七桁級と一桁級
「ほぉ、学園外とはやはり質素なところだな」
先程の駅とは違い、辺りを見渡せば山が見え、森が見え、大自然に溢れていた。
「えー、これを質素と捉えますかー? 私からすれば学園の方がよっぽど質素ですよ~」
少年が手紙を持ち出し、同封されていた地図を広げた。少女がそれを覗き込む。
大雑把な地図に、大雑把な赤丸が大きく付けられていた。
「どうやらこの印内に『堕落者』のアジトがあるようだ。もう一度確認するが俺たちに与えられた依頼は、そのアジトの場所をより明白にする事だ。アジトを発見次第、手紙に同封されていた発信機のスイッチを入れ、その場所に置いてくる。それだけだ」
「はーい!」
珍しく少女がやる気のあるように返事する。
そして二人は駅を後にし、自然の中へ潜って行った。
「しかしアジトと言っても、なんでこんな深い森の中にわざわざ作るのですかねー? お日様の光さえも届かないような場所なのにー」
二人ともしばらく探索しっぱなしだっのか、さすがに少女が疲れ気味に言った。
少年も同じく、少し息を乱しながら答える。
「それはだな。悪さをするある程度の大きさの組織となれば、やはり上が動く。奴らはその上の監視から逃れたいのさ」
「なるほどねー。だからこんな場所に……って今、前方に人影がありませんでしたか?」
少女は声を潜めながら言った。
二人は前方を注意深く凝視する。すると、明らかに人影が木々の間を一瞬通り抜けたのが見えた。二人は息を殺しながら、人影を見た場所へ素早く移動していく。
「見つけたぞ……『堕落者』だ」
少年が木に身を潜めがら視線を向けたその先には、ガラの悪い2人の男が笑い話をしながら歩いていた。
二人は見つからない様に、少し距離を取りながら尾行する。日も暮れはじめる頃合いで、二人は焦る気持ちを押さえながら慎重について行く。
そうしてしばらく尾行していると、コンクリートでできた小さな建物へとたどり着いた。
「こんな場所に、あんな建物どうやって作ったんだろ~。……大きさ的に十数人は収容可能ですね」
「どちらにせよ、俺たちの依頼は完了だ。あとは発信機を置くだけだ」
少年がそう言って足元に発信機を置いた。と、同時に2人の背後から見知らぬ男が向かってくる。逃げようにも、無暗に動けばその男に気付かれるであろう絶妙な距離だった。しかし立ち止っていてもいずれは発見されてしまう。
少年は少女の手を掴むと、思い切って前方へ逃げた。少女の引きつった顔が少年に向けられる。少年は険しい表情を浮かべながらも黙って頷くと、そのままその建物内部へ侵入した。
左手には小窓と少し間の空いている空間に無造作にロッカーが置かれている。右手には使用されていない散らかった靴箱。前方には泥だらけのコンクリートの廊下が広がっていた。幸いな事に、内部は薄暗く、先程の二人組は既に奥まで行ってるようで気配も感じない。2人は左手のロッカーの影で息を潜めながら神経を張り巡らせていると新たな発見をした。
どうやら背後から迫っていた男が見張り番らしく、入り口付近を退屈なのかうろうろしているようだった。
「やばいですよ……。どうするんですかー……?」
少女が小声で言う。少年は冷や汗を流しながら答えた。
「最悪、あの見張りを倒して通り抜ける。しかしもし、倒す前に仲間を呼ばれてしまっては危険だ。この辺りは奴らの領域だろう。地の利を考えたら逃げ切れないかも知れない」
「だったらどうしたらいいんですかー?」
「だから確実に倒さなくてはならない。故に、奴が入り口に近付くまで限界まで様子を見るぞ」
少女が黙って頷く。2人は小窓の下で外の様子をうかがう事にした。
それからしばらく2人はずっと外を眺めていた。日が暮れてきたのを感じる。それが二人にさらなる焦りと緊張を与えていた。
そしてそこからさらに数十分は待ったであろう。見張り番が近くに来る前に最悪の事態が起こった。建物内部から気配を感じる。誰かがこっちに来ているようだ。
少年と少女は小窓の近くにあったぼこぼこになったロッカーの背後に隠れる。日も暮れてきて周囲もかなり見えにくい、その事が今度は逆に二人は安心させた。
しかしあろう事かその誰かは入り口の近くで立ち止った。
「あ? なんか気配を感じるな」
