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雨芽 エル

 ハーシャッドとの戦闘から数週間後、オレゴンの部屋で馴染みの無い声が響いた。


「あ、改めましてよろしくお願いします。ありがとうございます」


 臨時的なものだったとは言え、以前はオレゴンの上官として戦場を仕切っていた少女。雨芽あまが エルは深々と頭を下げる。

 オレゴンはしばらくして頭を上げるエルに言った。


「まぁ、そう気を使わないでくれ。まだここへ入れるかは決まっていないんだ。今は選考期間で俺達と数回の依頼を共にしなければならない。それで俺がする報告次第で正式に加入出来るかどうかが決まるんだ」


 エルは緊張した様子で返事をする。


「って事は……活躍出来れば加入できるのか……な?」


 オレゴンは部屋のソファへ座るように手振りで合図すると、エルはまた一礼してソファに腰掛けた。

 その向かいにオレゴンは座ろうとするが既に居座るハルシオンが寝ていた為、足の長い椅子をわざわざ運んでそちらに腰掛ける。

 そして斜めに位置するエルの顔を見て言った。


「それがそうとも限らないらしいんだ。学園の理事長がその判断をしているらしいが、良い報告をしたにも関わらず加入出来なかった者いるらしい。逆に悪い報告だったのに加入したと言う話もある。その辺りは俺には良く分からないんだが、俺が言える事は変に取り繕うとはせず自分らしくして貰えたらなと思っている」


「わ、分かった!」


 片手を勢い良く上げるエル。ハルシオンが眉間を皺に寄せて「うーん」と寝言を漏らしながら寝返りを打った。

 オレゴンとエルは思わず息を潜ませる。

 しかしオレゴンは、ハッとして言った。


「いやいや待て待て。何で大事な話をしている俺達が、こんな時にまでも寝ているハルシオンに気を使わなければならないんだ?! と言うかもうすぐ依頼の時間だぞ!? おい、起きろハルシオン!」


 そうしてオレゴンとエル、そして目を擦って欠伸が絶えないハルシオンは依頼で指定された場所に向かった。










「見つけたぞ!」


 人が賑わう街の大通り。そこでオレゴンが大きめの声でそう叫ぶが、辺りが騒がしいだけに特に注目を集める事は無く、すぐ近くの人間だけがオレゴンに視線を向けた。

 そんな中でオレゴンは周囲の人の隙間を掻い潜って駆け抜けて行く。するとその先に居る金髪の少年は騒がしい背後へ振り返り、そしてオレゴンを確認するや否や、慌てる様に走って逃げて行った。


「おい! 待て!」


 逃げる少年が裏路地へと向かって行く。

 追うオレゴンも遅れてその裏路地へ向かうが、そこに居たのは赤いドレスを血で汚して腕を押さえる女性だった。


「大丈夫ですか!?」


「えぇ、大丈夫よ。幼い通り魔だったわ。後を追いかけているのでしょ?」


 女性は少年が走って行ったと思われる方向を指差す。

 オレゴンが追跡を再開しようと第一歩を踏み出した時、背後からハルシオンの声が聞こえた。


「リーダー! 怪我した人を置いてどこに行こうと言うのですかー!」


「ハルシオン!? なぜここに?」


「追いかけっこしてるリーダーを見かけて私も来たんですー。それにしてもリーダーの今の判断は肯定出来ませんよー!」


 ハルシオンが小さく何度も飛び跳ねて抗議する。


「しかし犯人が……」


「眼鏡割りますよー。怪我人が優先ですよねー?」


 拳を上げるハルシオンに、オレゴンは両手の平を向けてなだめる様に言う。


「ま、待て! 確かにそうだ! 熱くなっていた」


 そう言われて拳を降ろすハルシオンは怪我をした女性に歩み寄りながら言った。


「大丈夫ですよー。犯人の方はエルちゃんが向かってくれてます」


「そ、そうか。ここは任せてみるか」















「待ってよー」


 バケツやゴミ箱を蹴って盛大に散らかしながら裏路地を逃げる少年を、大きく飛び跳ねるように追いかけていくエル。

 そして一向に歩みを止めない少年を飛び越える先回りし、浮き上がる黒いドレスの裾を押さえながら少年の前に立ちふさがった。


「分かりやすいショートの金髪に、目立って仕方が無いどこで入れたか分からない顔のドラゴンのワンポイントタトゥー。……君、目的の子で間違いないね。それにしても思ってたより幼いのにどうして悪行を重ねるのかな?」


