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幸せ者のオレゴン

「そしてリーダーも幸せ者ですよーっ」


 オレゴン宅のお風呂場にて、ハルシオンの楽しそうな声が響く。

 腰にタオルを巻いてほぼ全裸のオレゴンは先に洗い場のバスチェアーに腰掛け、背後の脱衣所からきゃっきゃっとはしゃぐタオル一枚のハルシオンに一つ大きなため息を零した。

 そんな様子のオレゴンにハルシオンは脱衣所と風呂場を仕切るスライド式の扉を閉めて、耳元で言う。


「可愛い彼女に体洗って貰えるんですよー? もっと喜ばないとー」


「俺は別に無理して風呂に入る必要は無いと言っただろう」


「駄目ですよー。私もこれからここで一緒に暮らすのです。同居人が臭いのは嫌なのです」


 ハルシオンはそう言ってスポンジを泡立てオレゴンの背中を洗っていく。


「……ナンバー5さんから貰った特別な魔法薬で傷口だけでも塞がって良かったですねー」


 オレゴンは左腕のギブスを見て答える。


「そうだな。出来る事なら骨折も治ってくれれば良かったんだが、これじゃしばらく仕事は出来そうにないな」


「仕事なんてもっての外ですよー。安静にしててください。それにしてもリーダーって意外に筋肉あるんですねー。男らしいですよー」


 ハルシオンはそのまま右腕に移りながら言った。

 そこでオレゴンはハルシオンの持つスポンジを取りあげる。


「ありがとよ。背中と右腕以外は自分で洗える」


「恥ずかしいんですかー? じゃあ次は頭洗ってあげますねー」


 ハルシオンはにやにやと笑みを浮かべて再びオレゴンの背後へ回る。これ以上喜ばせるものかと反応しないようにするオレゴン。そんなオレゴンの頭をハルシオンは泡立てて行く。

 そして足を洗う為に屈むオレゴンの頭を、ハルシオンは付いて行くように前かがみになってやりずらそうに言った。


「リーダー洗いにくいですよー」


「あ、すまない」


 そう言って頭を上げるオレゴン。

 するとオレゴンの背に感じてはならない感触が伝わった。あまりにも突然の事に、オレゴンは硬直しまう。

 そして時間が止まり続けるオレゴンの肩に顔を乗せてハルシオンが言った。


「リーダー? もしかして計算――」


 ハルシオンの言葉を遮るようにオレゴンが叫ぶ。


「――わあああぁぁっ! そんな訳無いだろう! しかし本当にすまない! そこに俺の意図はマジで無かったんだ!」


 これ以上に無く激しく動揺するオレゴンからハルシオンは離れる事無く、むしろ体を密着させ、耳元で蠱惑こわく的な声で囁く。


「リーダーがマジとか言うの初めて聞きました。それほどに動揺してるんですかー? 前まではぺちゃぱいな体には興味無いとか言ってたのにー? やっぱり興味ありありなんですかー?」


 顔を見なくとも意地悪げなほくそ笑みが嫌と言うほどに伝わってくる。オレゴンはこの状況を打開すべく、考えを張り巡らせた。

 しかしその一瞬は緊張するオレゴンからすれば僅かな時間でも、余裕のあるハルシオンにはそれなりの時間を黙らせてしまうほどに困らせてしまったと感じるようで、反省の意を込めて今度は冷静な声で言ってあげた。


「あ、私は別に怒ってませんよー」


「ほ、本当に怒ってないんだな?」


 ハルシオンの平常の声に、オレゴンはそれがハルシオンなりの助け舟とは露知つゆしらず食いつくように反応する。

 そこでやっとハルシオンは上半身を起こして無頓着に続けた。

 気まずそうにするにするオレゴンも追いかけるように首を回してハルシオンを確認する。


「もちろんですよー」


 そしてピースをして続ける。


「だって彼女だからー」


「無表情で何を言ってるんだ!? お前の意図がまったく読めない?!」


「嬉しかったくせにー」


「ああもういい! その話はもういい! 俺は風呂に浸かる!」


 オレゴンは残された右手でシャワーヘッドを掴み取り、そしてお湯を頭から浴びる。


「否定……しないんですねー。良かった」


 途中、ハルシオンは安堵に溢れた笑みを浮かべてぼそりと呟く。先程の行動で嫌われた……までは無いにしても不快感を与えていたのかもと内心で心配していたが、オレゴンの反応を見てただ照れたいただけと結論に辿り着いての笑みだった。

 そしてその声はオレゴンの耳には届いてなかったようで、既に左腕を水面に浸けない様に気遣いながら浴槽に浸かっていた。

 そこでオレゴンはハルシオンへ視線を向けて言った。


「そのなんだ。確かに一人じゃ風呂にも入れなかった。助かった。ありがとう」


 不意に告げられる感謝の言葉に、呆けていたハルシオンは現実に戻される。


「え? あ、いえいえー。じゃあこのまま私も体洗っちゃおーと」


 そう言ってハルシオンはオレゴンに背を向けてタオルを外した。

 突如として行われたその行動に、驚愕するオレゴンはやり場の無い視線のやり場を目まぐるしく探しながら叫ぶ。


「ちょちょちょ、ちょっと待てー! なんでお前も洗うんだ!?」


 既に泡まみれで体を洗うハルシオンは、その手を休める事無く顔だけをオレゴンに向けて言う。


「リーダーだけすっきりして終わりだなんてひどいですねー」


「なんだ……その表現……」


「まぁまぁ、ついでなんですからー。良いじゃないですかー。あ、別に見ても怒りませんよー?」


 オレゴンがこの手の話で気分を悪くしないと判断して、ハルシオンはまた意地悪な事を言う。

 しかしオレゴンもやられっぱなしなのは自尊心が許さないのか、浴槽の縁に顎を置いて返事をした。


「へぇー。見ても怒らないんだなー?」


 眼鏡を外して視界が悪い事がオレゴンの背中を押したのだろう。

 意地悪な言葉と共に向けられる視線にハルシオンは思わず胸を隠す。

 そしてオレゴンもすぐにからかって終わりにしようと考えていたが、頬を染めるハルシオンの浮かべた予想外の恥じらいの表情、そして初めて直接見た小柄なハルシオンの体のラインに思わず言葉を失ってしまった。


「リーダー……。やっぱり恥ずかしいです」


「だ、だよなぁ! お、俺とした事がいくら怒らないって言っても、別にそれは見て良いって事ではないよなぁ!」


「そ、そーですよー。やだなー、リーダーはー。もー」 


 そこで沈黙してしまった二人のぎこちないやり取りに気まずい空気が流れる。

 下心があった訳では無いんだと心の中で良い訳をするオレゴンと、からかいが度を過ぎたと反省するハルシオン。

 その空気の中で、耐えかねたオレゴンが言った。


「いやー。そろそろのぼせそうだー。もう上がろう。後は好きにしてくれて構わないぞー」


 水面を激しく揺らして立ち上がるオレゴン。そのままそそくさと脱衣所に向かう。

 ハルシオンも慌ててオレゴンの背に返事をした。


「だ、大丈夫ですかー。湯冷めに気を付けるんですよー!」


 そうして一人になったお風呂場に、ハルシオンの気の抜けた声が響いた。


「私のばかー」

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