他人の空似?
「弱いな。私はこんな物の為に時間を費やしていたのか」
ハーシャッドは足元に転がるエルとハルシオンを見下しながら言った。
自分の期待を盛大に裏切られ大きな溜息をハーシャッドが漏らしていると、突如オレゴンの体が光を放ち出す。
ぎろりと視線を向けるハーシャッド。
「次から次へと忙しい奴らだな」
確認の為、とぼとぼとオレゴンへ歩みを進めると、あろう事かオレゴンが上半身を起こした。
「なんだと? 傷が完全に癒えているとは驚いたな。それは君の力かい? それとも何かの力か?」
「さあね」
「どちらにしても同じ事。もう一度殺してやろう」
「上位旋転風魔法『ウィンドミル』」
ハーシャッドよりも先にオレゴンが指先を曇る天に掲げると、その指を中心に強烈な風が発生する。
「何のつもりだ?」
ハーシャッドが駆け出そうと第一歩目を踏み出すと、その風は威力を増し渦になりて瓦礫や倒れた木々などの街の残骸を巻き上げる。
ハーシャッドはそうして襲い繰る瓦礫等を回避しながら言った。
「そんなもので私を倒せると思ったのか?」
「知っているか。魔法は何も敵を攻撃するだけの物ではないと」
「なに……?」
ハーシャッドが怪訝そうな表情を浮かべると、その風に乗ってオレゴンが勢い良く舞い上がっていく。
「私から逃げようと言うのか。生意気な。しかし利口な判断だ。被害は最小に止めるのが……」
ハーシャッドはそこで言葉を濁らせてしまう。
なぜならさっきまでハルシオンとエルが倒れこんでいた場所に何もなかったのを確認してしまったからだ。
「先に風で逃がしておいたか……。クソガキ……私を出し抜けるとでも思っているのか」
ハーシャッドは地面突き刺さっている刀を引き抜くと、宙に舞うオレゴンへ剣先を向ける。
しかし視界の端である者を捕えたハーシャッドは速やかに距離を取ると、手に持っている刀を再び地に突き刺した。
「ナンバー5……。思ったより気が付くのが早かったではないか」
「ええ。あなたの術は割と早い段階で気が付きましたよ。そして場所が特定出来たのは私の部下が通信機の電源をずっと入れっぱなしでしたからね。それとこんな派手な竜巻を目印にしてくれたんだ、気付かない方がおかしいでしょう。そんな事より良いのですか? 目当ての者が風に乗って逃げてしまいますよ?」
「なぁに、雑魚が逃げようと私の人生に狂いはでないさ」
「まぁ、最も私からすればあなたも雑魚の内ですが。逃げるんでしょう? その刀で」
ハーシャッドは思わず驚いた表情で言った。
「分かっていてわざと……。だが、邪魔しようとしても無駄だったがな。利口な判断だ。無駄な体力を使わずに済んだな」
「さっさと散れ」
ナンバー5は浅瀬の水面を飛ばすように、いとも簡単に地面を抉り蹴り飛ばす。
しかしハーシャッドは笑みを浮かべると、刀に雷が直撃し、その衝撃と共に姿を消した。
「厄介な道具を器用に使う雑魚めが」
ナンバー5はその場を後にした。
難を逃れたオレゴンはなんとか目を覚ましたハルシオンに肩を貸していた。
「お前たちボロボロじゃないか。それに魔力が安定していない。薬によるむやみやたらな治療をしたな……?」
そこへどこかで聞き覚えのある声が二人の視線を集めた。
「ナンバー2……さん」
コートから長髪をぶら下げたナンバー2は腰を屈め、顔を青くしてハルシオンを案じる。
「特にハルシオン……。君は今後一切の薬の使用を禁止した方が良い。どうしてこんな無茶をしたんだ」
ナンバー2の異常なまでの心配に思わず二人は怪訝そうな表情を浮かべる。
そしてオレゴンが聞いた。
「どうしてそこまでハルシオンの事を案じるのですか」
「そ、それはだな……。えーとあれだ。知り合いに顔が似ているからだ」
