桜渦とハーシャッド
「さて、私の策略もなんだかんだ上手く進んだ訳だ。ここからは高みの見物と行こうか」
ハーシャッドは地面に蹲るナンバー5を見て嘲笑すると、高く飛び上がりビルの屋上へ降り立った。
そして向かいまで吹き飛ばされたナンバー2とハルシオンの戦闘を見物しようと歩みを進める。
そこには自分以外誰もいないはずだった。しかしハーシャッドは確かに背後からの見知らぬ声を聞いた。
「やぁやぁ。坊や。お前の家系にはずっと世話になりっぱなしだねー」
振り向き背後を確認するハーシャッド。
そこには赤い長髪を背に払う女性が笑顔で立っていた。
「君は?」
「桜渦 オレゴン。これ返すよ」
桜渦と名乗った女性は小さな釘をハーシャッドの前に捨てた。
「これは私の……」
「そう、ハーシャッド家に伝わる武器。これはお前がハルシオンに与えた物では無く、私を騙し封印したお前の先祖の物だ!」
桜渦は駆け出す。
理解が追い付かないハーシャッドはそれでも余裕そうに刀を構えた。
そして桜渦は
「科学魔法展開『メイルシュトローム』」
魔法名を呟き突風を発生させ、ハーシャッドを細かく切り刻みながら宙に浮かせた。
「その魔法……! やはりそうか。まさかどうやってこの世に蘇った!?」
「自分で考えるがいい!」
桜渦は飛び上がり風に流されるハーシャッドに手の平を向ける。
「渦刃『ヴォーテックス』」
そしてその手に握られる木目模様で灰色の刀でハーシャッドを払った。
対してハーシャッドは自前の刀でそれを受け止めようと試みるが、その刀はまるで豆腐を切るようにいとも簡単にあっさりと裂かれてしまう。
そしてそのまま迫る桜渦の刀をハーシャッドは身を反らしてなんとか致命傷は避けたが、左腕を綺麗に両断されてしまった。
「ぐおおお!? なぜだぁぁ!? なぜお前がこれほどの力をぉ!!」
屋上に再び落ちていくハーシャッドを桜渦は見下ろして言った。
「オレゴンの力とハルシオンの力が共鳴して微睡が力を得たとすれば、同じくして私が力を得てもおかしくはないだろう?」
「亡霊風情が! 図に乗るなぁぁ!」
「くたばれ。ハーシャッド家の末裔」
刀を振り上げ、桜渦が急降下する。
そしてそのままハーシャッドの頭上へ刀を振り下ろした。
「古代雷魔法『トネールエペ』」
しかしその刀を止めた者が居た。その者は雷が轟く金色に輝く細身の剣を持ってして桜渦の剣を受け止める。
「ハーシャッド様。ご無事でしょうか」
ハーシャッドは失った左腕から伝わる激痛に表情を歪めながら数回頷く。
それを見て愉快そうに桜渦が言った。
「慣れていないのだろう? 痛みに」
「お黙りなさい。当然でしょう。本来、ハーシャッド様は痛みとは無縁の方。ここからは主に代わって私が相手をしましょう」
「お前に務まるのか? 古代魔法の使い手。少しは楽しませてくれよ」
腕を振り上げる桜渦。
「上位雷魔法『レイ』」
メイド長は魔法名を口にすると同時に桜渦の背後に立っていた。
そして桜渦の背に細身の剣を突き刺さそうと腕を突き出す。
しかし桜渦もまた、それを回避するように大風に流されて宙を舞うと、空中で渦に巻き込まれるようにビルの周囲を回転し、次第に渦の中央に近付いて行ったかと思えば突如、一直線にメイド長に向けて急接近する。
「須臾『クロノスタシス』」
そして桜渦の刀をハーシャッドが残る右腕で刀を構え、防いだ。
「お前は何本刀を持ってるんだ? さっきから鬱陶しいな。それにお前たちが仲が良いのは良く分かった。良い侍従関係じゃないか。だがあくまでも仕事的な関係だな」
近寄るメイド長を桜渦は先に蹴り飛ばす。そしてそれに気を取られるハーシャッドの髪を掴み上げると、地面に叩き付けた。
