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ハルシオンの背負うもの

「ハルシオン!?」


 ベットの上で上半身を勢い良く起こすオレゴンは、周囲を見渡した。

 それと同時に全身に痛みが走り抜けていく。

 その自分の体へ視線を落とすと、まるで瀕死状態の時に出会った包帯の人物の様に、胴体に包帯が何重にも巻かれていた。

 

「駄目だ……こんな所で休んでいる暇などない」


 オレゴンは立ち上がると近くに置いてあった眼鏡を掛け、脱がされた穴だらけの上着を着衣し、誰も居ない廊下を走っていく。

 質素なデザイン。それ以外に表現しようの無い廊下を走りながらも、オレゴンに一つの疑問が浮かぶ。


「なぜ誰も居ないんだ……?」


 そのまま必要最低限の物しかない廊下を突き当りまで直進した所に地下へと続く階段があった。


「ここか……?」


 オレゴンが呟く。

 その瞬間、オレゴンの肩に背後から何者かが手を置いた。

 生暖かい感触に、慌てて背後を確認するオレゴン。


「お前……こんな所で何をしている……? だが今なら……」


 そう言ったのはレムだった。

 そしてすぐさま、レムが懐から杖を取り出す。


「上位光魔法『ラド』」


 杖が淡く光る。

 対してオレゴンは、無意識に懐中時計を取り出すと、


「守れ」


 冷静に言う。

 すると懐中時計から金属の物質が溢れ、それはレムとオレゴンを隔離するように一枚の薄い板へと姿を変えた。

 そして光魔法が直撃した箇所が窪む。

 レムは壁の中心に存在する懐中時計を凝視すると、


「こいつを破壊すれば良いんだな……?」


 そう言って腕を頭の後ろまで引いて、杖を懐中時計に突き刺そうとする。

 すると金属の物質は懐中時計の元へと還り、そのまま時計がオレゴンの手元へ引き寄せられると、勢いを余らせたレムが階段へと転げ落ちてしまった。

 対してオレゴンは、そんなレムを他所よそに手元の懐中時計を見ては、


「体が勝手に……」


 ぽつりと呟いた。

 そして急に我に返ったように首を振って、地下へと駆け下りていく。


「ハルシオン!」


 短くも長い階段を降りた先は薄暗い無機質な空間で、レムが落ちてきた事に慌てるスーツの集団と、奥に居る女性が台の上に横たわるハルシオンの指をナイフで切っていた。


「えー。何者?」


 気を失っているハルシオンの頭を撫ぜながら女性がめんどくさそうに聞いた。

 スーツの集団がオレゴンを囲む。


「ハルシオンを返して貰う」


 眼鏡を上げるオレゴン。


「あれー。もしかして微睡ちゃんの友達ー?」


 良く見れば容姿も声もハルシオンによく似るに女性に、少し戸惑いながらもオレゴンは返事をした。


「友達だ。お前の目的はなんなんだ」


「あ、そっかー。微睡ちゃんにも教えてないのに君が知ってるはずないよねー。大丈夫だよー。安心してくれていいよー」


 それだけ言うと、垂れるハルシオンの血を試験管に入れる作業に戻ろうとする女性。


「話が……成立してないぞ!」


 叫ぶオレゴンに飛び掛かるスーツの人物。

 オレゴンはその人物よりも先に懐に潜り込むと、腕と襟を掴み、背負い投げをする。

 それを機に、一斉にオレゴンに掴みかかっていくが、懐中時計から現れた金属のような物質が風船のように丸く大きくそれも勢い良く膨らみ、スーツの集団をいとも簡単に吹き飛ばした。

