一寸の虫にも五分の魂
オレゴンとハルシオンは以前、レムの導きによって治癒魔法をかけて貰った老人の宅へ夢見とエルを連れて向かっていた。
「おねぇちゃん、おねぇちゃん。見えてきたよー」
ハルシオンが小さな湖の畔に立つ小屋を指差す。
その背後で夢見が気だるそうに返事をした。
「着いたー? ここが微睡とオレゴンさんを治療してくれた方の家なのー?」
オレゴンが「はい」と声を出して頷くが、その表情を曇らせており、何かを気にしている様だった。
また続いてハルシオンも小屋を一点に見つめては、どこか浮かれない顔をしてる。
二人の異変に気付いた夢見も、移ったように不安な表情をして聞いた。
「あ、あれー? 二人ともどうしたのー? 何か問題発生した感じー……?」
「前に訪れた時はこんなにも植物が生い茂って無かった……。確かに所々植物に溢れていましたが、人が通れる通路はあったはず……」
オレゴンは荒れ狂う植物を踏み倒して進んで行く。
ハルシオンはそのオレゴンの背中に密着しそうなほどに体を接近させて言った。
「む、虫とかいないですよねー……?」
「いない訳ないだろう」
「やめてくださいよー……。こんな時は嘘でもいないと言ってください」
そう言ったハルシオンの肩にバッタが飛び乗った。
「きゃーっ!!!」
悲鳴を上げてオレゴンにしがみ付くハルシオン。オレゴンが呆れた顔をして背後を確認するが、バッタがまだ肩から離れてくれないのか、半泣きになるハルシオンがそのままオレゴンの腕を振り回した。
「とってー! リーダーとってーっ!! 早くとってーっ!!」
さすがにそこまで懇願すればハルシオンの本気が伝わったのか、オレゴンは少し焦りを見せてバッタへ手を伸ばす。
しかしあろう事か、そこでバッタは跳ねた。それもハルシオンの頬へ。
ぺたっとしがみ付かれて顔面蒼白させるハルシオンに、思わず哀れみの視線を送る三人。
「おねぇちゃんは気にしないよー。大丈夫、安心して―」
励ましにもならない夢見の言葉に、
「何が!?」
思わずオレゴンが突っ込む。
「近代魔法『イマジナリーランス』」
そこへ唸るような低い声でそう言ったのは、当然ハルシオンだった。
わなわなと体を震わせて怒りを表現するハルシオンは、そっと手に握られた槍をくるりと回し、柄の部分で自分の頬を掠るようにしてバッタだけを打ち上げると、宙に浮くバッタへ槍先を向ける。
そして地を踏みしめ、力の限り槍を投射した。
風を起こして飛んで行く槍。しかしその槍はバッタのすぐ横を通り過ぎて行くと、植物の葉を散らしてやがて地へ突き刺さった。
「一寸の虫にも五分の魂。仕方ないからこれで許してあげます」
その突き刺さる槍を見つめながらそう言ったハルシオンの頬を、オレゴンがハンカチを使って拭う。
微笑むオレゴンに横目を向けるハルシオンは、頬を擦られながら言った。
「し、しっかり拭き取ってくださいよー。リーダー」
いつもの声のハルシオンにオレゴンが安堵していると、笑顔のエルが頭の上に蛙を乗せて現れた。
「見て見て! カエルさん可愛いよ!」
ハルシオンは真似するように笑顔を浮かべると、エルの頭の上の蛙を無言で叩き落とす。
「カエルさん!?」
エルの叫びも聞かずに、蛙は慌てて湖へ帰って行く。
そこへハルシオンが頬に手を添えて言った。
「カエルさん、帰りたがってたからー」
「そうなの!?」
またも叫ぶエル。そこで三人の笑い声が上がった。
四人の旅はまだ続く。




