芸術
「情報が正しければこの先にレムが居るんだな。みんな準備は良いか?」
一本の大きな木の裏でそう言ったオレゴン。その背後では女子三人が各々に頷く。
オレゴンが見つめる先、そこには小さな遺跡があった。そこでレムと思わしき人物が召喚魔法の準備を進めている、と言うのがエルの得て来た情報だ。
オレゴンは今一度情報の整理をすると、再び視線を前に向け、意を決して駆け出した。
遺跡に入り口は一枚の板で塞がれているだけ。そこに厳重なセキュリティなど無いだろう。とオレゴンは高を括っていた。
しかしそのオレゴンが板に触れるや否や、
「みんな伏せてっ!!!」
エルが叫んだ。
咄嗟に身を屈めるオレゴン。
すると板に魔法陣が現れ、そこから矢が数本飛んだ。オレゴンの頬を掠り、後に続く女子達の頭上を過ぎ去っていく。
「す、すまない……エル。完全に俺の傲慢だった……」
腰を抜かすオレゴンを跨ぐようにしてエルが飛び出すと、その板を拳で叩き割った。
「見つけた……! 今日こそお前を殺す!」
遺跡の中に踏み入ったエルが睨む先、そこには以前オレゴンとハルシオンと戦った白いスーツのオカマの青年が笑みを浮かべていた。
遺跡の中は意外と狭く、青年が用意した思われる壺が中央に配置されている。そして常闇である遺跡の中では四方の端に置いてある小さなランプの淡い光だけが頼りだった。
そしてその壺の向かい側で青年は白い手で白い頬を押さえて吐息を漏らす。
「んふぅ……。なんて過激なんでしょうクイーンオブハート……美しいわぁ。それにしても罠を華麗に掻い潜ったのはホント意外だったわぁ」
エルは第一歩を踏み出す。それだけ風が巻き起こり、石の地面にヒビが入った。
「お前たちの実験のおかげだよ……。魔力の香りを嗅ぎ分けられるようになった。鼻を突くお前の臭いが板にこびり付いていたんだよ……!」
「……! 素晴らしい……!」
「ここでお前に会えたのは嬉しい誤算……死ね」
体から黒い魔力を放ちながらエルは駆け出した。
背後でオレゴンが叫んでいたが、その声はエルには届かない。目前に迫る青年しか見えていなかった。
壺を飛び越えたエルの黒く変色する腕が青年の肩へ突き刺され、そして貫く。辺りに血を飛び散らせる青年は顔を歪ませて後退りするが、エルは逃がさなかった。
そのまま貫かれた穴に手を通したまま肩を掴み、青年を振りましてから壁に放り投げる。
風を切って飛んで行く青年。そのまま青年は背を強打し、壁にヒビを作って地面に横たわった。
「ふぅ、相変わらず力任せな戦い方ね。あなた一人ならなんとか出来たかも知れないけど、それだけ味方を連れていれば分が悪いわね……」
エルは倒れこむ青年に歩み寄りながら言った。
「これは僕の問題だ。仲間に手を煩わせるつもりはないよ」
青年は壁に手をついて立ち上がりエルへ視線を向けるが、既に目前に立つエルに頬を裏拳で殴打させ、また地面に横たわった。
そこで初めてエルに、オレゴンの声が届く。
「どうしたんだ! エル! 何があった!?」
振り向くエルの背後ではオレゴンが心配そうな顔をしていた。その顔を見てエルが返す言葉を思いつかないでいると、青年が突如声を上げて笑いだした。
皆が一斉にそちらに視線を向け、倒れたままの姿勢の青年を確認する。
「そいつは私たちの実験動物! そして裏切り者! 次はあなたたちを裏切るわよ?」
青年の言葉にオレゴンは思わずエルに視線を戻してしまう。そしてそこで後悔する。なぜなら、その行動によってエルを疑ったと勘違いさせたのでは無いかと思ったからだ。
そして悪い予想は的中してしまったのか、エルの顔に一気に不安が広がっていった。
「ち、違うよ! オレゴン君! 僕はそんな事しない!!」
「俺も別に疑った訳じゃない!」
そんなやり取りをしていると青年が素早く二人の間に割って入った。
