恨みと理性
「結局、レムは居なかったし行く宛を失ってしまったな」
遺跡の探索を一通り終えたオレゴンが地面に座り込み、疲労の溜まった脹ら脛を揉みながら言った。
女子達も各々にくつろいでいた。エルに至っては仰向けに寝転がっている。
遺跡の内部は主に地下に続いていて、外観に反して想像以上に広かったようで、オレゴン一行も行ける限り進んだが、そこにレムが居た痕跡は一切無く、断念して入り口に帰って来たところだった。
そしてそんなオレゴンの肩にハルシオンは手を伸ばし、そのまま揉み始める。
「疲れましたねー。これからどうしましょうかー」
小さな指がオレゴンの溜まった疲れを解していく。
心地良い快感に心を落ち着かせ、眠りに誘われるそうになるオレゴンはだんだん目を薄くさせていくがハッとして言った。
「ハルシオン、そんなに気を使わなくても俺は大丈夫だ」
首を回して背後へ振り向くオレゴン。
微笑むハルシオンはそのまま崩れるようにオレゴンの肩に乗り掛かる。
「じゃあおんぶー」
「なぜそうなる……」
胡座をかくオレゴンが腰を曲げて困っていると、仰向けのエルが唐突に転がり始める。
「疲れた!」
誰が見てもそうは見えないエルに夢見が笑みを漏らしていると、その視界の端に、遺跡の入り口に人影が動いたのを捉えた。
「何者ー?」
思わず立ち上がる夢見の視線を追い掛けて、三人が一斉に入り口を見つめる。
緊迫した空気が流れる。
そしてそこから姿を見せたのは、白いシャツにジーンズを着たアルデハイトだった。「よっ」と手を上げて雰囲気を壊す様に軽い調子でそう言った。
「アルデハイド……さん?」
オレゴンに体重を預けたままのハルシオンが首を傾げる。
アルデハイドはそのまま近くに寄って座り込むと胡座をかいて、その上の肘を置き、頭を支えながら言った。
「おいおい、なんだなんだお前ら。随分と距離が近くなったんじゃないか?」
「えへへー、分かりますー?」
満面の笑みを浮かべるハルシオンの頬を、苦笑いのオレゴンが両手を上げ、圧迫する。
おのずと口を尖らせるハルシオン。
それでも意地として動かないハルシオンにオレゴンが言った。
「ハルシオン? 必要の無い事は言わない。そうだろ?」
余計な事を……と恥ずかしさからか心の中で冷たく思ったが、嬉々とするハルシオンを前にしてそんな負の感情はすっかり抜けてしまうオレゴン。実は純粋に嬉しかった。
ハルシオンはそんなオレゴンを見て不快に思わせてない事を敏感に感じながら言った。
「ふぁーい」
そしてオレゴンの肩に再び手を置いて立ち上がった。その反動でオレゴンはさらに前屈みになる。
「ところでアルデハイドさんはどうしてここにー?」
ハルシオンとオレゴンは顔見知りなので純粋にそう感じるだけだが、エルと夢見からすれば見知らぬ人物が妹達と親しげに話している。はっきり言って気まずい状況だった。そんな共に言葉を失う二人に、アルデハイドが話し始める前に声をかける。
「こちらはアルデハイドと言って……そう言えばハーシャッドの手先……だったな……!」
思い出すかのようにオレゴンが立ち上がり構えを取る。夢見とエルも慌てて立ち上がり、警戒するようにアルデハイドを睨んだ。
アルデハイドの気さくさに気を許し過ぎたとオレゴンは心の中で反省する。
しかしアルデハイドは座り続けたまま手を振って言った。
「まぁまぁまぁまぁ。私は別に元主の敵討ちに来た訳じゃないんだぜ。っと言うか私もハーシャッドを利用していたに過ぎない」
アルデハイドの発言にオレゴンは怪訝そうに眉を寄せる。
利用していた。と聞けばそれで済みそうなものだが、過去にアルデハイドはハーシャッドを裏切るような素振りも見せている。
アルデハイドの動向が掴めないその過去の働きを考えれば、ここで信用しないのは妥当な判断と言えるだろう。
そしてオレゴンはあれこれ考え込んでも答えが見出せないと判断したのか、直接聞く事にした。
「……それはどう言う事だ?」
「言葉のまんま。言葉のまんまだ。私はもっと別の大きな目的があってハーシャッドの元で働いていたのもそれが都合が良かったからだ」
アルデハイドはそこでゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡しながら続けた。
「それにしても私がここに来たのはその大きな目的の為なんだが……ないな」
「何を探してるんだ?」
「いや、待ち合わせをしていたんだが、お前たち見なかったか? オカマ」
アルデハイドの言葉に場が凍り付いた。
よりによってまさかアルデハイドが敵に回ってしまうとは……その戦闘力を考えればあまりにも都合が悪すぎる。
オレゴンが先制を仕掛けるか、ひとまずこの場をやり過ごすか、頭の中で激しく考慮していると思いもよらぬ言葉が静かな空気を裂くように響いた。
「お前も……オカマの仲間?」
エルだった。そして目を大きく見開いたその顔つきは、誰が見ても殺気立っている。
そしてその殺気にアルデハイドが気付かない訳が無かった。
