火傷
「ご老人はしばらく留守にしているようだ」
小屋の扉の前で、三人に振り向きながらオレゴンが溜息を漏らす。
そこへ夢見が腕を組んで困った表情を浮かべた。
「残念ー……。せっかくレムの足取りが掴めると思ったのにー」
続けてオレゴンも困り果てた様子で言う。
「そうなるともう当てが無いな……。トリアゾラムさんは知らないようだし……どうするか」
悩む四人。そこへエルが手を上げる。
「期待は出来ないけど……僕、良い場所知ってるよ! 情報収集出来る場所! 近いし!」
「よしっ、ダメ元でそこへ向かうか」
エルの提案にオレゴンは僅かな希望を感じ、意気込んだ。
そして一行はエルに導かれるがまま移動する。
「な、なんだここは……」
大音量のポップな音楽。目まぐるしく動くスポットライト。そして周囲には酒を飲んで踊り狂う人々。
時折、部屋の隅からはスモークが吹き出しオレゴンの眼鏡を曇らせる。
「なんだ? ってクラブだよ?」
雑音に負けないよう大きな声でそう言ったエルに、オレゴンは周囲に気を取られながら大きな声で返す。
「友人に話を聞いた事はあったがまさかこんな場所とは思ってなかった……。それに堕落者が良く出入りしていると聞く……。別に怒ってる訳じゃないが、エル、お前は良くこう言う場所に遊びに来るのか……?」
「彼氏に良く連れて来て貰ったよ」
「もしかしてエルの彼氏って堕落者なのか……?」
肩をぶつけられ顔を歪ますオレゴンに、エルは平然と答えた。
「やだなぁ。そんな訳ないじゃない」
そこで周囲の音量に紛れる様に小さな声で続ける。
「ただ、ちょっとやんちゃな所はあるけど」
オレゴンがエルの小声に首を傾げる。すると不意に背後から服を引っ張れたオレゴンは、そのまま背後を確認した。
「リーダー。ここ居心地が悪いです。おねぇちゃんも具合が悪そうです」
そこには両手で耳を押さえるハルシオンがそう言ってオレゴンを見つめていた。その後ろでは気分を悪くしたのか、顔色が優れない夢見が同じく耳を押さえて黙り込んでいる。
そこへエルが言った。
「ご、ごめんね! 初めてはちょっとしんどいよね! 私が情報を聞いて来るから三人は端っこの方で休んでて!」
そう言ってエルが指差す壁沿いにはほぼ満席の足の長い椅子とテーブルが乱雑に並んでいる。
「すぐ戻って来るから!」
エルが手を振って人混みに消えて行った。三人は壁沿いまで寄ると辛うじて空いている一席に夢見を座らせる。その前のテーブルには誰の物かも知れないカラフルな液体が入ったグラスが散らかっていた。そこでハルシオンも不快そうに額の汗を腕で拭う。
するとすぐに横に腰掛けている青年が夢見の肩に腕を回して言った。
「君、可愛いねー。もしかして酔っちゃてるー? 辛かったら俺が看病してあげようかー? もちろん、個室でね?」
辛そうにする夢見が対応する前に、ハルシオンが青年の手首を掴んで夢見から腕を離させた。
一瞬、戸惑う青年だったが、ハルシオンの顔を見るとすぐに笑顔を浮かべて続けた。
「あれ、もしかして双子? 可愛いねー、嫉妬してるの? でも俺なら大丈夫。二人とも受け止めてあげるよー」
そう言ってハルシオンに抱き付こうとする。そしてその青年の胸倉を掴んで壁に追いやったのはオレゴンだった。
「誰の女に手を出している?」
オレゴンから発せられたとはとても思えない台詞に、ハルシオンが手で口を押えて驚愕し、夢見も具合が悪い中、不安そうな顔をしている。
青年もそこで大人しく引き下がる訳にはいかないのか、唐突にオレゴンの顔を殴り飛ばして言った。
「今の正当防衛だから。って言うか眼鏡かけてる真面目君がこんな所でなにしてんすかー? 悪いけどここ、魔法防壁張られてるから。お前がガリ弁で魔法が得意でもここでは満足に扱えませんからー。舐めてたらボコるよ?」
ハルシオンが犬歯を見せて青年を睨み、今にも飛び掛かりそうになる。
そこへオレゴンがハルシオンの胸の前へ片腕を出して静止させると、眼鏡を中指で上げて言った。
「これは俺の喧嘩だ。下がっていてくれ」
普段からでは想像も出来ないオレゴンの言動に、ハルシオンは言葉に出来ない鼓動の高まりを感じる。そしてそれを隠すように口元を両手で隠して言った。
「こんな状況でリーダーが負ける所なんて想像したくありませんけど、確かにここでは魔法使えませんよー? ここに入る時に警告されたの覚えてますかー?」
オレゴンは乱れたシャツを正しながら返事をする。
「無論だ。だがお前を守る為ならどんな状況でも問題にならない」
「リーダー……」
ハルシオンがそう言ってすぐに青年が駆け出す。
「かっこいいねー! 口だけはな!」
短い距離を詰め、青年が繰り出した拳をオレゴンは懐へ潜るように回避すると、そのまま全力の右ストレートを青年の顔に叩き込んだ。
勝負は一瞬だった。それだけで青年は気を失って地面に取れ込んでしまう。
野次馬達が「おおお!」と声を上げ、青年の友達と思わしき人物たちが各々に負け惜しみを吐いて、そそくさと青年を運んで行く。
そうして空いた席にオレゴンはハルシオンを座らせると、両肩を掴んで言った。
「怪我……してないか?」
とことんまで照れさせてくるオレゴンにハルシオンは照れ隠しに冗談を返した。
「……強いて言うなら心が火傷した」
しかし照れ隠しにも冗談にもなっていない事に自分で気付いたハルシオンは夢見に抱き付いて顔を隠す。
夢見はそんなハルシオンの頭を撫でながら言った。
「ひどい火魔法だったねー。魔法防壁を無視するなんて、さては上位魔法かなー? それとも最高位魔法かなー?」
笑みを浮かべてオレゴンを見る夢見。
そこへエルが人混みからぴょこっと帰ってくる。オレゴンと夢見、そして顔を起こして見上げる様にハルシオンも視線を向けた。
「それっぽい情報あったよ! ってあれ?」
エルはハルシオンへ視線を移して続けた。
「ハルシオンちゃん、顔が赤いけど、大丈夫? あとおねぇさんも少しは良くなった?」
また顔を埋めるハルシオンの代わりに夢見が答えた。
「私は大丈夫だよー。微睡はちょっと火傷を負ったみたいでー」
「だ、大丈夫!? 火傷?! どこで!?」
本気で心配するエル。そこでハルシオンは起き上がり、両手を上げて言った。
「もー! 茶化さないでよー!」




