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もう一人のハルシオン

 ハーシャッドとの決着からしばらくして、ハルシオンはオレゴンの部屋で共に生活をしていた。

 既に慣れ親しんだその部屋でハルシオンのいつもの何気ない声がする。


「ねぇ、リーダー」


 ソファに腰掛けてコーヒーを嗜むオレゴンは背後からする声に、手元の新聞に目を通しながら返事をした。


「なんだ?」


 すると今度はその声がより近くなってオレゴンにまた届いた。


「ねぇ、リーダーってばー」


「だからなんだ?」


 二回も呼ばれればさすがに背後を確認するオレゴン。するとそのオレゴンの頬をハルシオンの指が突っついた。

 状況がすぐに理解できないオレゴンは、そのまま頬を指でへっこまされたままハルシオンの顔を見上げる。

 そしてそこには上から見つめ返すハルシオンが満足そうに笑みを浮かべていた。


「これはいったいどう言う事だ……?」


「なんとなくつついてみただけですよー。ところで私、リーダーの事ずっとリーダーって呼べば良いんですかー?」


 そうしてやっと解放された頬を撫でながらオレゴンは言った。


「……そうだな。まぁそこは好きにすれば良い。お前こそずっと俺に敬語で話すのか?」


「け、敬語くらいすぐにやめれるよー」


 ハルシオンは唐突に表情を固めてぎこちなく言う。

 オレゴンは思わず笑みを浮かべて返した。


「そのわりには話辛そうだがな」


「つ、辻風つじかぜこそ私の名前をちゃんと呼んでよー」


 唐突に名前を呼んで困らせてやろうとするハルシオンの期待に反して、オレゴンは平然と答える。


微睡まどろみ


 優しく発せられた名前と共に向けられる視線に、ハルシオンは頬を真っ赤に染めて固まってしまう。

 そこへ思惑通りにいって楽しむオレゴンが続けた。


「なに名前呼ばれたくらいで顔を赤くしているんだよ」


 ハルシオンは羞恥心を払うように両手を上げて大きな声で言う。


「私ばかり改善させてー! リーダーだけずるいですよー!」


「そうだーそうだー」


 そこへ背後の玄関に続く廊下からオレゴンには聞きなれない声がハルシオンを肯定した。

 

「だ、誰ー!?」


 驚くハルシオンが飛び跳ねて振り返る。

 するとそこにはハルシオンに瓜二つの少女がにやにやと笑みを浮かべて居た。


「お、おねぇちゃん!?」


 ハルシオンの水色の髪に比べてやや緑がかった髪色をする姉と呼ばれた少女。コースターとコーヒカップを持ったまま立ち上がったオレゴンはその少女を見て繰り返した。


「おねぇさん!?」


 姉はそんな二人を見て笑うと、ポールハンガーに紺色のカーディガンを掛けて言った。


「そう、おねーちゃんだよー。微睡ー元気してたー? しばらく見ないうちに大きなったねー」


「元気だよー。おねぇちゃんも変わったねー」


 手を握り合ってそう言い合う二人に、オレゴンはずっと驚いた表情のまま言った。


「俺から見れば髪の色くらいしか見分けが付かないんだが……」


 それにハルシオンが答える。


「まーおねぇちゃんと年子ですからねー」


 それに姉が続けた。


「まー他人から見れば分からないよねー。っとそれにしても、もしかしてー……彼氏さんっ?」


 姉がまたにやにやと笑みを浮かべてオレゴンを見つめる。


「いや、なんだ……その。ハルシオン、なんと言えば良いんだ。お前が好きに伝えてくれ」


 ハルシオンの手前、回答に困るオレゴンは視線をハルシオンに向けて助け舟を出す。そしてそのまま手元のコーヒーを口に運んだ。コーヒーはオレゴンにとって精神安定の効果をもたらせてくれるのだろう。

