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オレゴンの名を継ぐ者

「リーダー。何してるんですかー……。立ってください。もう薬も切らしたんですよ?」


 ハルシオンが微動だにしないオレゴンの体を揺さぶる。

 瞳孔を開いて倒れるオレゴンの胸部からは鮮血が絶えず流れ出し、血だまりを作っていた。

 そんな中、ハーシャッドはハルシオンの傍らまで寄ると視線を落とす事なく言った。


「どうした。そんな雑魚は捨て置け。そんな事よりお前は僕とこい。僕が作る素晴らしい世界を見せてやる」


 座り込むハルシオンの肩に手を置いた。

 しかしハルシオンはその手をすぐに弾くと、妙に低い声で言った。


「あなた如きが……。世界を作る……? ナンバー3桁程のあなたが?」


 ハーシャッドはハルシオンを鼻で笑うと眼鏡を外し、踏みつけて言った。


「笑わせるな。ナンバーなんて偽装の飾りを鵜呑みにしない事だ。当然お前の知っている私のナンバーも当てにしない方が良い。その証拠にナンバー2もナンバー5も今頃私の手中で踊っているよ。私は策略家なのでね」


「策略家。一つ重大なミスがありますよ」


 よたよたと立ち上がるハルシオン。


「笑える冗談だ。それはいったいなんだと言うんだ?」


「私も踊らせなかった事ですかねー?」


 ハルシオンはその場で飛び跳ねると、ハーシャッドの顔へ回し蹴りを放つ。

 しかしハーシャッドは満面の笑みを浮かべたままそれを片手で受け止めると、ハルシオンの髪を掴み取り、浮彫になった体に回し蹴りを返した。

 いとも簡単に吹き飛び、建物に打ち付けられるハルシオン。その場に引きちぎった髪をパラパラと落とすハーシャッド。


「君はもう少し利口な生き物だと思っていたのに残念だ。……死ね」


 ハーシャッドはオレゴンの胸部から刀を引き抜き、ハルシオン目掛けて投げ飛ばす。

 しかしそこへ割った入る人物が現れた。それは待機していたはずのエルだった。

 円を描いて飛ぶ刀を、エルは黒く変色させた腕で弾き飛ばす。

 対してハーシャッドは淡々と言った。


「実験動物の失敗作が何の用だ。大人しく逃げていれば良いものの、飼い主に噛み付くとはよほど殺されたいと見えるぞ」


 対してエルはハルシオンを隠すように立つと背後のハルシオンへ呟くように言った。


「既に生き殺しみたいなものだけどね。逃げるよ。立てる?」


「どうして……あなたがここに?」


「どうしてって……今の状態が危険……だからかな? それとオレゴン君の魔力が途絶えたから……。人体実験されてから魔力を感じやすい体質になってしまったみたい」


「リーダーが……」


「それどころじゃないよ!」


 エルがハルシオンの手首を掴み、走り去ろうとするが、既に目前にはハーシャッドが立っていた。


「私が逃がす訳ないだろう?」


 そしてエルの首を片手で掴み上げる。

 もがくエル。そして一度体をぐったりさせると、黒いドレスが膨張しエルを包み込んだ。

 煩わしさを表情にしながら思わず手を放すハーシャッド。

 するとそこにはエルが暴走していた頃の巨体の姿で立っていた。


「面白いじゃないか。実験の成果を見せて貰おう」










「ところでオレゴンよ。お前はあれよこれよ考え込んでは居るが、今の状況は掴めておるのか?」


 床に胡坐あぐらをかき、腕組をするオレゴンに老人は冷たく言い放った。


「そう言えば俺は……」


「ここは精神だけの世界だ。とある条件を満たすと、お前の精神をここへ送り込む仕掛けをあの懐中時計に施しておいた」


「とある条件?」


「自覚ないのか。瞬殺だったのだろう」


「……!」


 オレゴンは目を丸くして老人を見つめた。


「だから……あんな話を……。父や母、後継ぎの話を……」


「そうだ。そしてお前をここへ連れて来たのはお前と契約をする為だ」


「契約?」


「オレゴンよ。我々は代々『オレゴン』と言う名と共に引き継いで来たものがある」


「『オレゴン』と言う名?」


「そうだ。お前の『オレゴン』と言う名は、お前の父が、そしてわしが代々引き継いで来たもの。当然かつてのわしの名じゃ。しかし――」


 老人はそこで例の懐中時計を取り出すとオレゴンに渡す。


「――これを扱いきれるのはその名の持ち主だけ。そしてその名を持つ者だけに与えられる特別な能力がある」


「特別な能力?」


「いいか。オレゴン。今から伝える事は恥じる事だ。お前の父やわしを含め、全ての先祖に顔向け出来んほどの恥だ」


「な、なんでしょうか……」


「この懐中時計は『オレゴン』を一度だけ蘇らせる力を持つ。今まで絶やす事無く受け継いだこの力をお前の代で終わらせたのだ」


 オレゴンは何も言わない。老人は続けて話した。


「蘇った後は、この懐中時計がお前を幾度と無く守ってくれるだろう。しかし当然この能力を使わず、ここでお前を見殺しにする事も出来る。腐ってもこの懐中時計はわしの手でメンテナンスをしている、お前では扱いきれんからな。そこで契約だが、お前にはわしの後継ぎになって貰いたいと思っておる。名だけでは無く仕事のな。故にそれに相応しい人間になって貰いたい。どうだ?」


 オレゴンは仕方なくと言った様子でゆっくりと首を縦に振る。

 そして恐る恐る聞いた。


「……この『オレゴン』と言う名はどのタイミングで引き継がれるのですか……」


「お前の父がお前をオレゴンと呼んだ時だ。初めてオレゴンと名を呼ばれたのはいつだ」


「父が……亡くなる寸前……」


「お前の父は、助かろうと思えばこの力を使って生き延びれたはず。それをせずお前に引き継がせたのはこの事態を予測出来ていたのだろうなぁ。お前は誰が見ても歴代の中で最も才の欠ける人材だからの」


「そんな……僕が……なんて事を……」


「なにをそんなに落ち込んでいるのだ」


「それは……だって……」


「今、言った事全て嘘だと言えばどうする?」


 オレゴンは顔上げて、言った。


「なに!?」


「人とは単純な物だ。感情を操作する事も容易い。ふぉっふぉっ。元の世界に戻れば精神の状態はリセットさせる。話はまた日を改めてしてやろう。そしてその時にでもこの時計台を降りてもらおうか」


 老人がオレゴンの肩を掴む。

 遠のく意識の中、オレゴンは微かに老人の声を聞いた。


――魔法とは賢く使うものだ。状況を適切に判断しろ。さすれば道は開かれる――

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