乱暴なお迎え
とある小さなマンションの二階の一室。そこがオレゴンの部屋だった。
「リーダー……。そう言えばハーシャッドに胸部を貫かれていましたよねー? どうやって生き返ったんですかー?」
ソファーに仰向けに寝転がるハルシオンは、ソファーからだらしなくはみ出た足をぶらぶらさせながら聞いた。
オレゴンはしばらく沈黙した後、コーヒーの入ったマグカップを机へ静かに置いて答える。
「祖父に会っていた」
「どーゆうことですかー?」
「俺にも良く分からん。恐らくだが、精神だけの世界で会っていたのだと思う」
「それでついでに生き返らせてもらった訳ですかー。なんでもありですねー、おじいちゃん」
「そうだな。祖父も変わっている方だが、それはお前も人の事は言えないだろう。姉がナンバー2の上司だなんて聞いてないぞ」
「私も聞いてないですよー。ただの他人の空似だと思いますけどねー」
二人が雑談をしていると、家のチャイムが不意になった。
ハルシオンとオレゴンは一度顔を見合わせてから、オレゴンが立ち上がる。
「そう言えばもう夕方じゃないか。お前はそろそろ帰れよ。ったく、こんな時間に依頼かー?」
オレゴンが少しめんどくさそうに玄関へ向かうと、そのオレゴンの背中に向けてハルシオンが答えた。
「そう言えばリーダーの家にちゃんと泊めて貰った事ってありませんよねー? そろそろ良い頃合いじゃないですかー」
「なにっ?」
オレゴンが視線を背後へ向ける。
するとそこには起き上がったハルシオンがオレゴンの背に向けて無言で微笑んでいた。
「くそっ……なんだあの笑みは……!? からかわれているのか!?」
オレゴンは前へ向き直し、ぶつぶつと小言を零しながら玄関を開けた。
するとそこにはスーツに身を包む身長がやや小さめの青年が、辛そうなほどに濃いクマの目でオレゴンを見上げていた。
「微睡様のお迎えに参りました。使いの者です。あなた様はご友人になられるオレゴン様ですね。中に居られる微睡様にお伝えください。迎えの者が参ったと」
オレゴンは戸惑いながらも応答する。
「すみませんが、何者ですか?」
「これは失礼しました。私ハルシオン家に仕えていましたが、代わりましてトリアゾラム家にお仕えするレムと申します」
青年が自己紹介をしたところで、オレゴンの背後からハルシオンが現れた。
「リーダー。ご依頼ですかー?」
「いや、違うんだがこの人がお前を迎えに来たって言ってるんだ」
オレゴンの背後から顔を覗かせるハルシオン。
そして当の本人はただ頭の上に疑問符を並べるばかりだった。
「あのー。人違いでは無いですかー?」
対してレムと名乗った青年は――
「いやいや、微睡様。間違いなどございませんよ。私はあなたのお迎えに参ったのです。ですがその途中、微睡様に失礼な態度を取る者、もしくは微睡様のお迎えを阻害する者がいた場合、それらの排除も命令でして。少し手荒でございますが、ご勘弁を」
――すらすらと用意していたかのような台詞を口にしては、懐から取り出した小さな杖をオレゴンへ向けた。
「上位光魔法『ラド』」
そして魔法名が呟かれると同時に杖の先が眩く輝き、オレゴンを部屋の隅まで吹き飛ばした。
「リーダー!」
「では行きましょうか。微睡様」
「行く訳ないじゃないですかー。火魔法『ファイアー』」
ハルシオンの手の平から近距離のレムへ向けて火球が放出される。
しかしその火球をレムは杖で簡単に弾き飛ばすと、行先を失った火球はマンションの中庭の木々に着火し、瞬く間に赤く揺らる炎を広げていった。
「私目は存じております。微睡様が過剰に薬を摂取してしまい、体を良くしておられない事も。当然、今はその薬を断っておられていらっしゃる事も。そして噂に聞く力も、今は無き事も」
「だからどうしたと言うのですかー? それでリーダーを傷付けられたまま、黙って攫われるわけにはいきませんよー。強化魔法『ドーピング』」
ハルシオンはレムの胸倉を掴み、押さえつけようとする。
しかしレムは魔法詠唱をする事も無くハルシオンの手首を掴むと、そのまま上に持ちあげてしまう。
「魔法も無しにー……」
「大丈夫です。ご安心ください。ご親族様がお待ちですよ」
その言葉にハルシオンは目を丸くしていると、背後から銀色の棒状のような物がすぐ横を通り過ぎ、そのままレムを二階から中庭へ突き落した。
「リーダー!?」
ハルシオンは慌てて背後を確認する。
すると銀色の物質は、オレゴンの懐中時計から出現していた。
「なぜかこいつの使い方が分かるんだ」
オレゴンはそう言うと懐中時計に付いている鎖に手を通す。すると懐中時計からまたしても銀色の物質が出現し、それはたちまちに鋭利な剣へと姿を変えた。
オレゴンは鍔に懐中時計を埋め込まれた剣を一振りすると、玄関へ駆け出し中庭は一望する。
するとそこには葉を炎で失っていく木に、体を預けるレムがオレゴンへ向けて杖を向けていた。
「次は手、抜きませんよ。上位光魔法『ラド』」
またしても杖が輝き、今度はオレゴンの立っている共用の廊下を吹き飛ばした。
オレゴンはそのまま地に落ちて行くがその途中で懐中時計がまたしても姿を変え、真ん丸になった銀色の物質がオレゴンを優しく受け止める。
そしてオレゴンは一度バウンドして地に立つと、銀色の物質は素早く剣の形に戻り、それを握りしめてオレゴンはレムの元に駆け出した。
「上位光魔法『ラド』」
それをレムは迎撃しようと魔法を放つがその光の攻撃はオレゴンを外れ、向かいの木を勢い良く倒す。
そしてオレゴンはその勢いのまま剣を突き刺した。
木を貫く鈍い音が鳴り響き、木が少し傾く。
その剣はレムの顔のすぐ横の箇所に突き刺されていた。
「ハルシオンをどうするつもりだ。何が目的だ?」
「バカな……。あなたにそれほどの力があるなんて聞いてませんよ」
「質問に答えろ」
「そんな事は私の知る事でありません。私の仕事は微睡様をお迎えする事。そして準備は既に済ませた」
「なに?」
「転送魔法ですよ。本来ならば微睡様だけをお連れするつもりだったが仕方ない。お前も一緒だ」
辺り全体が淡く白く輝きだす。
「ハルシオン! ここから離れるんだ!」
崩れた廊下から二人を見下ろすハルシオンにオレゴンは叫ぶが、その言葉が伝わる前にハルシオンは姿を消してしまう。
オレゴンは視線を元に戻すと、レムがニヤリと笑みを浮かべていた。
「大掛かりな混成魔法を……」
「我々は本気だという事だ」
そうして二人もこの場から姿を消してしまう。




