堕落者。そして腐れ縁
「ハルシオン。俺たちの仕事は戦争とは無関係な貴族の救出だ」
再び戦地に戻り、無人となった建物の中で身を潜ませるオレゴンは言った。
その横でハルシオンはぺたんと座り込んで質問をする。
「なんで学園側の私達が、学園外で自由な生活を送る貴族たちを守らないといけないのですかー?」
「単純に金を得られるからだ。俺達も学園もな」
「大人の事情ってやつですかー。私はそう言うの嫌いですねー。だって貴族の人達ってお金と地位のある堕落者みたいなもんじゃないですかー」
「……まぁお前の言ってる事も分からないでもないが、仕事だと思って割り切ってくれ」
割れた窓ガラスから外を覗き込むオレゴン。
既に日が上がり始めている頃合いだった。
オレゴンは立ち上がると拳銃を手に取って言う。
「それにしても腐れ縁とは怖いものだ」
ハルシオンも釣られて立ち上がると釘を握りしめて返事をする。
「……そうですねー。まさかこの戦争の首謀者がまたしてもあのハーシャッドとはねー」
「恨みを持っているのは分かるが今回の俺たちの仕事はどちらかに肩入れしたものではない。あくまでも中立の立場で救出に当たるぞ」
オレゴンが窓から飛び出る。ハルシオンは後に続くと釘を宙に投げた。
そして、
「ハーシャッド式科学魔法展開」
科学魔法を展開させ、オレゴンの背後を追い駆ける。
「ひどいな。早朝からほんと嫌な気分になる」
辺りはこの戦争によって崩壊した後の街だった。それもかなり発展している大きな都会の街だった。
人の死体も至る所に転がっており、建物も半壊した物から全壊した物まで広範囲に渡っている。
二人が向かっている先ではまだ戦火が上がっており、2人がそれを見上げながら走っていると、今まさに高い摩天楼が倒れて行く場面だった。
「そんなに遠くない! 戦闘の覚悟をしておけ!」
摩天楼が倒れた衝撃が爆音と共に強烈な風となって二人に襲い来る中、顔を腕で庇うオレゴンが叫んだ。
「リーダー。無茶しないでくださいよー」
釘を周囲に数本浮かせて走るハルシオンは、風により飛んでくる瓦礫やゴミをその釘で弾きながら返事をする。
そして半壊した建物から一人の堕落者が飛び出した。
その堕落者は手に持つ刃物を前方で走るオレゴンに突き刺そうとするが先にオレゴンが発砲し、そのまま転がって地面に横たわる。
「くそっ! 堕落者の始末が全然追いついていないではないか!」
「まーまー。もはや私たちの敵じゃないですよー。私達も強くなったんですからー。だから重要な貴族の救出と言う大きな仕事を任せて貰えたんじゃないですかー」
大きく頷くオレゴンは大きな屋敷を見つけるとそちらへ向かって進んで行く。
そしてその屋敷の目前でオレゴンが言った。
「この屋敷! 以前俺達に仕事を依頼してくれた貴族の家だ! 住人が無事か確認するぞ!」
「ですねー!」
屋敷の前まで一直線に進み、慌てて扉を開けるオレゴン。するとその屋敷の二階の窓から何者かが飛び出した。
「リーダー! 危ない!!」
その人物は空中で何かをオレゴンに向けて投射する。
それをハルシオンは釘を打ち出して弾き返すと、オレゴンの肩を引いて背後に距離を取った。
そしてさっきまでオレゴンが立っていた場所にその人物が着地すると、オレゴンとハルシオンを睨みつけて笑う。
オレゴンはその人物が投げてきた物を確認しながら言った。
「す、すまない。助かった。ハルシオン。それにしてもあれはなんだ……? 巨大な歯車か?」
怪訝そうにするオレゴンを他所に、その人物は言った。
「また会ったなぁ……。まさか復讐のチャンスがこんなにすぐ訪れるとは思って無かったぜ」
ハルシオンは首を慣らすその人物を見て驚いた様子で言った。
「あの時の堕落者さんですねー……!」
顔に龍のタトゥーが掘られた男だった。
男はそのまま後ろを向いてジーンズ生地のズボンの裾を捲り上げると、脹脛の裏を露出させ、そこに刻まれる傷をハルシオンに見せて言う。
「この傷。忘れたとは言わせねぇ」
「……もちろん覚えてますよー。やり過ぎと思ってましたが、今のあなたを見るとそうでも無かったみたいですねー……!」
そう言い終えると駆け出すハルシオン。
そして続ける。
「まだしなくちゃいけない事があるんです。こんな所で時間を取らせる訳にはいきませんよー」
