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誘拐

「ようやく森を抜けて、意外にも人の溢れる街に来ましたが、ほんとに合ってるのですかー?」


「もちろんよ。ここはスラム街、学園外の莫大な未開拓地にロマンを求めてやってきた連中がたむろするしがない街。まぁ、こいつらのほとんどは貴族に良いように利用される頭の悪い堕落者もどきだけどね」


「……? どういう意味ですか?」


「言葉のまんまよ。貴族に買われ、貴族が住みやすいようにこの地を開拓する為だけに働く。それでありながら、自分たちが未開の地へ足を踏み入れている冒険者かのように気取っている奴らよ。まぁもっとも、頭が悪くて学業……つまり魔法の一つも満足に扱えないような堕落者と変わらないような奴らだから仕方ない事だけどね」


「そ、そんな言い方しなくても……。それに、そんな彼らのおかげで魔人の遺跡などと呼ばれる今は無き文明の片鱗を発見できているではないですか!」


「彼らのおかげ……? 貴族のおかげでしょ? その証拠に発見者として名を残すのは皆、貴族じゃない? これが世間の認識よ」


 土色の地の上で、即席で作られたと思われる小屋がひしめき合う様に立ち並ぶ街中を、3人は会話をしながら徘徊していた。

 駅から離れた森の奥深くの街であるのにも関わらず、貧相ではあるが一般的な店や娯楽の場も有るのは、ここが今も開拓作業が行われている活気溢れる街だからだろう。


「治安悪いなこの場所」


 オレゴンがぼそっと呟く。

 黒髪少女がそれに素早く反応した。


「そりゃそうよ。この街を裏で仕切っているのが、私の言っている堕落者の集団よ。治安が良い訳ないじゃない。ほんとは当然、貴族が仕切っているのだけど、そいつらも堕落者に手を焼いているみたいね」


 黒髪少女がそう話し終えると同時に、深くフードをかぶった何者かがハルシオン目掛けてぶつかってきた。


「まさか……すり!?」


 仰け反るハルシオンが思わず叫ぶと同時に、その人物は軽々とハルシオンを肩に抱え、走り去っていく。


「お、おい!? ハルシオン!?」


 オレゴンが慌てて追いかける。が、その人物は余っている手でポケットから何かを取り出すと、それをオレゴンへ放り投げた。

 するとそれは突如、眩しく輝き、オレゴンは視覚を奪れてしまうと同時に何かに纏わりつかれる感覚に襲われる。


「な、なんだ!?」


 必死に足掻くオレゴン。

 黒髪少女は叫んだ。


「網よ! 動かないで! それは動けば動くほど締め付けてくるわ!」


「くそ!」


 黒髪少女は閃光の直撃は避けたとはいえ、見えにくい視界でオレゴンを救出する。そんな中、オレゴンは動かないで耳を澄ますと、先程の人物の足音が遠ざかって行くのが嫌と言うほどはっきり聞こえた。









「待って! 私誘拐される覚えないんですけどー!」


 暴れるハルシオンを、謎の人物は裏路地まで来たところで乱暴に投げ捨てた。


「痛っ! こんな事して許しませんよー?」


 そう言ってハルシオンは立ち上がり、構える。

 対してその人物は、フードを脱ぐと卑屈な笑みで返した。


「よぉ。ちょいとばかり仕事でここに来たんだが、まさかお前が居ると思わなかったなぁ。まぁ、仕事ついでに礼をしておこうと思ってな」


 ハルシオンは驚きのあまり、第一声が出せなかった。なぜなら、目の前の人物は、顔に龍のタトゥーを掘っていたあの男だったからだ。

 そして絞り出したような声で言う。


「どうして……?」


「どうしてだと? この俺が残党狩り如きの奴らに負けるかよ。それに俺にはこいつがあるんだからなぁ」


 男はポケットから飛び出していた棒を持ち出す。それは収納するべく折られた三節棍だった。


「武器……ですかー……?」


「ただの武器じゃないぜ? 今お前で試してやるよ」


 男は不意を付くようにハルシオンを蹴り飛ばし、三節棍の片方の関節を振り回す。

 するとその部位が徐々に、青くそれも鈍く輝きだした。

 そして男は掛け声と共に、ハルシオン目掛けてその青白く光った部位を振りかざす。

 咄嗟に左腕で防御するハルシオン。鋭い痛みがそこから体中に走り抜けたかと思えば、次の瞬間には痛みなど感じなくなっていた。いや、それどころか、感覚そのものが失われていくかのように、空気に触れている感覚さえも無くなっていく。

 ハルシオンは困惑した顔で男を睨む。


「驚いた顔をしているな。実はな、この三節棍、当たった部位からその体の先まで全ての感覚を奪う力があるんだよ。今当たったのは左腕だから、そっから手の先まで何も感じないだろ? 動かす事も難しいはずだ」


「なるほどー……これは困りましたね。だけど欠点、見つけましたよー」


「ほぅ?」


「その武器、チャンスは3回と言った所でしょうか。三節棍の関節事に奪える力が備わっている様なので、残りのチャンスは2回。ましてや真ん中の関節は当てるのが難しいのではないですか? なので、実質的に大きなチャンスは残り1回ですね?」


