悪戦
中央部。そこは四方八方が建物に隙間無く囲まれ、その建物の内部も土や岩に埋められていた。ここへ入るには狭い3本の通路か、開けた空から侵入するしかなかった。しかし空には青色の魔法防壁が張られており、実質ここへの出入り口は三本の通路しかない。
そしてその中央にて二人が見た光景は、二人をしばらく絶句させるには十分だった。
「す、既にここにも敵がー……」
オレゴンの背から降りてそう言うハルシオンに、オレゴンは警戒を解く事無く言った。
「もう歩けるのか? 無理はするなよ」
「はい、大丈夫ですよー」
混成魔法こそまだ健在で展開中だったがその魔法を唱える詠唱者を守る人間数人が、既にメイド服の女性数人と戦闘を繰り広げていた。
そしてその様子を見るオレゴンが呟くように言う。
「落ちるのも時間の問題か……?」
そしてそれに答えたのは先程の指揮官だった。同時に、一人のメイドが鬼のような形相でこちらに向かって来ている。
「メイド達に恐怖と言うものは無く、怯む事無くこちらに襲い掛かって来る。完全に士気の差で押されている。だがなこの地には魔法防壁が張られている。狭い3本の通路でしか侵入できないうちは諦めるにはまだ早い!」
そう言って指揮官は向かってくるメイドの足を剣で切り払った。
当然、足を失ったメイドは地に倒れ込み、指揮官の顔を憎しみが溢れた表情で睨む。そこへ指揮官は無表情で剣を振り下ろた。
肉が避ける音と、剣が地面に衝突する音。それが思わずオレゴンとハルシオンの視線をそらさせた。
「すまない」
指揮官はそう言って血が滴る剣を抜き、改めてオレゴンに話しかける。
「ありがとう。君たちの防衛でかなりの時間稼ぎが出来た。上には良い報告をしておく。出来れば次はここで応戦を願いたい……と言いたい所だが、少し厳しいか?」
指揮官は腕を抱えるオレゴンと、口の周りを血塗れにするハルシオンを一瞥して言った。
そこへハルシオンが真っ先に答える。
「そうですね、厳しいです。早くリーダーを休ませてあげてください……この人、ずっと戦いっぱなしなんです! 少し取れた仮眠でもうなされるほどに疲労困憊しているんです! 腕も大怪我してしまっているんです!」
そこへ指揮官が返事をする前にオレゴンが言った。
「おい、ハルシオン。休むのはお前の方だ。ただでさえ魔力が回復しにくい体質の癖に無理して魔法を使って内臓もぼろぼろだろう!」
また指揮官が割り込む隙も無くハルシオンが返事をする。
「あのメイド達が使っている武器、たぶんハーシャッドの最新の発明です。治癒魔法や魔法薬は、あの武器によって作られた傷には効かないはずです」
言葉を失うオレゴン。
それを聞いた指揮官は顎を撫でて言う。
「それは本当か……。だとしたら厄介な話だ。分かった。君たちは安全そうな場所で――」
――指揮官の声を遮るように爆音が鳴った。三人が周囲を見渡せば、建物の上から大量に雪崩れのようにメイド達が侵入してきている。それに三人が呆気に取られていると、頭上からも一人のメイドが落ちて来た。そしてそれに驚く間も与えられず、指揮官がそのメイドに吹き飛ばされる。地面を転がり、立ち上がるそぶりも見せない指揮官。
オレゴンは察した。これだけのメイドが押し寄せてきた事、つまりそれは魔法防壁が破られたことを意味すると。
「くそ! なんだこの戦力差は!近代魔法『イマジナリーソード』」
オレゴンは魔法による剣をまだ使える片手に握ると、頭上から迫る一人のメイドを切り倒す。
しかしその後に続くメイドの押され地面に倒されると、追い打ちをかけるように別のメイドがナイフでオレゴンの左肩を貫いた。
「やめろぉーっ!」
大量のメイドに呆気を取られていたハルシオンはそれを見て叫ぶと、オレゴンの肩を貫いたメイドを体当たりで押し飛ばした。そしてすぐに釘を持ち出し宙に投げるが、あろう事かそこでまた吐血してしまい、釘は無残にも地に落ちた。
「ハ、ハルシオン!」
すぐ立ち上がろうとするオレゴンだが貫かれた肩を他のメイドによって蹴り倒され、地面を転がりさらにハルシオンとの距離を開けてしまう。
蹲りそうになりながらもオレゴンを見つめるハルシオンが無数のメイド達によって埋もれ見えなくなった所で、オレゴンは決心する。
「科学魔法展開『『メイルシュト……』」
しかしそこで言葉を失うように魔法は中断させられる。突如として起きた地響きによってオレゴンが混乱したからだ。長く続くその地響きはこの空間の時間をメイドの動きを停止させる。建物もボロボロと瓦礫を落とし、それに潰されるメイドも居た。
「何が起きた……?」
オレゴンがそう呟くと同時にハルシオンを取り囲うメイド達が周囲に散乱した。
ハルシオンがまた無茶をしたのだろうとオレゴンは心を痛めて立ち上がる。
「ハルシオン!」
そうして肝心のハルシオンは、半透明の壁に包まれようにして守られていた。
何が起きたが理解が追い付かないオレゴンが周囲を確認する。それはハルシオンだけで無く、吹き飛ばされ気を失う指揮官、それ以外の味方、そして気が付けば自分をも守るように半透明の壁が包んでいた。そして黒いローブに身を包んだ長髪の人物が宙に浮いていた。
「lamina『無塵』」