そして飛び上がり、周囲の釘を一つ掴んで男に突き刺そうとする。が、男はそれを手に持つ歯車で弾くと、ハルシオンの顔目掛けて拳を振り払った。
油断していたハルシオンはそのまま地面に叩き付けられると、追い打ちが来る前に素早く立ち上がり距離を取る。
男は鼻血を手で押さえるハルシオンを嘲笑うように言った。
「ざまぁねぇな」
男を睨み返すハルシオンにオレゴンが駆け寄る。
「ハルシオン! 大丈夫か!」
黙って数回頷くハルシオン。
オレゴンは拳銃を男に向け弾を切らすまで発砲するが、男は歯車をさらに巨大化させ目前で激しく回転させる事によって銃弾を弾き飛ばした。
そして男は不敵な笑みを浮かべると、
「そんな武器は捨ててよぉ。殴りあおうじゃねぇかぁ!」
歯車を捨てて駆け出す。
オレゴンはハルシオンを背後に押してさらに距離を開けさせると、向かってくる男に靴底で蹴りを入れた。
男はそれを腕で受け止めると笑みを浮かべ、そのまま怯む事無く押し返す。
そしてバランスを崩したオレゴンの軸足の膝に蹴りを入れ、そのまま地面に膝をつくオレゴンの顎目掛けて、今度は自身の膝を勢い良く上げた。
対してオレゴンは咄嗟に顎と男の膝に手を挟むことにより気を失うほどのダメージは免れたが、そのまま宙を浮いて地面に倒れ込んでしまう。
「目がチカチカするかぁ? おい」
なんとか上半身を起こすオレゴンに追撃へと足を振り払うが、ハルシオンがそれを蹴りで受け止めた。
「もう許しませんよー」
「へぇ、どう許さねぇってんだぁ?」
男がそう言うと同時に、ハルシオンは飛び上がっていた。
そして宙で回転しながら男の体を釘で激しく切り刻んでいく。
一歩、二歩と後退する男。ハルシオンは着地すると男と距離を開けながら腕を横に薙ぎ払った。
するとハルシオンの周囲を漂っていた釘が一斉に男へ向けて放出され、それに怯む男にハルシオンがまたも飛び掛かった。が、男がまるで合図を出すように片腕を上げると、同時に銃声が鳴り響いた。
その場に落ちる様に倒れこむハルシオン。
男はそれを嬉しそうに眺めると意気揚々として言った。
「ちゃんと急所を外してやがる。やるじゃねぇか」
「協力者……?」
ハルシオンが倒れながらも近くの屋敷の二階を睨む。
するとそこには窓から金髪の少女がハルシオンの足に銃口を向けていた。
「これで俺と同じだなぁ」
ハルシオンの頭部に片足を乗せようとする男に、オレゴンは言った。
「武器を捨てて殴りあおうだと……?」
「おいおい、先に釘みたいな武器を使ったのはこの女だろうが?」
「だったら俺も使わせて貰う」
「おーおー。勝手に使ってろ」
オレゴンは懐中時計を取り出すと、それを手から落とした。そしてそれは地面に当たる直前に銀色の液体を大量に放出させ、懐中時計を飲み込む。
それと同時にまた屋敷の二階から銃声が響き渡った。するとそれよりも先に銀色の液体は渦を巻くようにしてオレゴンを取り囲う。
銃弾はとぽとぽと音を立てて飲み込まれていった。
「なんだぁ? 銃弾から身を守ったのか? 気持ちが悪い野郎だなぁ」
「おにーさん! 変だよ! 逃げた方が良いと思う!」
屋敷の二階から少女が叫ぶ。
しかし男がそれに答える前に、既にオレゴンが男の目前に迫っていた。
男は慌ててオレゴンの顔へ拳を振り抜く。しかし踏み切れなかった中途半端な拳を、オレゴンは顔で受け止めそのまま衝撃を流すように回転すると、その勢いのまま裏拳で男の顔を殴り飛ばした。
思わず仰け反る男。そしてオレゴンは自分を取り囲う銀色の液体に手を突っ込むと、そこから懐中時計の付いた剣を取り出し、男へ向けて突き刺す。
しかし金属音の軽い音を立てて、その剣を止められてしまう。そしてそれを弾いたのは魔法により作られた剣を持って二階から飛び降りた少女だった。
オレゴンは少女を睨み、追撃を仕掛ける。
「くそがっ! 来るなと言っておいただろう!」
対して男は少女を庇うように前へ出て、少女の剣を奪い、オレゴンの剣を受け止めた。
しかしその瞬間、男の持つ剣はすぐに刃毀れを起こしバラバラに割れてしまう。
そしてそのままオレゴンの剣が男の腹に突き刺され、男は声を上げる事も出来ずその場に静かに倒れ込んだ。
「大丈夫ですか!?」
男がその場に倒れ込んだ事により、屋敷の中が見えたオレゴンは叫んだ。