「どうだかな。今度はお前が試してみなよ」


 男はもう片方の関節を振り回し始めた。そうしてすぐに青白い光を帯びだす。

 しかし今度はハルシオンが先に攻撃を仕掛けた。


「氷魔法『ヘイル』」


 男へ向けた指先から、小さな氷塊を発射する。そして間髪入れずにまた発射された。

 男はその二発を丁寧に回避するが、反撃する間もなく、次の氷塊が男を襲う。


「そんな危険な武器を持っている奴は近付かさせませんよー」


 ハルシオンは回避する為、動きまくる男に指先を合わせ、氷塊を連射する。

 男も必死に回避するが、既に数発被弾し、額から血を流していた。

 一方、ハルシオンはこのまま男と距離を取り、この場から逃げ出そうと、後退りしていく。

 しかしどう言う訳か、男との距離は一向に離れなかった。と言うのも、氷塊に被弾しながらも男がその距離を縮めていたからだ。それも苦しげな表情すらも既に無かった。

 そんな状況に焦るハルシオン。対して男は意気揚々と言った。


「確かに、時間稼ぎには持って来いの魔法だな。だが所詮、時間稼ぎの魔法。一撃一撃は軽く、大したダメージにすらない上、これだけ規則正しく攻撃されちゃあよぉ、避けてくださいって言ってるもんだぜぇ?」


 気が付けば最初は当たっていた氷塊も、男はまるで作業の様に回避している。

 ハルシオンは無駄な魔力消費を避ける為、魔法を中断させると、男に背を向け走り出した。


「強化魔法『ドーピング』」


 魔法で身体強化したおかげで、見る見るうちに男との距離を遠ざけて行く。

 対して男はそこで不敵な笑みを浮かべると、持っている三節棍を思い切り、投げ飛ばした。

 音を鳴らし風を切って迫る三節棍。ハルシオンはその気配に気付くと、慌てて背後を確認する。と同時に、投げられた三節棍がハルシオンの右足に当たってしまい、ハルシオンは盛大に転んでしまう。

 その上、見事に感覚を奪われ立ち上がる事の出来ないハルシオンに、男は悠々と歩み寄っていく。


「そんな集中力が必要な魔法で、逃げ出す事だけを考えれば、攻撃を避ける事も出来ねぇよなぁ? 学園で習わなかったのか? その魔法は目的を一つの動作に絞って扱いなさいって。殴るなら殴る時だけ。避けるなら避ける時だけ。逃げるなら逃げる時だけ。……ってまぁ、一つの動作に絞ったおかげでこの様なんだがな」


 男はうつ伏せで倒れこむハルシオンを蹴り飛ばし、仰向けにさせると、ハルシオンの頬に靴底を擦り付ける。

 ハルシオンは動く右手で男の足を退かそうと試みるも、右腕だけの力で大の大人の足を動かせるはずも無く、無駄な抵抗が男を喜ばせるだけだった。


「馬鹿な女だぜ。お前みたいなひ弱な女がこんなスラム街に来たらこうなる事ぐらい誰だって予測できるだろ」


 ハルシオンは黙って立ち上がろうとするが、男に蹴られ、またもや地面を転がる。


「この後、お前がどうなるか教えてやろうか?」


 逃げ出そうと這いずるハルシオンの背中を足で押さえつけ、男は話をつづけた。


「まず、お前のせいで解散まで追い込まれた俺のグループ仲間ん所へ連れてって詫びて貰おうか。男なら八つ裂きって所だが、お前は女だからなぁ。何が待ってるかはお前の想像に任せるわ。そんで売り物にされ、もしかしたら一生奴隷か、貴族共の趣味の悪い実験に利用されるとかその辺だろうなぁ。可哀想に」


 ハルシオンは男の足を体をねじる事で退かし、目に涙を溜めて言った。


「最低ですね」


「最低って漢字知ってるか? 今のお前みたいな事だろ」


「火魔法『ファイアー』」


 ハルシオンの右手から小さな火球が放たれた。男は予測できなかったその攻撃を目で受けてしまい、上半身を反り返して大声で悶絶する。


「イタチの最後っ屁ですよ」


「クソガキがあああああ!」


 男は落ちている三節棍を拾い上げると、倒れているハルシオンを滅多打ちにする。

 ハルシオンも最初こそ抵抗していたが、徐々に動きを鈍らせ、今や打たれる事による振動で、揺れているに過ぎなかった。


「俺の目を奪った事を思い知れぇ! クソ女がぁ!」


 依然として男はその手を緩める事無く、三節棍を振るい続けた。そして止めの一撃と言わんばかりに腕を振り上げ、その一撃をお見舞いしようとする。しかし、男は腕が振り下ろせなかった。

 男は自分の腕を確認する。

 するとそこには自分の手首を掴む手が背後から伸びていた。そのまま男は背後まで確認する。


「男の汚い大声がすると思えば、この状況だよ。まったく醜い有様だ」


 男が見たのは、黒い和服を着た眼鏡の男だった。

 そのまま和服の男は、男を背後に投げ飛ばし、尻餅を付く男の顔の前に刀を向けて言った。


「今なら見逃してやる。去れ」


 だが男がその指示に従う事も無く、三節棍で刀を弾くとそのまま和服の男に襲い掛かる。

 しかし、和服の男はその刀で三節棍をバラバラに切り刻むと、今度は男の顎下に刀を沿わせ言った。


「もう一度だけ言うよ。今なら見逃してやる」


 頼りの武器をあっけなく破壊され、後退りする男。男はそのままこの場から走り出した。


「ふぅ……大丈夫かい? お嬢さん」


 和服の男は溜息をすると、ハルシオンに歩み寄る。

 ハルシオンからの返事は無かった。そこで和服の男は気を失っている事に気付いた。

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