そのまま桜渦は地を這うメイド長に駆け寄ると、さらに蹴飛ばして屋上の外へと追いやった。
しかしメイド長は辛うじて屋上の角を掴み、一命を取り留める。
「ふん、知ったような口を。私は仕事でハーシャッド様にお仕えしている。それの何に問題があると言うのですか?」
メイド長は自身を見下ろす桜渦を睨んでそう言う。桜渦はそのままぼんやりとメイド長を見つめたまま返事をした。
「問題なんてない。仕事だけとして見れば誰一人として文句は無いだろう。だがなそんな薄い関係のお前たちが束になった所で私にとっては問題にもならないのさ」
桜渦はそう言い終えると背後から斬りかかるハーシャッドの手首を掴み上げ、ビルの外へぶら下げる。
「お前もそうだ。主として従者を思いやる気持ちが足りないから薄情な関係になってしまった」
それに対して激昂して言ったのはメイド長だった。
「お前がハーシャッド様を語るなぁ!!」
雷をその身に纏い、飛び上がったメイド長は桜渦へ細身の剣を突き刺す。そして桜渦がそれを回避すると、今度は桜渦の腹部を蹴り、そのまま吹き飛ばす。そして解放されたハーシャッドが地に落ちる前に、手首を掴んで屋上に足を付けさせた。
桜渦は吹き飛ばされた先で、華麗に屋上に着地すると動じる事無く、淡々として続ける。
「従者の気持ちは一方通行か。さらにはその気持ちを押し殺して仕えてきたのだから、お前も報われないなぁ」
「お前に何が分かる!!」
メイド長は細身の剣を構え、桜渦へ向けて駆け出した。
しかし突如、ハーシャッドが見せた不気味な笑みがメイド長の足を止めてしまう。
「ふっははははは!! ふふふうひひひはあ!」
「ハーシャッド様……?」
「メイド長よ、もう良い。最後の手段を使おう」
そこで桜渦が憎しみが混ざった引きつった笑みを浮かべながら言った。
「あぁ、私が過去にやられたやつね。もういいよそれ。何度も食らうと思うか?」
「食らわす。そして血祭りにあげてやろう」
ハーシャッドが桜渦を睨んでそう言う。
そして魔法名を唱えようと口を開けた瞬間、目にも止まらぬ速度で接近する桜渦によってハーシャッドは首を押さえられ、涎を垂らしながら桜渦を険しい表情で睨む事しか出来なかった。
「誰が誰に食らわすだって? 坊や」
そして掴む首の少し下を刀で裂いた。字の如く、ハーシャッドは血飛沫をあげ桜渦は真っ赤に染まっていく。
メイド長はまるで相対するように顔を青くして叫んだ。
「ハーシャッド様……。ハーシャッド様? ハーシャッド様!」
「確かに私は血祭りになったな。大した奥の手だ。なぁ、メイド長?」
「貴様ああああああ!!!」
奇声をあげて半狂乱になるメイド長は駆け出す。
桜渦は笑顔で動かないハーシャッドをビルの外へ投げ捨てた。
そして向かってくるメイド長を迎え撃とうと刀を構える桜渦だったが、そこでメイド長は桜渦の予想を越えた行動に出た。
「ハーシャッド様!」
桜渦の横をすり抜け、地へ落ちて行くハーシャッドへ向けて自らビルの外へ身を投げ出したのだ。
桜渦は落ちて行く二人を茫然と眺めて呟く。
「従者よ。お前の気持ちは本物だったか。だったら生まれ変われれば、その思い報われるよう願って死ね」
桜渦の見つめる先、そこでメイド長はハーシャッドを抱きかかえ地に魔法を放とうと手を突き出した。
しかしそこでメイド長は動きを止めてしまう。そして血を吐く。
「あぁ……ハーシャッド様」
メイド長は腹部に突き刺さる灰色で木目の刀を確認し、動きもしないハーシャッドの顔を両手で包み込む。
そして二人は地に落ちた。
屋上からは桜渦の狂った笑い声が響き渡る。




