ハルシオン家の秘密
オレゴンが勢い良く起き上がった。それと同時に横でハルシオンが瞼を擦りながら起き上がる。
二人が意識を失っている間に、台の上に移動していた女性が二人の前で自分の顎を撫ぜながら言った。
「なるほどー。微睡ちゃんの魔力は変わらず抑えられたままだけど、薬を飲んでも人格は守られ破壊衝動が出なくなった訳かー」
「じゃあ、薬飲んでも大丈夫って事ですかー?」
女性はビシッとハルシオンの頭を手刀で叩くと話を続けた。
「魔力が人並み外れて回復するのはするけど、体に悪いのには変わりないわー。やめときなさい。けど薬の副作用無く、力を呼び覚ます方法はあるみたいよー」
「俺は……どうなんだ?」
「うるさいわねー。黙って聞いておきなさい。友達さんは基本的には何も変わらないよー。けど、あなたの血を微睡ちゃんに与える事によって薬のような副作用無く、破壊衝動と共に力を呼び覚ます事が出来るわよー」
「え……血をー?」
ハルシオンが怪訝そうに聞く。
「そうねー。けど今までとは違い、副作用が無いんだし良いんじゃない? じゃあ儀式は終わったから帰ってー。お客様がお帰りよー」
「ちょっと待ってー! 説明終わり!?」
スーツの集団が二人を地下室から連れ出そうとする。
「これでも十分すぎるくらい調べたわよー。あーめんどくさー。ナンバー2に脅されなかったらこんな事してないわよ」
女性はスーツの集団に揉まれる二人にシッシと手を払う。
そんな中、一人だけ女性の意に反して動かない者が居た。
「あなた……そんな所で何をしているのー?」
女性が近くの壁にもたれ掛るレムに声をかけると、レムは肩を揺らしながら笑って言った。
「いやー。微睡様の力を手に入れるチャンスを失った今、あなたに従う理由も無くなりましたのでね。ちょっと反乱を起こそうと思いまして」
レムは拳銃を女性へと向ける。
女性がその軌道から逃れようと転がり、その勢いで台から飛び降りようと試みたが、途中で肩を撃ち抜かれ、腹部を台の角にぶつけながら地に落ちた。
その銃声に伴い、スーツの集団が一斉に高台の方へ視線を向ける。
「どう言うつもりだ!?」
スーツの一人がレムに向かって叫ぶが、レムはすぐさまその人物の胸部へと発砲した。
「こう言うつもりですよ」
オレゴンは、
「まったく……次から次へと厄介事を」
そう呟くと素早く身を屈め、ハルシオンを背後に隠すとスーツの集団へと身を隠した。
身を隠すオレゴンとは対照的にレムは台の上に立つと、大きな声で言った。
「呪われた力を失った今、こんな場所にも私の血筋にも、もう何の未練も無い。お前ら、もう死ね」
レムは拳銃をさらにもう一丁取り出すと、スーツの集団に無差別に乱射する。
人が次々と倒れ行く中で、抵抗しようと同じくレムに向けて発砲する者も居るが、どう言う訳か銃弾はレムの目の前で時が止められたように静止してしまいそのまま足元に落ちて行く。
「そう言えば以前、アルデハイドが銃弾を止める魔法を使っていたな……。それを予めに発動させていたのか」
銃声が鳴り響く中、冷静に分析をするオレゴン。
次の瞬間、オレゴンはレムに撃たれた女性が立ち上がるのを確認する。
「私の家で……好き勝手してくれるんじゃないわよー……!!」
女性は台の下から、その上に立つレムの足首を掴むと、思い切り引っ張った。
その不意に受けた攻撃に思わずレムは尻餅を付くと、目の前の女性に再び銃口を向け、引き金を引く。
それを女性は屈んで台の死角に隠れる事で銃弾を回避する。
その隙にレムは立ち上がり、台の下を覗きながら言った。
「トリアゾラム家の当主がなんとも無様な姿でお逃げになる」
そこには肩から溢れ出る血を押さえ込む女性が黙ってレムを睨みつけていた。
それにレムは一瞬、驚きの表情を浮かべたが、舌打ちをしてはすぐに会話を続ける。
「姿形だけは微睡様に似やがって……。お前だって血は薄いくせに」
「あなたの目的がさっぱり分からない。何がしたいのよー?」
女性は逃げる事を止めて、冷静に聞いた。
その女性を助けようと生き残った数少ないスーツの集団が駆け寄ってくるが、レムは一言大きな声で、
「来るな!!」
と一喝し、皆が歩みを止めた事を確認すると話を続けた。
「私の目的は……。微睡様を、呪われた力から開放する事。そしてその力を私が使い、憎き奴に復讐を……!」
「一体、何の話をー……」
「その為にはあなたにここに居て貰っては困る。殺そうと思いましたが、気が変わった……。けど、光上位魔法『ラド』」
レムは徐に魔法を発動させると、生き残ったスーツの集団目掛けて魔法を放つ。
対抗する間もなくスーツの集団を吹き飛ばし、その場に立つのはオレゴンとハルシオンだけになった。
そしてレムは続ける。
「けど、それ以外は皆殺しにします」
「これ以上の好き勝手は許さない」
女性はそう言って立ち上がるが、フラフラと足元がおぼつかないようだった。
「ところでトリアゾラムさん。この部屋のさらに下はどうなっているか知っていますか?」
「……知るわけない。そんな事どうでもいいでしょ」
「地盤が緩いのは知ってますよね。実はこの下、空洞があるんですよ。遥か昔に魔人が居た時代、その空洞は人間の隠れ家だった。しかし今はその入り口は閉ざされている。それでですね、この場所がその入り口の一つだった場所なんですよ」
「なぜあなたがそんな事をー……?」
「あなたはのうのうとし過ぎた。もう少し我々の血筋の歴史の勉強をするべきでしたね。なのでそこで学んでくると良いですよ」
「偉そうに……。思い通りにさせるものかー」
女性は袖から杖を取り出し、それをレムへ向ける。
しかし、
「さようなら」
レムが冷たくそう言い放った瞬間、レムの立っている台座以外の床が爆音と主に一斉に抜け、ハルシオンとオレゴンを含む全ての人間に地に落ちて行く。
女性は咄嗟にレムの乗っている台座に向かって飛び、なんとか片手でしがみ付く事に成功した。
「これは一体……どうゆう事ー……」
女性は宙ぶらりになりながらも底へ視線を向ける。大量の砂埃が舞っていて良く見えなかった。
「驚きましたか? 地下への入り口はハルシオン家の者しか開けないのですよ」
レムが台座にしがみ付く女性の手を踏みにじりながら言った。
「お前は一体ー……?」
「どうぞ勝手に予想してください」
レムは手を蹴り飛ばし、女性を地へ落とした。
小さくなって行く相手から互いに決して視線を逸らす事無く、やがてその姿を見失った。




