だったらもう早く死んでしまいたい
「やめろ……やめろぉ……。やめてくれ頼む……」
苦痛の表情を浮かべ、必死に懇願する者はオレゴンだった。
「リーダー……! リーダー! 大丈夫ですか!? 起きてください!!」
その傍らでオレゴン以上に取り乱して心配するのはハルシオンだった。
オレゴンの手をぎゅっと握りしめ、悪夢にうなされるオレゴンの頬を撫でる。
老人の家で疲れ果ててしまったオレゴンが床を借り、眠りについて数十分ずっとこの調子だった。
「これは一体……どういう事でしょう……」
ベッドから少し距離を置いた場所からレムがオレゴンを見つめながらそう言った。
そのレムの横で老人は答える。
「代償じゃな」
「代償……。微睡様の呪いの肩代わりなのでしょうか……?」
レムの言葉をうっすらと聞いていたハルシオンが形相を変えてレムを睨む。
しかし怒りの矛先がおかしい事にハルシオンも分かっているのか、またオレゴンの苦しみに満ちた顔を見つめては自分の事のように思い、涙を流した。
「違う。お前が悪いんだ。やめてくれ……! やめろ。やめろ! やめろおおお!!」
オレゴンのこれ以上に無いほどの苦痛の表情をハルシオンは見ていられないのか、オレゴンの胸に顔を埋めて言った。
「リーダー……。リーダーはこんなに苦しんでいるのにどうして私は何もしてあげられないのですかー……。その苦しみ、半分くださいよー……!」
レムも視線を逸らす。
「呪いなどやはりそんな簡単に受け渡して良いものでは無かったと言う事か……」
「呪い? 違うの。これはもっと純粋なものだ」
「違うのですか?!」
「あぁ。これはただの力の代償」
老人がそう言うと同時にオレゴンが勢い良く上半身を起こした。
額から大量の汗を流し、目を見開いて、肩を揺らすほどに呼吸を荒げる。
「リーダー! 大丈夫!? どうしたの?! 今も苦しい?!」
オレゴンはハルシオンの不安でいっぱいの顔をしばらく見つめていると落ち着きを取り戻し始め、やつれた声で言った。
「悪夢を見ていた……」
ハルシオンはオレゴンの顔を覗き込むようにして言う。
「大丈夫? 辛い?」
いつまでも不安そうな表情をするハルシオンにこれ以上の心配をかけてはいけないと判断できるほどには落ち着いたのか、オレゴンは無理矢理笑みを作って続けた。
「心配をかけたみたいだな。安心してくれ。もう大丈夫だ」
「無理に笑わなくても良いんだよ。怖い夢見たの?」
オレゴンを胸に引き寄せて頭を撫でるハルシオン。オレゴンはそこでしばらく硬直していたが、やがて落ち着いた小さな声で言った。
「あぁ、少し……な。ほんとにすまない。だがお前のおかげで落ち着いた」
ハルシオンは少し下がってオレゴンの顔を確認する。そこには先程とは違って、安堵の表情を浮かべるオレゴンが居た。
「良かったー。ですよー。もう、心配したんですからー」
オレゴンは笑って言った。
「ハルシオン。ありがとう」
名前と共に礼を告げられた事にハルシオンは少し照れくさそうにする。
「い、いえいえー。私も必死であんまり覚えてないですよー」
そこでオレゴンはまた冷静な顔をする。
「夢の中で……。挙げだしたら切りが無いほどの苦しみの中で……。力の代償だと言われた」
「だ、誰にー?」
「俺の中の『オレゴン』に。この苦痛を超えた先に力があるとそいつは言った」
オレゴンは自分の手の平を眺めると、目を瞑った。
するとそこに渦巻く風が起き、それは次第に大きくなり、家具を窓を、そして家全体を揺らす。
そこでオレゴンは溜息をついて目を開け、ハルシオンを見つめながら言った。
「今まで俺はハルシオンに無理をさせて守って貰ってきたからな。今度は俺が守る」
真剣な表情をするオレゴンに、ハルシオンは思わず笑みを零して言った。
「もう、どんな夢見たんですかー。人前でリーダー恥ずかしいですよー」
俯いて言うオレゴン。
「どんな夢か……。詳しくは言いたくないな」
「じゃあこんな夢ですかー?」
オレゴンがハルシオンへ視線を戻すと飛んできた釘がオレゴンの頬を抉り、通り抜けて行った。そして背後のある陶器の置物を破壊する。
オレゴンは思わず頬を押さえた。血が止まらず指と指の間から液体が溢れだす。
「リーダー。私を守ってくれるんですよねー? じゃあ私が襲ってきた場合は、リーダーどうするんですかー?」
釘を手に取り、突き刺そうとしてくるハルシオンの攻撃をオレゴンは飛び跳ねて回避した。
そしてベッドに突き刺さった釘を抜こうとしている隙にオレゴンはハルシオンの背後に逃げ込む。
気が付けばレムも老人も居なかった。