 そして次にオレゴンは懐中時計の鎖を手首に回すと、剣の様に姿を変え、言った。


「次は手を抜かない。近付く者は突き刺すぞ」


 起き上がったスーツの集団が躊躇いながらも女性へ視線を向けて指示を仰ぐ。

 女性は試験管に薬品を入れて、くるくると小さく混ぜながら言った。


「彼の言ってる事はたぶんほんとの事よー。死にたくなければ近付かない事ねー」


 そして女性は視線を改めてオレゴンへ向ける。


「そう言えば友達ってどれくらいの関係? 恋人未満くらいはいってたりするのかなー?」


「馬鹿な事を聞くな」


「まぁ、真面目に聞いてるんだけどねー。この子の背負っている物を半分肩代わりしてあげたりする勇気ってあるかなーって思って」


「背負っている物……?」 


「ナンバー2から直々に警告が来たのー。この子が無理をしてるからどうにかしろってー。わざわざ私たちの事を丁寧に調べ上げちゃったらしくてね」


 女性は身長ほどある台から飛び降り、オレゴンに近付くと手に持ってる試験管を目前でひらひらと揺らす。


「はー薬ねー……。あのねー、この子は本来、無理に魔力を活性化させてはいけないの。それでなぜ、薬を多用したのか聞くとねー。あなたの為って答えが返ってきたんだよー」


「ハルシオンは……何を背負っているんだ」


「呪いみたいな感じかなー? 魔人の時代から私たちの家系は、私たちを兵器として扱えるような魔法陣が体に刻まれている。それは本人の人格を壊し、戦闘狂に成り下がる魔法陣。それで戦いに明け暮れて本人が死んだら私たちの家系の誰かが新たに戦闘狂になるようなシステムになってるのー。それでね、今は微睡ちゃんの番ってわけー。だけど私達も馬鹿じゃないから、結界とも言えるような封印とも言えるようなものを開発したの」


「結界? 封印?」


 オレゴンが眉の間にしわを寄せて聞いた。

 女性はそのまま淡々として続ける。


「戦闘狂の象徴である破壊の衝動を抑える混成魔法。詳しくは伏せるけど、それのおかげで微睡ちゃんは今の生活を続けれているのー。ただ代償は激しい魔力の消耗。と言うよりは魔力を押さえなければ破壊衝動が現れる。故にこの子は魔力が回復しにくいのよー。なのに無理に魔力を増やすからねー」


「それで……お前たちはこれ以上ハルシオンに何をしようと言うんだ」


 ハルシオンが背負わさせるものに、オレゴンは驚きが隠せなかった。

 女性は変わらぬ調子で話を続ける。


「私達から何かしたい訳じゃないないんだよー。ナンバー2がねー。最新の研究内容まで知っちゃってねー。と言うのも、近い血縁者に限られるが本人は死なずともその呪いを渡す事が出来る様になったの。そしてここ最近の研究でとうとう私たちの家系で無い者には呪いを半分だけ肩代わりして貰える様になったのよ」


「呪いを……肩代わり……? するとどうなるんだ……? 俺も魔力が回復しにくい体質になるのか?」


「さぁ? まだした事ないから分からないよー。けど薬の多用のせいで、この子の人格を守るのもそろそろ限界なのは事実。故に誰かに引き継がせなければならないのは確実で、それで君に聞いてみたのよねー」


 そう言って女性が再びハルシオンの元へ戻って行くと、周りを囲うスーツの集団の中からレムがひとつ前へ飛び出した。


「その呪い、私が引き継ぎますよ」


「あなたじゃ駄目よー。血縁が薄いものー。たぶん中途半端な血縁者であるあなたに引き継がせれば微睡ちゃんを殺す事になる。近しい者か完全に家系で無い者しかだめー」


 レムに背を向けながら答える女性。

 オレゴンは落胆とするレムの横を通り過ぎて前へ進みながら言った  


「だったら俺が半分、肩代わりしてやる」


 女性は少し楽しそうに振り返る。


「いいねー。君ならそう言うと思ったよー。けどその資格が君にあるとは限らない」


 女性は目を覚ましゆっくりと台の上で起き上がるハルシオンの頭を撫ぜながら続ける。


「なぜなら呪いの引き継ぎは本人の意思が無くては出来ないから。まずはこの子に認めて貰う事ねー」

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