 観念して立ち止った少年はナイフを構えて返事をする。


「お前に何が分かる! ねーちゃんこそ可愛い顔に傷作りたくなかったらそこどきな!」


「そんな年で世渡り上手になっちゃってー――」


 エルは腕を組んで照れた様子でそう言ったかと思えば、急に形相を変えて続けた。


「――でも僕にお世辞は効かないよ? 君、今、賞金掛けられてるの分かってる?」


 エルは背負っているリュックから小さなナイフを回しながら取り出した。

 突然の変化に動揺して返事が出来ない少年に、エルはまた笑顔に変貌する。


「びっくりしちゃってぇ。やっぱりまだまだ子供だねー。良かった良かった。じゃあおねーちゃんに付いてきてくれるかな?」


「子ども扱いするな! 覚悟はしたんだ!」


 少年は駆け出して、ナイフの切っ先をエルへ向ける。

 エルは黙って両腕を広げると、少年は思わず立ち止ってしまった。


「なんで……避けようとしない……」


 エルは警戒する少年へ歩み寄ると、胸に高さより低い小さな少年を上から抱き寄せる。


「よしよし、辛かったんだね」


「なんで……? どうしたらいいんだよ……」


 本当にどうした良いのか判断を見失う震え声の少年にエルは屈んで手を握って答えた。


「おうちに帰ろうよ。お父さんが心配してたよ」


「お父さん……」


 エルは少年の手を引っ張る様に歩き出すと、やむを得ず少年は付いて行った。








 エルはオレゴンとハルシオンに再開し、少年を自宅へ送り届けた。

 少年は父親に会うと思わず泣き出し家の奥へと連れられ、3人は客室へと案内される。


「貴族にも色々あるんだな」


 ソファに腰掛けるオレゴンはそう言った。

 ハルシオンは対面のソファでうつらうつらと倒れかける体を何度も起こしては辛うじて返事をする。


「貴族だからこそ色々あるんですよー。きっとー……」


 そのハルシオンの横で何度ももたれ掛りそうにハルシオンを心配しながらちょこんと座るエルにオレゴンは話を振った。


「それにしてもエル、お手柄だったな。子供の扱いに慣れているみたいだったが?」


「子供……と言うより男の子に慣れているのかも……」


「男の子?」


「同棲していた人が男の子って感じな人だったんだよ」


「なるほどな。だがそれは同じ男としてはあまり良い意味に取れないなー……」


 オレゴン達が談笑をしていると、少年の父親である依頼主の貴族が包みを持って部屋に入ってきた。


「息子を連れて頂き感謝している。こちらは少ないがお礼だ、受け取ってくれ」


「ありがたく頂きます」


 オレゴンは頭を下げて包みを受け取った。


「それにしてもうちのドラ息子達にはほんと困ったものだ」


「達? お兄さんがいられるのですか?」


「えぇ、上の息子は長い間帰って来ておらんのです。どこかへ行ってしまう前……この家に居た時から悪事ばかりを働き、怒りに狂ってしまった私は息子を家から追い出したのですがそれから連絡が取れずで……。下の息子はそんな兄の影響を強く受けてしまったのか、私と言い争いになった時、家を飛び出してガラの悪い友達と顔に入れ墨を入れては悪さをして……」


 貴族は窓辺を眺めると話を続けた。


「この辺では悪い噂しか無くてな……。それでも私からすれば可愛い息子だ。だから君たちにこうして依頼したのだが……てっきり引っぱたいて連れ戻してくれるもんだと思えば、不思議な事に従順になって帰って来てくれてたの嬉しい誤算でしたよ。その分、きっちり報酬ははずましたおいたので、また困った事があればよろしく頼む」


 オレゴンが返事をする前に、エルが立ち上がって言った。

 完全にもたれ掛っていたハルシオンが逆の方へ飛ばされる。


「あの子は素直で良い子ですよ! ただ寂しかっただけ。きっとお兄さんとは仲が良かったんだろうな……。そのお兄さんが居なくなってしまった寂しさが今回はたまたま悪い方向に動いてしまっただけ。次からその方向を見誤らない様に導いてあげれば良いんだと思います!」


「ははは。そうだな。私も兄の分も、とついきつくなっていたかもしれんな。お嬢さん、気に入ったよ。また贔屓にするよ」







 貴族に見送られて、暗くなり人の少なくなった大通りを三人は帰っていく。


「それにしてもエル、お手柄だったな」


「オレゴン君……。もしかしてー……。で、でもボク彼氏が居るんだ……」


 急に頬を押さえてもじもじとするエル。


「……? 急にどうした?」


 頭の上に疑問符を浮かべるオレゴン。

 そこへハルシオンがオレゴンの服の裾を引っ張りながら言った。


「きっと深い意味は無いですよー。エルちゃんにはちゃんと彼氏が居るんです。それだけです」


 そうして三人が帰路についていると、建物の陰からその三人をじっと凝視する人物がいた。


「エル……こんな所に。横に居るのは……オレゴン……?」

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