言ったのがオレゴンには分からなかった。


「複雑な事情……。まぁ私には関係無い事だ。後で個人的に好きなだけ話すと良い。だがそれにしても孫と言うのは本当であったか。歓迎するぞ」


 淡々と言うアンソウシャブルはすぐにエレベーターへ戻って行く。

 そして背を向けたまま続けた。


「さっさと紛れ込んだネズミを探せ。働き次第では不問としてやっても良い」


 そうしてエレベーターが下っていく音が時計台の中に響いた。



















「桜渦は一体何者なんですか!? 僕が既にオレゴンで無いと言う意味も分かりません!」


 アンソウシャブルが去ってすぐに。女性もネズミを探すと言って去った。再度エレベーターが地上に降り、静かになった時計台に残されたオレゴンが祖父を目前にして怒鳴るように言った。

 祖父は古ぼけたソファに腰掛けながら返事をする。


「精神の世界で言ったようにオレゴンが蘇ったのだ。ただ、蘇ったのは桜渦 オレゴン。私達の祖先、初代オレゴンだ」


 言葉を失うオレゴン。祖父はオレゴンの目を強く見つめながら続けた。


「言わばお前の肉体は桜渦の魂によって生かされている状態。お前が死ねば桜渦も死に、桜渦が死ねば……当然お前も死ぬ。早い事それをお前に伝えたかったが、あの精神の時計台が桜渦に乗っ取られてしまってな。どうやったが知らんが殺さず再び封印をしたのは正解だったと言える。と言うより……お前程度の実力でどうやって桜渦を閉じ込めたのかを聞かせて貰おうか」


 最後に侮辱の言葉が入った事に密かにイラつくオレゴンだったが、高ぶる怒りの感情を拳を握りしめて必死に抑える。


「僕のグループにハルシオンと言う相方が居ます。彼女の持つ釘の武器によって何故かその姿を消せました。桜渦は酷く釘に怯えていましたが僕には理由が分かりません。以上です!」


 しかめっ面をするオレゴンが腕を組んで言った。

 そこで祖父は勢い良く立ち上がる。


「釘の武器だと!?」


 祖父の驚きっぷりに、移るように驚くオレゴン。


「そ、そうですが……」


「それはハーシャッドと言う者が使っていなかったか?」


 祖父の問いに対してオレゴンは少し黙って考え込むと、漏らすように呟いた。


「……ハーシャッド式魔法科学。ハルシオンはそう言っていたな」


 オレゴンから出たハーシャッドと言う名を聞いて祖父は力が抜けたようにソファに座り込んだ。


「やはりそうか、奇跡じゃな。その釘は桜渦を封印したハーシャット家に古から伝わる武器。今だから分かった事だが、寿命を恐れた桜渦は自らの息子にオレゴンと言う名と共に魂を引き継がせ、代々引き継がせた。いつの日か弱きオレゴンが命耐えた時、その体を奪う為にな。弱い方が奪いやすくて都合が良いのだろう。しかし息子も無能では無かった」


 祖父はそこで咳払いをする。この時計台、かなりの埃が舞っていた。

 実はオレゴンも咳き込みそうになるのを何度も抑えている。

 しかし今はそんな事より、祖父の話の続きが気になってしょうがなかった。


「それで……息子はどうしたんですか?」


「息子はな、ハーシャッド家に協力を仰いで桜渦を封印したのだ。その時に使われたのがその釘だ。故に再び封印出来たのだろう。しかしそれを差し置いてもお前が桜渦に勝てたのは納得がいかん。それにお前、魔力の性質が変わったな? 心当たりあるだろう?」


「……ハルシオンは僕と同じ。家系の呪い……俺はこんな表現はしたくないが家柄の厄介事を押し付けられて苦しんでいた。俺がその呪いを肩代わりした。それでハルシオンが少しでも救われたら……と思ったからだ。この件に関してあなたに文句は言わせない」


 後半になるにつれて徐々に強い口調になっていくオレゴンの発言に、祖父は笑みを浮かべる。


「文句など付けるはずも無いだろう。立派になったな」


 予想もしなかった祖父の言葉にオレゴンは衝撃を受けて言葉を失ってしまう。

 今までこの祖父に褒めて貰った事などほとんど無かった。祖父からの魔法の教え、銃器や乗り物の扱い方、体術まで様々な事を習ってきたが、満足に褒めて貰う事は無かった。それどころか返ってくる言葉は父との比較の言葉、そして侮辱。挙句の果て母への愚痴までも付いてくる事もあった。

 オレゴンは祖父の教えに対して人並みにこなす事が出来ていると自負していた。それどころか並の人間以上の実力を付けた。一概にそれは祖父のおかげと言っても過言では無かったと思う。だからこそオレゴンはこの人からの、称賛の言葉を聞きたかった。

 それがまさかこんなタイミングで聞く事になるとは思いもしなかった。


「り、立派などと……あなたから聞けると思っていません……でした」


 不意に泣きそうになるのを俯いて必死に抑えるオレゴン。

 

「他人の為に身を挺する。これが出来る人間がどれほど少ないか。それが出来たお前を立派だと言って何か不思議な事でもあるのか?」


「い、いえ」


 顔を上げないオレゴンに祖父は溜息を付くとまるで悪巧みを思いついたように、にやりと微笑んで、


「してお前、ハルシオンと言う娘はお前のコレか?」


 小指を立てる。

 それには思わず顔を勢い良く上げるオレゴン。そして祖父の小指を確認して顔を真っ赤にして反論する。


「あなたはデリカシーと言う物が無いのですか!!? 今聞く必要のある事ですか?!! 気になったとしてもこの状況でそんな聞き方をするのは僕はおかしいと思いますっ!!!」


 そう言いきって息を荒げる。


「何を恥ずかしがっておる。いつまでも俯いているからだろう。だがこれではっきりと分かった。その呪いの肩代わりとやらでお前か、お前の彼女が強い力を発揮したのだろう? そして桜渦を退け、封印したと」


「一部引っかかる表現がありましたが、要はそう言う事です」


「なるほど……。だが安心は続かん、辻風よ」


 祖父はそこで立ち上がる。オレゴンが怪訝そうな表情を浮かべていると、祖父は静かに続けた。


「桜渦は再度、封印を解き、姿を現すだろう。」

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