なぜか聞き覚えのある声がそう言った。二人に痛いほどの緊張が走る。
そして男は無造作に二人の隠れていたロッカーを蹴り飛ばした。
「やっぱりなぁ。誰か居ると思ったんだよ」
2人は男と顔を合わせる。龍のタトゥーが顔に入った男だった。
「お前ら……まさかこんな所で鉢合わせるとはな。傑作だぜ」
タトゥーの男が笑いながら言った。そしてロッカーの蹴られた大きな音を聞いた男たちがぞろぞろと廊下の先から現れる。
「さぁて、さっき俺に楯突いた落とし前つけて貰おうか」
タトゥーの男が少年の腹部を蹴り上げる。少年はそれをなんとか両手全体で受け止めると、別の男が少年の顔を蹴り飛ばした。その勢いでロッカーに衝突する少年。
それを目の当たりにした少女は、少年に追い打ちをかけようとする別の取り巻きに、手のひらを向け魔法を詠唱した。
「火魔法『ファイアー』!!」
少女の手の平から直径10cm程の大きさの炎が放出され、薄暗い空間を明るく照らす。
取り巻きはそれを間一髪で回避すると、その後ろにいた別の男を吹き飛ばした。
「てめぇ……!」
狙われた取り巻きが拳を上げて少女へ向かって行く。しかしその少女の背後から少年が魔法を詠唱した。
「保安魔法『ファイアウォール』!」
少女の目の前に炎の壁が地から現れた。取り巻きは殴りかかろうと腕を伸ばしていた為、その壁に腕を突っ込んでしまう。取り巻きはあまりの熱さに手を引っ込めたがその炎は既に衣服を燃え上がらせ、火だるまになりかけて辺りを走り回る。
「水魔法『ウォーター』」
しかし突如表れた水が取り巻きの炎を消し去る。そしてその魔法を詠唱したのは、なんとタトゥーの男だった。
少年と少女は驚いた表情でその様子を眺めていた。
「『堕落者』だって簡単な魔法くらい使えるさ」
男は両手の平を空へ向け、肩をすくめて言った。そして今度は低めの声で続ける。
「お前らの使ってる魔法とその手慣れさを見ると、順位七桁級と言った所か? どうせおれらのアジトを探す仕事でもしていたんだろう?」
男はそのまま静かに少女に殴りかかる。あまりにも唐突にきたその攻撃に少女はなすすべなく吹き飛ばされた。
「旋転魔法『スパイラルショット』!」
少年は魔法を詠唱すると、近くにあったロッカーを激しく回転させながら男へ放出する。
「近代魔法『イマジナリーソード』」
しかし男も負けじと詠唱すると、その手に剣を出現させ、ロッカーを弾き飛ばした。
「馬鹿な……これほどまでの実力とは……!」
少年は焦った様に言う。しかし誰も憐れむ事無く、別の男が少年の頭目掛けて金属の棒を振り下ろした。
不意を突いたその攻撃。少年は振り下ろされてくる棒へ視線を向けるのが限界だった。
そしていとも簡単に生き物の体を破壊した嫌な音が周囲に響き渡った。
タトゥーの男が、陽気に口笛を吹く。
しかしどう言う訳か、少年には意識がはっきりとしていた。男の口笛もしっかりと聞こえた。そしてなぜか痛みも感じない。少年は恐る恐る瞼を開けた。
するとそこには少女が立っていた。金属の棒を片腕で受け止める少女が、歯を食いしばり、少年の前に立っている。しかし腕からは血が流れ、誰にも折れたと感じさせた。
「お前……!」
少年が声にならない声で言った。
対して少女は目前の男に足払いを行い、バランスを崩した男の腹部に無事な方の拳を力強く突き立て、魔法を詠唱した。
「旋転魔法『スパイラルショット』」
男は激しく回転しながら吹き飛ばされ、周囲の男を巻き込んでいく。男たちの女々しい悲鳴が響く。
しかしタトゥーの男だけは動揺する事無く、しかもその隙をつくように少女に剣で切りかかった。
またもや少女はどうする事も出来ないまま不意の追い打ちを肩に食らってしまう。折られたであろう腕のほうの肩からさらに大量の血を流す少女。
「いい気になんなよ、このクソアマァ!」
男がさらに追い打ちをかけようと、剣を振り上げる。
「上位旋転風魔法『ウィンドミル』」
しかし割って入るように少年が懐から杖を持ち出し、そのまま天に掲げ、静かに魔法を詠唱した。
それにより、この狭い空間に強烈な風が巻き起こった。まっさきに男の剣を吹き飛ばし、ロッカーや散らかった靴箱を根こそぎ吹き飛ばす。あろう事か、その威力で小窓は破れ、建物自体をがたがた揺らした。男たちも逃げ出そうと試みるもの、その威力に負け、宙に浮かされる。