「嘘ですねー」
素早くハルシオンが返した。
「嘘じゃない! とにかく早く病院へ行くんだ。そして二度と薬を使うなよ!」
「けど、それじゃ私は戦力外にー……。リーダーに迷惑をかけてしまいます」
「だったら私を頼れ。私に迷惑を掛けろ」
「前に会った時も言ってくれたましたよねー? どうしてたかが七桁級の私にそこまでしてくれるんですかー?」
ハルシオンが問い詰めた所に、どこからともなく現れたナンバー5が割って入るように言った。
「気になっていたんですよ、私も。どうしてあなたがこの女に固執するのか。まさか恋心だなんて言いませんよねぇ」
ナンバー2は腕を組み、少し考え事をしてから口を開き始めた。
「本当に似ているのだ。以前私の上司だった方に。いや、それどころか名前も同じなんだ。逆に心当たりはないか?」
ハルシオンは口を押えて驚きを隠し通せていないままその質問に答えた。
「もしかしたらお姉ちゃん……?」
「姉か……。そう言えば妹の話を何回か聞いた事があるな。家柄の厄介事を押し付けられた可愛そうな妹が居ると」
「家柄の厄介事……?」
「心当たりが無いのか……? 妹はずっと苦しんでいると聞いていたが、もしかしたら本当に他人の空似なのか……」
ナンバー2は自分の顎を摩りながら言った。
そこへナンバー5が区切るように言う。
「まぁいいでしょう。今回の件は解決しました。大団円とは言えませんがね。それにしても怪我人は速やかに怪我を治すのが務め。早いとこずらかりますよ」
そうして人の住んでいない街はまた元の静さを取り戻す。
「本当に良いのですかー?」
いつものオレゴンの部屋でハルシオンの気怠そうな声がする。
そしていつものようにコーヒーをたしなむオレゴンは新聞を片手に返事をした。
「何がだ?」
「エルちゃんの事ですよー。私たちのグループに入れるように学園に申請したんですよねー?」
「まぁな。人手が増えて良いではないか。もっとも申請が通るとは限らんがな」
「……リーダーの事ですからそれだけじゃないんでしょー?」
「……何の事だ?」
「貴族のこんな話を聞いた事があります。貴族は貴族である為に、才能の恵まれない子供が生まれると学院と呼ばれる場所に預けられ、体に刻まれた魔法陣、体そのものを改造してしまい、無理矢理にでも実力を付けさせると」
「意外な事を知っているんだな」
「貴族は地位や名誉に守られていますが、一般人が学院の手に掛かるとロクな事ないですよねー?」
「そうだな。今の世の中、俺たちのようなグループを作ったり、リニアモータートレインを利用したりと、何をするにしても自己の証明の為に、魔法陣を認識する機器を通らなければならない。つまり魔法陣を改造すると自身を証明出来なくなるからな。肩身は狭くなるだろう」
「けどグループに所属させてあげれれば、多少は融通が利くようになるんですよねー?」
「ハルシオン……。お前意外と頭良かったんだな……」
オレゴンは思わず新聞を机の上に置き、ハルシオンを見つめる。
対してハルシオンは両腕を上げて
「私だって一応、グループ設立する為の資格持ってますよー!」
猛抗議する。
「そうだったな。悪い悪い。それで事後確認になって申し訳ないが、エルを迎え入れてやって良いか?」
オレオンは再び新聞へ視線を戻しながら言った。
ハルシオンは、聞こえない程に小声で呟く。
「二人も良かったのにー……」
「ん? なんだ?」
「何でもないですよー!」
ソファに仰向けになりながら返事をするハルシオン。
「そもそも申請が通るとは限りませんしー?」
「はは。それもそうだな」
そうして今日も平和に過ごすハルシオンとオレゴンだった。




