人間の隠れ家
「いててー。まさか床が抜けるなんて思いもしませんでしたよー。しかもこんなに高いなんてー。とっさに身体強化の魔法を使って正解でしたねー」
ハルシオンは痛む体で立ち上がると、砂埃まみれの服を叩いた。
「まったくだ。一体どういう仕組みだ……?」
オレゴンは見上げながら仄かに差し込む光を見て言った。
「生きている人いるかなー……」
ハルシオンは目が聞かないほどの暗さの中で周囲を見渡すようにして言う。
「他人の心配をしている余裕などないぞ……。どうやってここを出る……」
「また上がれば良いんじゃないですかー?」
二人が会話している中、遅れて女性が落ちて来た。
女性は地面にぶつかる直前で緩やかに速度を落として地面の上に立つが、肩の傷を押さえてすぐに座り込んでしまう。
「大丈夫ですかー?」
「えぇ、まぁ。それにしても本当にこんな場所があったなんてねー。驚きが隠せないわー」
「私も驚きましたよー」
「ハルシオン家にしかここへの入り口は開けないって言ってたわよー。あいつ」
「へー。それは初耳ですねー。とりあえず上がってみましょうかー」
「それは無理ね」
二人は同時に女性に視線を向け、オレゴンが問いかける。
「どういう事だ?」
「落ちてくるときに確認したわ。既に魔法防壁が張られている」
オレゴンが強く言い返す。
「今度は何を企んでいる? 悪いが俺はお前の事を信用している訳ではない。レムとやらとどういう関係かは分からんが、お前の存在はまだ俺たちにとって敵にもなり得る」
「えぇ、そうねー。じゃあどうするー? ここで先に私とやりあう? それとも上に上がってみるのかなー? ねぇ? 微睡ちゃん」
「とりあえずー……――」
ハルシオンはぱたりと寝転んで続けた。
「――適当に目を慣らしましょうかー」
「ふぁーまぁまぁ寝ましたよー。ちょっと長居し過ぎましたねー」
徐に立ち上がったハルシオンが辺りを探索する。土の地面にはスーツ姿の死体があちこちで転がっており、見ていてあまり心地よい物では無かった。それ以外に目についたものは土の壁に、過去に明かりを灯していたであろうランプの跡が点々と存在していた事だった。
そんな中、ハルシオンは何かを見つけたのかそちらへ駆け出して行く。
「これ……扉ですかねー?」
そう言ってハルシオンが指差したのは何の変哲も無い土壁だった。
各々に休憩していたオレゴンとトリアゾラムは詳細を確認する為、近くによって行く。
そしてオレゴンが腕を組みながら怪訝そうに聞いた。
「ただの土の壁じゃないか。何を見て扉と思ったんだ?」
「えー、リーダーちゃんと目見えてますか? ここの壁、明らかに色が違うじゃないですかー。なんて言うかこう、扉みたいに長方形の形に沿ってー」
トリアゾラムもまたその壁を触りながら言った。
「私にも分からないかなー」
「……なんでだろー」
ハルシオンはそう言いながら壁に触れた。
すると触れた壁が突如崩れだし、三人は慌てて距離を取る。そして舞う砂埃が落ち着き、三人が崩れた壁の先を確認すると、そこには新たな部屋が広がっていた。。
皆が絶句する中、トリアゾラムが言った。
「ハルシオン家にしか開けない……」
「不思議ですねー。何はともあれ奥を探索してみましょうかー」
そう言って奥に行くハルシオンはすぐに部屋の異様な魔力の流れを感じ取り、びっくりしたように周囲を見渡す。
続くオレゴンとトリアゾラムは相変わらず何も感じないのか、そのハルシオンを不審そうに眺める事しか出来なかった。
「お、おい。ハルシオン。大丈夫か?」
「リーダー……。ここ魔力のスイッチがたくさんあるんですよー……」
「魔力のスイッチ?」
「恐らくー……兵器とか罠のスイッチかなー?」
「俺にはさっぱり分からないな」
「たぶんこれ、私にもスイッチ押せますよー」
ハルシオンがそう言ってすぐに短い地震が起き、天井から砂埃や小石がパラパラと落ちて来る。