その風は少年を中心に渦を描くように舞い上がっており、中心である少年と少女は無傷だった。
「すごい……」
少女は腕を押さえながら、思わず呟いた。
だがどう言う訳か、タトゥーの男だけは吹き飛ばされず地に踏みとどまっていた。そして不敵な笑みを浮かべる。
少女は思わず背筋を凍らせた。
「空調魔法『アジャスト』」
タトゥーの男が重ねて魔法を詠唱した。男から撫でる程度の弱い衝撃波が発生し、宙に浮いている物や人にその衝撃波に当たったかと思えば、次々に地に落ちて行く。
「馬鹿な……上位魔法だぞ……」
少年は疲れ切った声で言った。
それに対して男は意気揚々と答える。
「いやー。こんな魔法がまさかこんな場面で役に立つとは思わなかったぜ。異常発生した嵐から身や家を守る魔法らしいが、どうやらお前の魔法には有効だったようだ」
少年が地面に膝を付き、激しく咳き込む。
そんな様子の少年とは打って変わって、吹き飛ばされていた男たちが各々立ち上がっていく。
「七桁級なんか送り込んでくるからこうなるんだよ。恨むんならお前らの学園を恨むんだな」
「もう……駄目……?」
あまりにも絶望過ぎる状況に思わず少女が後退りをしていると、向かいのコンクリートの厚い壁が激しく破壊され、近くにいた男たちを下敷きにした。
「なんだ!?」
タトゥーの男が叫び、そちらへ視線を向ける。
するとコンクリートの粉塵が舞っている中で、徐々にはっきりしていくシルエットと共に、男性の落ち着いた声が聞こえた。
「なに、簡単な事だ。私が壁を破壊した」
「あぁ? 誰だぁ?」
そうして粉塵の中からフードを被ったコート姿の一人の人物が姿を現した。
「貴様ら如き、名乗るほどでもない。そうだな、七桁級では不満があったようなので一桁級の派遣ですよ。とでも言っておこうか」
「一桁級だとぉ?」
一人の男が飛び掛かる。それをコートの人物は横へ蹴り飛ばすと、その勢いで周囲の男や物を巻き込み、壁に叩き付けた。それだけで空気を揺らすほどの衝撃が発生し、コートを揺らす。
タトゥーの男はこのコートの人物が只者で無いと判断すると、少女の首に腕を回し人質にとろうとすると同時に、コートの人物は既に男の目前で魔法を詠唱していた。
「forced『断行』」
それによりタトゥーの男は吹き飛ばされ、コンクリートの壁をも簡単に突き破っていった。それを見た男たちは、腰を抜かしながら逃走していく。
少年と少女はその様子を呆気にとられながら眺めていた。
「お前……大丈夫なのか? その腕、痛むだろう」
そんな中、少女の事を心配したのはコートの人物だった。
「え? あ、はい。まぁ痛いですよ」
コートの人物はフードを脱ぎ、鋭い目つきの素顔を見せると同時に腰辺りまである奇抜な色の長髪をコートから払い出した。
「そうか。あまり無理はするな。私がすぐに病院へ魔法で連れて行ってやろう。……その、なんだ。お前、名は何という?」
「え、ハルシオン……です」
「そうか。……良い名だ。覚えておこう。では行こうか」
「待って! あ、待ってください! 残った残党はどうするのですか? あと連れて行くなら、リーダーの事もお願いできないですか?」
ハルシオンと名乗った少女は、すぐにでも連れて行こうと手を引っ張るコートの人物にお願いする。
するとコートの人物は淡々と答えた。
「残党など、残党狩りを行うグループがどうとでもしくれる。それにしてもリーダーと言うのは、そこで苦しそうに息をしている男の事か?」
コートの人物は少年に視線を向けて言った。
すると少年は立ち上がる。
「一桁級か……」
「そうだ……それがどうかしたか?」
ハルシオンは困った表情で動揺する。
それに対してオレゴンは冷たく言った。
「いや、別に。それと俺たちの心配は無用だ。お前は自分の仕事をこなしてくれ。病院なら自分で行く」
「生意気な小僧だ。まぁ、勝手にするが良い。だがハルシオンとやらよ。何か困った事があれば、私を尋ねてくるが良い。その男よりは頼りになってやる」
コートの人物は、自慢の長髪を払うとこの場から歩いて去って行く。
「リーダー、良かったのですか?」
「構わん。帰ろうか」