 それを見てハルシオンは恥ずかしそうにしながらも答えた。


「そ、そうだよー。私の彼氏だよー」


「そっかそっかー。微睡も隅に置けないなー。それで、どこまでいったの?」


 オレゴンが思わずコーヒーを吹き出し咳き込む。

 しかしハルシオンは止まらなかった。


「お、お風呂とかはご一緒したかなー」


「へぇー。それでそれでー?」


 姉が両手を頬に添えて楽しそうに聞く。


「後はー……――」


 そこで頬を少し染め上を向いて考え込むハルシオンを、オレゴンは咳き込み、濁声だみごえになりながらも止めた。


「――待て。ごほ」


「リーダー……大丈夫ですかー? 辛いのでしたら私が伝えますよー?」


 オレゴンに歩み寄り、背中を摩るハルシオン。


「ち、違う! そうではない! 確かに好きに伝えてくれとは言ったが、別に洗いざらい全て言う事はないだろう!」


 それに姉が答えた。


「それはつまり小出しに伝えて相手を楽しませろって事ー?」


 そこへハルシオンが続ける。


「それはつまり私の伝え方を見かねてリーダーがこのような状態に!?」


 オレゴンはもう疲れたようだった。


「もういい、もう何も言うな……。それでお姉さんはなぜここへ……?」


 姉は頬に指を立てて頭を少し横に曲げ、何かを思い出すようにつらつらと言った。


「えっとー……。可愛い妹が貴族の戦争に巻き込まれたって聞いてー。心配になって部屋を訪れたんだけどー、既に引越ししててー。そこには何故かトリアゾラムの人が住んでてー」


 そこからは思い出しきったのか、オレゴンの顔を見つめて続けた。


「その人に聞いてここに来たって訳! そしたら二人のピンクな声が聞こえてきてー、そのままピンクな展開になったらおねぇちゃん気まずいでしょー? だから先制を仕掛けたの!」


 ピースをする姉の言葉にオレゴンは絶句する。

 それを見て姉は何かを察したように続けた。


「あ、鍵かけ忘れてたー。彼女も居るのに不用心だったー。って顔してる」


「そこじゃねぇ!」


 叫ぶオレゴン。そこで何故か訪れる沈黙。

 俺が悪いのか……? とオレゴンが心の中で自問自答していると、ハルシオンが手を叩いて言った。


「そうだー。おねぇちゃんに聞きたい事があるんだー」


「そうかー。なになにー? おねぇちゃんに何でも聞いてごらんー?」 


「私達ハルシオン家と、トリアゾラム家とレム家ってどんな関係なのー? 親戚ー?」


 姉はそこでオレゴンのコーヒーカップを奪い取ってソファに腰掛けながら答えた。


「簡単に言うと親戚みたいなものだよー。ただハルシオン家にとってトリアゾラム家とレム家は分家にあたるのかなー? 難しい事はおねぇちゃんにも分からないよー」


 そう言ってコーヒーを口に運ぶ。

 すぐに「まず……」と小言を漏らして苦い表情を浮かべる姉に、オレゴンは新しいコーヒーと砂糖とミルクを目前の机に置いた。

 そしてオレゴンは自分の分とハルシオンの分のコーヒーも机に並べて、向かいのソファに腰掛る。


「それでお姉さんがここへ訪れた目的は何ですか?」


 そのオレゴンの横にハルシオンが腰掛け、コーヒーに砂糖とミルクを入れた。

 姉もそれを見て真似するように砂糖とミルクを混ぜながら答える。


「レム家の者が問題を起こしたって話も聞いてねー。微睡が何か知らないかなーって思ってー」


 そこでコーヒーを再び口にする。

 そして同じくコーヒーを飲むハルシオンと同時に言った。


「あまあまー」

「あまあまー」


 再び沈黙する場。ハルシオンと姉が顔を見合わせて笑う。

 その雰囲気に流されてオレゴンも笑みを浮かべて言った。


「喜んで頂けて良かったです。レムとはハルシオンも僕も既に面識ありますよ」


「そっかー、やっぱりー。それと私も微睡の彼氏さんが良い人そうで安心したよー」


 突然の褒め言葉にオレゴンが返事を考えていると、すぐに姉が立ち上がり続けて言った。


「唐突ですが妹の呪いを半分肩代わりしてくれてありがとうございます。そして妹の力を良からぬ事に利用しようと企んでいると疑ってごめんなさい。妹の目に狂いは無かった。おねぇちゃんはオレゴンさんで安心しました。不束者ですがこれからも妹をよろしくお願いします」


 そして頭を下げる。


「お、おねぇちゃん!?」


 驚いて立ち上がるハルシオンに姉が言った。


「オレゴンさんは微睡には勿体無いくらいよ。嫌われない様にしないとねー」


「言われなくても分かってるよーだ」


 そこで笑う二人はまた腰を落とすと、姉がオレゴンを見て続けた。


「それでね、二人に依頼があるのー」


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