「上位束縛魔法『オプリガーディオ』」
呆気にとられる二人。そうしていると不意に魔法を唱えた青年の手に黄色く発光する蠢くロープが握られ、自発的にオレゴンとエルに巻き付いて行く。そして二人の間を通り過ぎた青年がロープを引っ張ると、二人が向かい合わせになるように引き寄せられ、抱き付く形で拘束されてしまった。
「あぁ……芸術だわぁ……」
青年は頬を染めてそう言うと両腕を交差するように自分の肩を掴んで、そして天を見つめ悶える。
「少女と少年がぁぁっっ! いたいけなぁぁぁっっ! 二人がぁぁぁぁ!! 望まぬ形でぇぇぇぇ……体を密着させる……。うううううう美しい……はぁぁぁんっ!!」
裏声で叫ぶ青年は穴の開いた肩に震える指を食い込ませ傷を抉っていたが、当の本人はそんな事に気付きもしていなかった。
オレゴンとエルは顔を引き攣らせて青年を見上げる。そしてそんな青年の胸から突如、釘が飛び出した。
その新しく空いた穴と共に口からも吐かれた血がエルに掛かる。露骨に嫌な顔をするエルだったが、青年はそんなエルに構ってる暇は無かった。先に首をゆっくりと回して背後を確認し、口を開く。
「嫉妬……の念。はっきりと感じるわぁ、嫉妬は嫌いじゃないぃぃ」
青年は痛みによってエルに構ってる暇が無いと言うよりは、迫るハルシオンの念に気が取られて構っている暇が無かったようだ。
「それも芸術の形の一つだと思うわ」
その言葉を最後に、ハルシオンは目をキラキラと輝かせる青年の頬を蹴り飛ばした。
地面を転がって行く青年。ハルシオンもまた青年に構わず、オレゴンとエルを繋ぐロープを釘で切り離し、すぐにオレゴンの腕を掴み上げ、そのまま引っ張るように立たせる。
「リーダー? 別に嫉妬とかじゃないですけどー、油断はいけませんよ? ねー?」
「あ、あぁ……すまない」
ハルシオンの謎の威圧感に押されて小さく何度も頷くオレゴン。そのまま青年へ視線を向けると、夢見が青年の首を掴んで地面に抑え込んでいた。
そして低い声で話し出す。
「レムの知り合いだよねー? 肝心のレムはどこにいるのー?」
奇声をあげて暴れる青年の足が夢見の頬を蹴った。顔を反らし唇から血を流す夢見。
そして再び青年に視線を戻す夢見の冷ややかな表情に、青年は黙って凍り付いた。
「それがあなたの答えなんだねー……」
殺される。そう感じた青年は咄嗟に歯を見せて食いしばった。夢見は覚悟を決めたんだと青年を見下ろしていると、突如青年の体が波打ち流動し、そして皮膚が溶け、そこからどろっと崩れる様に液体化した。夢見は首の代わりに白い液体と宙を掴む。
目を丸くするハルシオン姉妹。
「また液体になった!」
そう言って夢見の手から逃げていく液体を追いかけたのはエルだった。
オレゴンも青年の緊急脱出に仕方に気分を悪くしてエルの後を追いかける。
そうしてそそくさと遺跡の外へ脱出した液体は、土の中に浸み込むように姿を消して行った。
「あれの対策を考えないといけないね……」
顎を撫でるエル。
遺跡の中から覗き込むようにハルシオンが顔を出すと、遅れて夢見も顔を出した。
「おねぇちゃん。今の見たー? 最初から最後まで気持ち悪い人だったねー。もう二度と見たくないよー」
「微睡。おねぇちゃんは見たどころか触ってしまったのよ。今も手に残るあの感触を忘れられそうに無いよー」
愚痴をこぼし合う二人を見るオレゴン。すると間に挟まれて奥に見える壺が目に入った。
「あの壺……友人と行った貴族の屋敷にあった壺に似ている……」
漏らす様に呟くオレゴンの言葉を聞いてハルシオンも壺の周りを回って確認する。
「確かに……似てますねー。あのオカマさんがここに居たのも良く分かりませんしー。やっぱりレムと関係があるのかなー?」
「とりあえずここを探索するか」




