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夢……だよな?

「やぁやぁ。オレゴン。今日はいくつか君に大事な話をしなければならないんだ」


 以前、祖父と話し合った時計台の空間に『オレゴン』と名乗った人物が居た。

 オレゴンが前に見た時は全身を包帯に包まれ、さらには体の至る箇所に釘が突き刺さっていたはずだったが、今回は大きく違った。それがオレゴンをひどく驚かせる。

 まずオレゴンが真っ先に目についた事だが、包帯が無かった。そして次にオレゴンが驚かさせられた事が、その人物は赤の長髪が特徴的な女性である事。

 それだけでオレゴンは言葉を失ってしまう。それに対して女性は赤い長髪を首の後ろに払い除け、何も答えずただ茫然とするオレゴンを赤い瞳でまっすぐに見つめて話を続けた。


「何を黙り込んでいる? あ、そうか、私の姿の変わりように驚いているんだね?」


 腰に手を置き首を傾げる女性に、オレゴンはお馴染みの疑問を投げかける。


「ここは……。俺はまた死に掛けているのか……?」


 それを聞いて腹を抱え笑う。


「あは。この子、疑心暗鬼になってちゃってるよ。あっはははは」


 その人物の立ち振る舞いにオレゴンはまた言葉を失っていると、急に冷静になったその人物が言った。


「まぁ、私的に君には死んで貰った困るのよねぇ。けど君はよわーい。弱い! 弱い!」


 最後は小刻みに飛び跳ねてそう言う人物は、オレゴンに歩み寄りながら続ける。


「あ、そうそう私の事は桜渦おうかと呼んでくれていいよ。オレゴンの名はもう少し君に貸してあげるよ。それでね」


 桜渦と名乗った人物は立ち尽くすオレゴンの体に密着させ、肩に顎を置きながら続ける。


「ついでに私の力も君に貸してあげようかと思って。けれどね、これがどうしようもないくらいに苦しいのさ。痛い。熱い冷たい。寂しい。悲しい。辛い。信じられない。信じたくない。そして夢であってと懇願する。けど次には立ち向かい、痛めつけ、熱さは冷めていき、寂しさを共感し、悲しさを共感し、辛くなり、信用を失い、そしてまた夢であってと懇談する。平たく言えば代償。あ、でも大丈夫! 私は君を信じているよ。だって君はオレゴンの名を継ぐ者だもんね」


 腹部を軽く押された感覚がオレゴンを襲う。痛みは無かったがその感覚が恐怖となってオレゴンを襲った。

 オレゴンは距離が離れていく桜渦を睨む。自分が吹き飛ばされていた。

 時計台の壁に長方形の四角い切れ目が入り、それは扉へと姿を変える。そしてその扉が開かれるとオレゴンは時計台の外へ放り出された。


「あ、そうそう。そこから先は現実。良いね?」


 風が強く吹き荒れる中、桜渦の言葉を最後にオレゴンは地に地に落ちていく。雪が積もる地面にぽつんと一軒だけ存在する小屋が、どんどん大きくなっていく。


「上位旋転風魔法『ウィンドミル』」


 魔法を唱えるが何も起きない。それにオレゴンが驚いて居る間に、地面に衝突してしまった

 体に響く自分だけにしか聞こえていないであろう衝突音と共に、これ以上が無いほどの激痛がオレゴンの体を、頭の先から足の先まで駆け抜けていく。死んでいないのが不思議なほどだった。

 全身が動かない。動かす気にもなれない。辛うじて動く指で雪を握りしめるのが限界だった。

 茫然自失するオレゴンが雪に埋もれる視界で小屋を見つめていると、唐突にその扉が開かれる。

 そして小屋の中から現れたのはハルシオンだった。


「ハ……ルシオ……ン。た、助けてくれ……。痛い」


 今、降り始めた雪を水色の髪に被り、そのハルシオンはオレゴンを見下ろしていた。そして白い息を吐いてハルシオンが言った。


「リーダー。なんで生きているんですかー……? 痛いですよねー? 苦しいですよねー? もう駄目ですよー……。間に合いません。だからせめて私がリーダーを楽にしてあげます」


 ゆっくりと歩み始めるハルシオン。

 オレゴンは目を見開いて言った。


「な、なにをぉ……。ハルシオン? 何を言っている?」


 ハルシオンの明るい色の瞳を見つめるが、その瞳からは冗談のようなものは感じなかった。代わりと言ってはなんだが、覚悟はのようなものは存分に感じる。


「やめろ……やめろぉ……。やめてくれ頼む……」


 動かない体を無理に動かし、地面を這いつくばってハルシオンから距離を取ろうと試みる。

 しかしその瞬間、駆け出したハルシオンはどこからともなく釘を取り出すとそれをオレゴンの背に突き刺そうとした。


「近代魔法『イマジナリーソード』」


 それをオレゴンは咄嗟に仰向けになり、魔法名を唱えると手に握られた剣で防ぐ。


「リーダー。なぜですかー? なぜ抵抗するのですかー……? リーダーの最後、せめて私の手で終わらせて下さいよー」


 悲しげな表情を浮かべるハルシオンに、オレゴンは言葉を失う。

 ハルシオンはオレゴンを見つめたまま続けた。


「最後……では無い。終わらない。死にはしない。そんな事を考えてますねー。でももう駄目なんですよ。だってリーダー……魔力が流れていないのですよー。それはつまりリーダーの死を意味する」


 ハルシオンが涙を流してそう言い終えると同時に、オレゴンの手に握られる剣が砕け散った。それにより防いでいた釘がオレゴンの心臓に突き刺さる。

 オレゴンは声を上げる事も出来なかった。ただただハルシオンの顔を見つめるのが限界だった。


「リーダー。ごめんなさい。今までありがとうございました」


 オレゴンの顔に両手を添えてそう言ったハルシオンの顔は、にやりと笑っていた。トクンと失ったはずの心臓の鼓動と共にオレゴンの中の時間が止まる。

 自分の胸元から溢れ出る血を浴びて、ハルシオンは確かに笑っていた。それはなぜか、必死に思考を張り巡らせるオレゴンは一つの可能性を信じるしかなかった。

 見えなくなっていく視界。そしてなによりも熱い。雪に埋もれた体は確かに冷たいのに、オレゴンの胸は熱かった。それは心臓を突き刺された事によるものなのか、最後に見せたハルシオンの笑みによるものなのか、オレゴンには判断出来なかった。

 

「夢……だよな?」


 最後に見せた相棒の顔は、オレゴンに迷いを生んだまま、そして懇願する。


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