そしてその人物が魔法を詠唱すると同時に、数十名のメイドが一斉に首から血を吹き出しその場に倒れこむ。
「手荒な真似はしたくないのだがな。む、こやつら心を失っているな」
その人物はそのまま地に降り立つ。そして混乱する混成魔法の詠唱者に大きめの声で言った。
「おい、なにぼさっとしている。さっさと混成魔法を完成させろ。誰も欠けていないのだろう?」
「は、はい!」と返事をする数人の詠唱者はまた指を組んで魔法の展開に集中する。
それを見てその人物は一つ頷くと、慌ててハルシオンの元へ駆け寄った。
「おい! ハルシオン! 大丈夫か!」
口周りの血を腕で拭うハルシオンはその人物を見て返事をする。
「ナンバー……2?」
「おお、私が分かるか。良かった。私が来たんだ、もう安心するんだぞ」
「危ない!」
唐突にハルシオンが叫ぶ。笑顔を見せるナンバー2の背後にメイドが忍び寄っていたからだ。
しかしナンバー2は背後を確認する事も無く、ただハルシオンに笑顔を向けているだけだった。
それにもかかわらず、背後のメイドは突如その場に倒れこむ。
ナンバー2はそこでやっと背後を確認して言った。
「やはりそうか。心を奪われ操作されているのか。私がもっと早く来ていれば、私がもっと早く気が付いていれば無益な殺生は避けられただろうにな」
ナンバー2は突如飛び上がり、腕を広げる。
そして宙に滞在し続けるナンバー2から可視出来るほどの魔力が放たれ、それがナンバー2のローブを激しくはためかせた。
そしてその魔力の波動がメイド達に接触するや否や、ばたばたとメイド達が倒れて行く。
「どういう事ー……」
未だ半透明の壁に包まれるハルシオンが零すように言った。
すると再び地に降りるナンバー2がその疑問に答える。
「簡単な事だ。あの手の魔法は繊細で脆い。私の魔力で少し綻びを与えてやれば、あとは勝手に消えていく」
「……一桁級は言葉通りに桁違いですねー」
ナンバー2はフッと得意げに鼻で笑うと、周囲の人間に向けて大きな声で言う。
「安心はまだ出来ない。メイド達は未だここに向かってきている。私が応戦するから休める者は休んでおけ」
そこで溜息を付いて小さな声で続けた。
「やれやれ一体これだけの数をどうやって確保したのか。まぁもっとも私からすればハルシオン、お前が無事だっただけで目的は達成したものだがな」
頭の上に疑問符を浮かべるハルシオンが半透明の壁から解放される。
そしてオレゴンの周囲の壁も消えた。両手を壁に添えていたオレゴンは前に転びそうになる。
「オレゴンとやらよ。肩と腕を怪我している所悪いがナンバー5からの伝言だ。ハルシオンを連れてあちらのビルを目指してくれ」
そう言ってナンバー2が指差したのは少し離れた場所にある摩天楼だった。
「それはなぜだ……?」
「さぁな。ナンバー5には作戦があるらしいが私はどうも同意しかねん。どうもあそこにハーシャッドが居るようだからな」
そこへ返事をしたのはハルシオンだった。
「駄目です。嫌です。ハーシャッドがいるならなおさらです」
「それには私も同意だ」
相槌をなんども打ってそう言うナンバー2。
「そうです。リーダーは今、重傷なんです」
「まぁオレゴンとやらがどうなろうと私には構わないが、ハルシオンが危険に晒されるのは不愉快だ。なぁ、オレゴンとやらよ」
オレゴンが苦笑いで答える。
「相変わらずのハルシオン贔屓だが、そうだな。確かにこれ以上の危険は避けたい」
「いいぞ、それで。私が良いように伝えてやるし、匿ってやる。どうにでもしてやる」
「頼もしい言葉だな。だが何か作戦があって俺を呼んでいるのであれば、俺はその信用に答えたいと思う」
「リダー!?」
思わず舌足らずでそう言うハルシオンはオレゴンに歩み寄って続ける。
「リーダー! どう言う事ですかー! 私が心配してるのが分からないのですかー!」
「お前の気持ちは嬉しいが、もしナンバー5の作戦が失敗してさらにお前が危険に晒されるのが俺は嫌なんだ。これも俺の心配の形って事で納得してくれないか?」
ハルシオンは頭を何度も横に振って無言で答えた。
オレゴンはそんなハルシオンの頭を撫でて黙って行こうとする。
そんな様子のオレゴンを見てナンバー2が言った。
「独りよがりだな、オレゴンとやらよ。何をカッコつけている馬鹿者が。お前もリーダーなのであれば部下の気持ちを酌んでやれ」
そう言われて慌てて振り向くオレゴン。するとそこにはまた涙を流すハルシオンが腕の内側でその涙を拭っていた。
それを見たオレゴンは自分の頭を片手で抱え、頭を小さく横に振る。
「ま、また俺とした事が……。お前は俺を支えてくれてばかりなのに俺はお前を悲しませてばかりだな。す、すまない」
オレゴンはハルシオンに歩み寄り、手を取って続ける。
「やっぱり休むよ、ハルシオン。一緒に休もう」
「……うん。もう、リーダーは馬鹿なんですからー」
「そうだな。ちょっと冷静さを欠いていた本当にすまない。それにナンバー2がどうにでもしてくれるらしいからな」
ナンバー2は大きく頷くと言った。
「まぁ、私はお前がどうなろうと構わないがな。それにしても良い判断だと褒めておこう。さて、次のメイド達がそろそろ来る。お前たちは早く避難しろ」
そうしてオレゴンとハルシオンはこの場を去った。




