運命の日
痛みが走る事は無く、途端に景色が変わった。
そしてもう一度聞きたかった声がする。
「先に言っちゃいますけど私はリーダーの事が好きと言う意味で大切ですよーだっ!」
顔を真っ赤にしたハルシオンがオレゴンを見つめる。
オレゴンは思わずハルシオンの華奢な体を抱きしめていた。
あまりにも突然の事に、驚くを通り越してキョトンとするハルシオン。
「えーとー……リーダー?」
「夢……か?」
「ゆ、夢じゃないですよー!」
「幻の類か……?」
「ちょっとー!? 失礼じゃないですかー!?」
「良かった……。大切な人を失いそうになる……お前は何度もあんな経験をしてきたんだな……」
「さっきから何言ってるんですかー?」
ハルシオンの背後の扉が静かに開かれる。
それと同時にオレゴンは無意識に飛び出し、扉を開けた人物の喉に剣先をあてがっていた。
「拳銃なんて持って何の用事だ?」
まさに驚愕と言った表情を浮かべるレムが手に持っている拳銃を背中に隠し、言った。
「ただの見回りですよ」
「引き金に指を掛けながら見回りとは、随分と警戒心が強いんだな」
「えぇ、微睡様にもしもの事があってはならないので」
オレゴンは煮えかえる怒りを抑えきれない様子で言った。
「拳銃を置いて行け。そして二度と近付くな」
剣先を少し喉に突き刺す。
「……分かりました。しかし仕事故、後者は約束できませんがね」
レムは大人しく拳銃をその場に落とすと、後退りをするようにこの場を去って行った。
拳銃を回収し扉を静かに閉め、そのまま扉に体重を預けながらその場に座り込むオレゴン。
「リーダー……? さっきから変ですよー?」
オレゴンの前に四つん這いになって覗き込むハルシオン。
オレゴンは不意に笑いだすと、ハルシオンの頭を撫ぜ、
「お前は俺が絶対に守る」
笑みを浮かべて言った。
対してハルシオンは元に戻った顔色をまたしても赤く染める。
「今度は唐突に何くさい事言ってるんですかー」
「いいな?」
「あ、ありがとう……」
「じゃあ半分肩代わりだな」
「それとこれとは話が別ですよー! 家系の誰かに継いで貰えばいいんですよー」
「……俺はあいつらが大人しくそうするとは思えない。お前を守る為にも無難な選択をしたいんだ」
ハルシオンは少し停止した後、大きく頭を縦に振った。
「君なら微睡ちゃんを説得出来ると思ったよー。じゃあこの台に二人とも寝ようかー」
地下室に女性の声が響き渡る。
周囲はレムを含むスーツの集団が取り込んでおり、皆、手に数珠を持っていた。
「まるで葬式じゃないか」
ハルシオンと共にオレゴンは胸元ほどの高さのある台に寝転びながら言う。
「さ、手を繋いでー」
少し照れ恥ずかしそうにするハルシオンの左手を、オレゴンが握りしめた。
そして女性がぶつぶつと魔法名を唱え始める。それに合わせるようにスーツの集団も魔法名を呟き、数珠を掲げた。
「そしてまるでお経だな……」
オレゴンがそう呟いた時には、辺りは静まり返り、既に周囲に誰も居なかった。
思わず起きあがってしまうオレゴン。
ここは生死を彷徨った際に訪れた時計塔の空間だった。
「またここか。まさか騙されて殺されたとか言うんじゃないよな……」
「違う違う。君はちゃんと生きているよ」
奥の暗闇に存在する祖父が座ってたソファから声をかける包帯の人物。
オレゴンがその人物の元へ近付くと、包帯の人物が話を続けた。
「彼女を救う為に呪いを半分肩代わりしてあげるんだっけ? その影響で一時的に気を失っているみたいだね」
「見ていたのか」
「見ていたよ。あ、もちろん私は彼女を歓迎するよ。ほら右手を見てくれよ」
包帯が少しほどけた先から右手が露出している。細くて綺麗な手だった。
包帯の人物は嬉しくてたまらないのか、右手を閉じては開いたりを繰り返している。
「素晴らしいだろう? こんなプレゼントをしてくれたんだよ。嫌がる訳もない。もちろん彼女にはしっかりと恩を返させて貰ったよ」
「恩? 返す?」
「彼女、一回死んだろ?」
オレゴンが硬直する。
「それ、私が君に未来を見せたんだー。本来なら死んでたけど、おかげで助かったでしょ? まぁちょっとオーバーな幻にし過ぎたけどね」
「お前は何者なんだ?」
「だから私は『オレゴン』だってー。それにしても次は左手を握ってくれたおかげで、ほら」
包帯の人物の左手に刺さっている釘が消えていく。
「最高だよー」
「さっきから何を言っている?」
「あ、お目覚めの時間」




