逃げるオレゴン。向き合うハルシオン
「ったく切りが無いな!」
既に十数人の相手はしただろう。
オレゴンは最後の敵に今突き刺したばかりの剣を抜き、一段落を終えて額の汗と返り血を腕で拭う。
あれからハルシオンに元気は無かった。戦闘に関しては支障も迷いも無くこなしているが、気分は優れない様子だった。
それを察するオレゴンはハルシオンに言葉を掛ける。
「ハルシオン……。気にするな、別にお前は悪くない」
ハルシオンは手に握る釘を捨てる様に落とし返事をする。
「別にそんなんじゃないですよー。ただ、この人達は堕落者と違って悪い事はしていない。完全な被害者なのにこの仕打ちはどうなのかなーって思ってー」
「……ハルシオン。これを言って慰めになるとは思わない。下手すればお前の怒りを買うかも知れない」
オレゴンから改めて出てくる真剣な言葉にハルシオンは少し戸惑い、その戸惑いを誤魔化そうと半端な笑みを浮かべて言った。
「な、なんですかー?」
「俺もこんな考えはしたくないし、日常的にこんな事を考えてこの仕事をしている訳でも無い」
「だ、だからなんなんですかー?」
何度も念を押すオレゴンにハルシオンは作り笑いをやめて聞いた。
「お前の優しさは大好きだぞ、ハルシオン」
オレゴンの突然の発言に、オレゴンの話の腰を折ってまでハルシオンが割り込んだ。
「リ、リーダー!? 唐突にどうしたんですかー?!」
純粋に驚くハルシオンにオレゴンは真剣な表情で続ける。
「まぁ、とりあえず聞いてくれ。俺もお前のその優しさに救われていると今日、実感したばかりだ。こいつらに罪が無いのも良く分かるし、俺もお前の意見に賛成だ。だがな、だからと言ってこいつらを野放しにしたらどうなると思う?」
じっとハルシオンを見つめてそう言うオレゴンに、ハルシオンは表情を曇らせる。
「そ、それはー……」
「分かるだろう? もっと関係無い人が傷つくんだ。こいつらに罪は無いが、他人を傷付けようとしているのも事実だ」
「し、しかしそれは操られているのであって!」
「それは分かっている! こいつらの意思じゃない事もな!」
大きな声で意見を述べるハルシオンに合わせてオレゴンも大きな声で言った。
そこで黙り込むハルシオンにオレゴンは続ける。
「最低な考えだって分かってて言う。仕事だと思って割り切ってくれ。これは人に害を与える獣を駆逐するのと変わらない」
そこで少し黙り込んでしまうハルシオン。
オレゴンの言っている事が一概に間違っていると思えないハルシオンは、涙を流して行き場のない苦渋な思いを訴える。
「でもそんな簡単に割り切れませんよー……。リーダーからすれば他人でも、私には見知った顔もあるんですよー……? みんなちゃんと血の通った人間です。笑っていた日々があるんです、獣なんかじゃありません」
「ううー」と声を押さえて泣き、溢れる涙を腕で拭いきれないハルシオンを見て、オレゴンは衝撃を受けたのか硬直してすぐに肩を落とす。
「そ、そうだな。確かに獣なんかじゃ無い……り、立派な人間だ……。お、俺は……」
ハルシオンがこれ以上に気分を悪くしないようにと思って言った言葉だったが、最終的に真逆の結果になってしまった。
それどころか自分の信念を疑う事になってしまったオレゴン。
当然オレゴンも人を殺すと言う事について良い感情を抱けるはずも無かった。悪い感情しか生まれなかった。しかし仕事だと思って割り切ると言う信念を盾に、その感情から逃れる事は出来ていた。
もちろんその考えが間違っているとは思っていなかった。ハルシオンにも適用出来ると思っていた。
しかしオレゴンの予想に反して、その負の感情と真向からと向き合うハルシオンに、オレゴンは自分がただ逃げていただけと言う事実を突きつけられ、信念を折られてしまう。
「違うんだ……俺は別にそんなつもりじゃ無かった……。ただ少しでも気分が軽くなれば思って……」
完全に言葉を失ってしまうオレゴン。
上げるところか落としてしまった士気の影響は強く、背後からの忍び寄る気配に二人は気付けなかった。
「死ね!!」
殺気が間近に迫った所でやっと背後の人物に気付いたハルシオンに当然動ける間も無かった。
しかし咄嗟に動いたオレゴンはハルシオンを抱きかかえ、メイド服の女性が振り下ろすナイフを左腕に受けてしまう。
「リーダー!?」
痛みを堪え歯を食いしばるオレゴン越しに、涙で霞む視界で女性を捕えるハルシオン。女性は追撃をと、また腕を振り上げていた。
「させるかぁー!!」
そのままハルシオンはオレゴンごと回転し、そのまま回し蹴りをしてナイフを真上に弾いた。
そしてオレゴンが身から離れた所で、憎しみの表情を浮かべる女性に向けて飛び上がり、落ちて来るナイフを掴んでそれを額に突き刺した。
そしてそこでハルシオンは気付く。既に周囲はメイド服の女性の集団に囲まれている事に。
「いつのまに!?」
一斉に取り囲うようにメイド服の女性達が駆け出す。
「ここで戦うのは愚策ですねー……」
ハルシオンは地面に落ちる釘を蹴り上げ、それが頭上を越えたあたりで腕を振り下ろす。すると巨大化した釘がメイド達の前に突然に現れ、戸惑うメイド服の女性たちの足止めに成功した。
その隙にハルシオンは、オレゴンに肩を貸して混成魔法を展開する中央へ続く細い通路に逃げていく。
「す、すまない。ハルシオン」
「いえ、元と言えば迷っていた私の責任ですよ。すみません、リーダー。……うっ」
そこで唐突にハルシオンは吐血する。
「お、おい! 大丈夫か!? ハルシオン!」
ごぼごぼと血を吐くハルシオンは口から顎を赤くして咳混じりに言った。
「ちょ、ちょっと無理をしちゃいましたねー」
「お前、無い魔力を無理して使ったな!?」
焦るオレゴンに対してハルシオンは視線を落として言った。
「えへへ、怒らないでくださいよー。私も必死だったんです」
「笑って余裕そうに見せようたってそうはいかない。ばかやろう」
オレゴンは壁に手をついて顔を上げようとしないハルシオンを背負うと、駆け出した。
「リ、リーダー? なにをー? 無理しちゃ駄目じゃないですかー……」
「無理をしたのはお前だろう。ひとまず避難するぞ。これじゃあ防衛失敗だな……」
「だ、第一、二人で守れって言うのがおかしいのですよー」
「広すぎて人手が足りてないのだと思う。俺達が来る前はあの指揮官が一人で守るつもりだったのだろう」