なぜならそこには屋敷の奥へ駆け出す少女の先に、以前オレゴンに仕事を依頼した貴族が立っていたからだ。
オレゴンは剣を少女の足目掛けて投射する。
「秘氷『ペニテンテ』」
しかしオレゴンの剣を弾いたその魔法は、屋敷の中の貴族が唱えたものだった。
その貴族の手から氷柱が伸び、少女の顔を横を過ぎて、オレゴンの剣を弾いていた。
「どういう事ですか! 逃げないと!」
「すまないな、世話になったと言うのに。非常に心苦しいが私はこの戦争に無関係な貴族では無い。きちんと関与しているのだよ」
「だが、こいつらは堕落者です! あなたの身が危ない事には変わりない!」
「それ以前に、私の息子だ」
「……な……に?」
オレゴンの肩を氷柱が貫いた。時が異常に遅く感じる瞬間。
背後でハルシオンが叫んでいるのが聞こえる。
しかしそれ以外にも、オレゴンはしっかりと聞いた声があった。
『やっぱり弱いな君は。オレゴンの名が廃るのは見てられないよ。代われ』
意識が遠退く。俯いて笑う。
そして次の瞬間には貴族の目前に迫るオレゴンが、笑みを浮かべながら貴族の肩を剣で貫いた。
悲鳴を上げて倒れこむ貴族。返り血を浴びながらオレゴンはそのまま剣で傷口を抉り聞いた。
「戦争に関与していると言ったな……? お前はハーシャッドに味方する人間か?」
「ち、違う! 私たちはハーシャッドからこの地に住まう人間を守ろうとしているだけだ!」
「へぇ、だったらなぜ私に攻撃を仕掛けた?」
「言っただろう! どんな理由があろうが親が息子を助けるのは自然な事だ!」
「……確かに。私も同じだ」
そこでオレゴンはあっさり剣を抜き取るとハルシオンの元へ向かい、肩を貸して先程とは打って変わって優しい声で言った。
「こうして君と話すのは初めてだね。感謝しているよ。君のおかげでこうしてオレゴンとして生まれ変わる事が出来た」
「リーダー……?」
「けど私はもう少し時間が必要なんだよね。だからまた寝る」
ハルシオンを立たせて後、オレゴンは近くの釘を拾い上げるとそれを自分の心臓へ突き刺した。
「リーダー!?」
倒れこむオレゴン。すぐに釘は消え去った。
しかし不思議な事にオレゴンの胸から流血はしていなかった。
「どういう事……?」
ハルシオンはオレゴンに起きた事を理解しようと必死に状況を整理するが纏まった答えは得れず、頭の上に疑問符を浮かべる。
しかしそんなハルシオンに背後から忍び込む者が居た。
「どういう事もあるか! 死ね!」
男だった。男はハルシオンに歯車を突きつけようと腕を上げる。
しかしその間に割って入って、男を止める者が居た。
その者は男の歯車を杖一つで受け止めると、魔法名を口にする。
「上位光魔法『ラド』」
杖の先が淡く光る。男が握る歯車を木端微塵にすると、そのまま反応を起こす間も与えず、次に男を吹き飛ばした。
また、放たれた広範囲の光魔法は同時に屋敷の玄関をも盛大に破壊し、その奥では父親である貴族が少女を抱えて震えている。
そんな様子を茫然と眺めながら、
「ご無事でしょうか? 微睡様」
そう聞いたのはレムだった。
ハルシオンはオレゴンの横に寄り添いながら答える。
「私は大丈夫。でもリーダーが……。それにどうしてあなたがこんな所に居るのー?」
安心しきれないと言った表情を浮かべるハルシオンに、レムは笑みを浮かべて返す。
「私はあなたを守る為に存在します。けど私にはどうしても晴らさなければならない恨みがあるのです。それで少しお側に居れなかったのです。トリアゾラムの屋敷では無礼を働いて申し訳ありません。けどあの穴に落としたのはこの戦火からあなたを守る為だったのです」
「そんなの信用できない」
「……。近くに傷を手当てしてくれる知り合いが居ます。回復魔法を扱える数少ない方です。そちらへ避難しましょう」
警戒するハルシオンに手を差し伸べるレムに対して、目を覚ましたオレゴンが小さな声で言った。
「大丈夫だ。そいつの言っている事は間違っていない」
「リーダー!? 大丈夫なんですかー?! それにどうして、そう思うのですか? 酷い事した人ですよ」
「気を失っている時に夢を見ていた。そして夢の中で決まって俺に話しかけて来る奴が居る。そいつが今は付いて行けと言うんだ」
レムはお辞儀をして言った。
「えぇ。心配しなくとも、もう何もしませんよ」