「な、なんだ……まだ夢か? いやでも、これがもしハルシオンが何者かに操られていると考えれば迂闊な事は出来ない……」
「なにぶつぶつ言ってるんですかー? 殺しますよ?」
大振りの動作で釘を突き刺そうとするハルシオンの攻撃を、部屋の隅から隅へ逃げて回避するオレゴン。
なぜか部屋の扉は消えており、次にオレゴンが取った行動は窓ガラスを破って外に出る事だった。
「うおおおおおお」
体当たりをして窓をぶち破った。しかしあろう事かそこはまた遥か上空で、下には雪の中に佇む小屋と言う見た事のある景色が広がっている。
オレゴンは間一髪、窓の縁を掴み一命を取り留めたが、既に目前でハルシオンがオレゴンの事を見下していた。
ハルシオンを見上げるオレゴン。すると軽蔑の視線を向けるハルシオンはオレゴンの手を踏みにじりながら嘲笑混じりに言った。
「リーダー。もしかしてスカートの中が見たかったんですかー?」
「そ、そんな訳ないだろう。お前もつまらない冗談を言うようになったな」
「あれれー、でもすごく動揺してますよー? りぃーだぁー」
そこでしゃがみ込むハルシオン。風に煽られるスカートがばさばさと音を立てて広がり、見つめあう二人の視界をちらちらと遮る。
そんな中、オレゴンは一つ確信めいたものがあった。
窓の外に広がる景色、オレゴンはぶら下がりながらもこれをみて今の世界が夢だという事を確信し頷く。
そして勢い良く体を上げると、ハルシオンの頭部を蹴り飛ばし部屋に戻った。
「夢の世界か。俺はもう惑わさない」
蹴られた額を押さえながらハルシオンは言った。
「じゃあ私が良い夢見せてあげますよー」
いつも着ているカーディガンを徐に脱ぎ、シャツのボタンを外しだすハルシオン。そうして下着を露にしたところで、急接近したオレゴンがハルシオンの首を絞めあげ言った。
「意地が悪い夢だ。ハルシオンがこのような事する訳ないだろう」
締め上げる力を強める。
ハルシオンは喉を閉められ声が思うように出せないのか、掠れた声で言った。
「リ……ダも、こん……な事しな、い」
「うるさい! 夢の中の幻が俺を語るな! ハルシオンの声で俺を語るなあああ!!」
力を限界まで入れて、すぐ横の壁に突き刺さっている釘にハルシオンを突き刺した。吐血し、瞳に光を失う。最初こそばたばたと暴れていたハルシオンだったが次第に力を失い、だらしなく手足を揺した。
オレゴンはそこでハルシオンを開放する。
地面に倒れこむハルシオン。
いつ目が覚めるのか、そんな事を考えながらオレゴンはボロボロになったベッドに座り込む。
するとそんなオレゴンを見つめて涙を流すハルシオンが目に映った。
唇を噛みしめ思わず視線を逸らすオレゴン。そんなオレゴンにハルシオンは掠れた声で言った。
「ごめんね」
オレゴンに衝撃が走った。そしてハルシオンに駆け寄る。
「な、にがだ……」
何を答えず目を閉じたハルシオンの頭を屈んで支え、もう一度聞く。
「なにだが! ハルシオン!」
ハルシオンは目を閉じたままオレゴンの首に手を回すと、辛そうに言った。
「あんな形になってごめんね」
「意味が分からない! おい! ハルシオン! 目を開けろ!」
そう言われてハルシオンは重い瞼を開ける。すると既に目が見えていないのか、オレゴンへ視線を向けれないまま続けた。
「リーダー……。私、あなたと幸せになりたかったぁ……。こんな形で意図せず服を脱がされて……。ちゃんと付き合って、手を繋いで散歩して、それでね、ぎゅーして。ちゃんと段階踏みたかった」
「おい……何を言っている。お前まさか操られて……。嘘だろ。夢……じゃない……?」
「熱いよ」
ハルシオンはもう片方の腕を胸に回して続けた。
「でも寒い。悲しいし寂しい」
オレゴンは何も返せないでいた。自分の置かれている状況を全然理解する事も出来ず、ただただ混乱する事しか出来ない。そんな自分に嫌気をさしていた。自暴自棄になっていた。
しかしハルシオンは続ける。
「辛いよ私。どこかでリーダーなら救ってくれると守ってくれると信じていたんだよ。ねぇ、今私の前にいるあなたは本当に辻風?」
「馬鹿な事を言うな! 俺だ!」
「信じられないよ。私は信じられない。だってリーダーがこんな事する訳無い」
オレゴンの首に回していた腕が力を失ってするっと落ちる。
「違う。お前が悪いんだ」
「私が悪い? だったらもう早く死んでしまいたい」
ハルシオンは傍らに転がっている釘を拾うと、それを再び心臓に突き刺そうとする。
「夢なら早く覚めればいいのに」
「やめてくれ……! やめろ。やめろ! やめろおおお!!」