「おいおい、どうしたんだ? 仲間……って言ったら――」
「――居場所を吐かすか……殺す」
アルデハイドの言葉を遮るように呟く。
最悪な状況だとオレゴンが心臓を傷めていると、そのオレゴンの横を通り過ぎる様にエルが走り出していた。
それを見て最悪に最悪が重なり、不安にさらに動揺を重ねる反面、あとできつく言い聞かせなければとどこか冷静に反省するオレゴンが居た。
そして効果は無いだろうと予測しながらも叫ぶ。
「エル! 止まれ! 勝手な行動は控えろ!!」
「わあああああああ!」
エルから返って来たのは奇声だった。
そうして片手で頭を抱えるオレゴンにアルデハイドは笑顔を崩さず言う。
「まぁまぁ、リーダーよ。考えたって仕方ない。恨みと言うのは――」
エルの初撃である拳をアルデハイドは屈んで回避する。
そして通り過ぎて行くように背を見せたエルの膝の裏を蹴って続けた。
「――理性で抑えられるものほど可愛い代物では無いのだから」
当然、膝の裏を蹴り飛ばされたエルはバランスを崩して地面に倒れこむ。
そこでアルデハイドはエルを見下ろして言った。
「だが私からすればまだまだ薄っぺらい恨みだがな。その程度で我を失っていては先が思いやられるな」
アルデハイドは徹頭徹尾笑顔を崩さなかった。
それを不愉快にしか思わないエルは素早く立ち上がり、またアルデハイドに飛び掛かる。
「待てって誰も仲間だなんて言ってないだろう? 頭を冷やせ」
アルデハイドのその言葉にエルはピタリと動きを止めた。
そして少し冷静になれたのか、今一番気になるオレゴンの様子を伺う。
するとそこには真剣な表情をするオレゴンがエルを見つめ返していた。間違い無く怒っている。
そこで思わず出た言葉が、
「ご、ごめんなさい!」
謝罪だった。大きく頭を下げて反省を表現している。
まだ真っ先にその行動に移れた事はオレゴンを安心させた。
しかしそんなオレゴンの安堵も束の間。アルデハイドが言わなくても良い事を口走る。
「まぁ、仲間なんだがな」
オレゴンにはアルデハイドがわざと最悪なタイミングを見計らって言ったようにしか感じなかった。そこには悪意を感じざるを得ない。
そしてオレゴン以上に悪意を感じる者がすぐ近くに居た。
「……僕を怒らせたいの?」
反省の後のおかげか、エルはすぐに飛び掛かったりはしなかった。
しかし体全体から黒い魔力を放って、その怒りと恨みを表現している。
対してアルデハイドは飄々と言った。
「怒らせたいも何も本当の事だからなぁ。それを聞いて誰がどう感じるかは本人に任せるが……私は強いぞ?」
「切り裂かれジャックとか言うふざけた野郎はどこにいるの?」
「私が聞きたいくらいだぜ。ここが待ち合わせ場所だったんだ。お前たち知ってるのだろう? 教えてくれたら等価交換としてレムの場所……教えてやらん事も無い」
エルの表情に迷いが生じる。
目前の敵をぶっ飛ばしたいと言う感情と、オレゴンの役に立ちたいと言う思い。それらが葛藤となってエルを苦しませた。
アルデハイドの顔を見れば殺意が湧き、オレゴンの顔へ視線を向ければ失望されたくないと言う焦りと緊張が生まれる。
しかし未来の事を考えれば、取るべき行動は一つだった。
「……居場所は僕には分からない」
そう言ったエルの体から黒い魔力が消えた。
首を傾げるアルデハイドに、オレゴンは安堵しながらエルの代わりに答えた。
「あいつは俺達と戦って逃げた……液体みたいになって外の地面の中に消えていったんだ」
そこで腕を組むアルデハイド。そしてオレゴンにとって一番触れられたくない事に触れてくる。
「どっちが仕掛けたんだ?」
「……それは」
言葉を失うオレゴン。エルもやはりそこには触れられたくないのか、目を合わせない様にして口を閉じている。
アルデハイドはすぐに察するとオレゴンの近くに寄り、背中を叩きながら言った。
「罠に掛かってしまったんだろう? だったらこの場合はお互いお咎め無しにしようじゃないか。許可無く罠を仕掛けたあいつも悪いんだからさ」
「あ、あぁ」
「そう言う訳だから私もレムの居場所、言わないとな」
にかっと笑うアルデハイドを見てオレゴンは僅かに平常心を取り戻す。
「知ってるのか?」
「あぁ、もちろん。レムは今、召喚魔法の準備に取り掛かっている。あいつは召喚魔法、転送魔法の使い手だからな。すげぇだろ」
アルデハイドはそこでオレゴンから離れると、そのまま遺跡の外へ向かっていく。
その背にオレゴンは言った。
「お、おい。レムの居場所は?」
アルデハイドは歩みを止める事無く、背後のオレゴンに向けて顔の横で手を振る。
「慌てるなよ。私は居場所を教えるとは言ったが、いますぐとは言ってない。時期が来れば教えてやるよ、それまでは適当に日常を過ごしてろ。じゃあな」
ポンっと煙を立ててアルデハイドに握られる箒。
アルデハイドはそのまま箒に跨ると、風を巻き起こしてこの場から飛び去ってしまった。
「何が何だか……。ひとまず帰るしか無いか……」