そしてオレゴンが焦った様に言った。
「お、お前まさか起動させたのか!?」
「えー。私なにもしてませんよー。でも今の感じ……地上で何かあったみたいですよー?」
「魔法防壁解除されてないかしらー」
トリアゾラムがそう言って落ちて来た場所に戻って行こうとする。
対してオレゴンが言った。
「あんたは安静にしておいた方が良い。肩やられているんだろう?」
オレゴンがトリアゾラムを追い越して行く。
トリアゾラムはしばらく黙り込むと、腕を組んで言った。
「ふ、ふん。敵って疑ってるくせにー」
「だがハルシオンの親族だ」
そう言ったオレゴンは落ちて来た穴を見上げて続けた。
「さっぱり分からないな」
ハルシオンもオレゴンの横に並び、見上げる。
「たぶん解除されてますねー」
「分かるのか?」
「あの部屋に入ってからこの場所の仕組みは感じれるようになりましたー。昇って行きましょうかー」
3人は各々に魔法を使う。
ハルシオンとオレゴンは壁を蹴り上がるようにして、トリアゾロムはそのまま浮きがって行く。
そうして地上で3人が見たものは、半壊したトリアゾラムの屋敷だった。原形を辛うじて残している程度の屋敷からは、荒れている外の様子が見える。
「どういう事……?」
トリアゾラムが言葉を失っていると、その傍らでオレゴンは自分の携帯電話を確認する。
「ナンバー5の組織から連絡が入っている。地下に居たせいで電波が途絶えていたのか……」
オレゴンはナンバー5へ折り返し電話を掛ける。
そしてすぐに繋がった。
『遅い応答ですね』
「すまない。地下に居たんだ」
『私の組織に属していたら即刻クビですよ。……けどまぁ良いでしょう。今回はあなたに折り入って頼みたい事があるのです』
「しかし今は……」
『なんですか? もしかして既にそこも戦地だったりするのですか?』
「戦地……? かどうかは分からないが地下から出て来た時には周りが荒れていた。何かあったのか……? いや、それ以前になぜその事を知っている? そしてどうして俺がここに居るのが分かった……?」
『まぁ、色々とあるのですよ。色々と。あなたの目にしているその光景は貴族同士の争いで起きたもの。良くある話ですよ、まったく迷惑極まりない。それにしても問題なのはこの騒ぎに乗じて堕落者が暴れているのですが、その中でレムと名乗る人物がとある卒業者を探していると言って暴れて散らかしているのですよ』
「レムだと?! なぜあいつがそんな事を」
『こちらが聞きたいくらいですよ。その卒業者と貴族にいったい何の関係があると言うのか。そして調べればそのレムと言う人物、そちらに居るハルシオン家の親族と聞きましたよ。何が言いたいか分かりますよねぇ、オレゴンさん?』
「いや、こいつは関係無いんだ」
ナンバー5は少し黙り込んで言った。
『……良いですか、よく聞くのですよ』
そしてそこで息を大きく吸い込むと、
『関係あるかないかはそちらでは無くこちらが判断するんですよ!!! うるさい貴族からの依頼ほどめんどくさいものは無いんだ!!! 良いから黙ってそのハルシオンとやらをこちらに連れて来い!!!』
声を荒げて言った。
言葉を失うオレゴンにナンバー5は今度は冷静に続ける。
『あなたなら分かりますよねぇ? 時と場合によってはそちらに居るハルシオンさん、私が始末する事になりますよ? 今出来る一番利口な行動はこちらで身の潔白を証明する事。そうですよねぇ?』
「あ……あぁ。分かった」
『人間、素直が一番ですよ。ではあなたの持つ端末に位置情報を送っておきます。あ、そうそうあなた達なら心配いらないと思いますが、くれぐれもその地での争いに巻き込まれない様に。それでは失礼しますよ』
そこでナンバー5との通信が途切れる。
困った表情をするオレゴンは二人に事情を説明してこの場を離れた。




