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メイルシュトローム

「まさかたまたま居た建物に地下へ続く階段があったとはー。ラッキーですねー」


「ラッキーなものか。こんな万全とはとても言えない状態で敵地に向かわなければならない。お前も薬を切らしてしまったし、危険すぎる」


 二人は最低限の明かりがついた薄暗い水路で、壁に手を付きながら歩いていた。

 雨が降っていたせいで嫌と言うほどに不衛生な臭いが充満しており、水面も高く上がっているおかげで足首まで浸かってしまっている。


「歩きづらいですねー。ゴミもあちこちに浮いていますし―。……もし私たちを簡単に飲むほどに大量の水が流れてきたらと思うとぞっとしますねー」


「嫌な想像はやめてくれ」


 二人は地上で聞かされた方角へただただ歩いて行く。地下故に無線が通じず、指示を仰ぐ事も出来ない状態だった。

 そうして無言のまましばらく進んでいると、向かいから水を踏み鳴らす足音が聞こえてくる。


「敵か……」


 当然隠れる場所も無く、二人はその場で身構える。


「見つけたぞー! やれー!」


 鎧を着た堕落者と思われる人物が4人、オレゴン達へ一直線に駆けて来る。


「近代魔法『イマジナリーソード』」


「近代魔法『イマジナリーランス』」


 オレゴンが手に剣を、ハルシオンが槍を握ると、鎧の人物が腰から抜いた剣をオレゴンに振るった。

 それをオレゴンが受け止め、その隙に背後から駆け出したハルシオンが二番目の鎧の腹部を突き飛ばす。

 激しく水飛沫を上げながら鎧が倒れて行く中、ハルシオンを横切るようにオレゴンと対峙していた鎧が吹き飛んで行った。


「油断するな! やれ!」


 残りの二人が駆け出す。

 ハルシオンは、


「火魔法『ファイアー』」


 魔法名を呟くと、水面に向けて火球を発射する。それにより僅かな水飛沫と少しの煙が上がり、鎧の二人の足を止めた。

 鎧の二人は顔を見合わせ首を傾げる。

 オレゴンも不思議そうに聞いた。


「ハルシオン……? 今のはなんだ?」


「いやー。もっと派手に水蒸気とかが上がるのかなーと思えば全然そんな事無かったですねー」


「やれ! こいつらならいける!」


 さっきまで倒れていた二人も立ち上がり、一斉に駆け出した。

 しかし次の瞬間、壁を派手に破壊する何者かが、鎧の四人もろとも吹き飛ばし乱入する。


「なんだ!?」


 散乱する瓦礫が水面を激しく騒がせ、散漫する砂煙が突風となってハルシオンとオレゴンを襲う。

 思わず腕で顔を庇いながらも前方を確認すると、そこには屋上で戦った巨体の化け物が嬉々として立っていた。


「別の水路から壁をぶち破って来たのか……また会うとはな……」


「やばいですよー。とりあえず逃げましょー」


 ハルシオンが化け物に背を向け走り出す。オレゴンも釣られて逃げる。

 それを見た化け物は頭が天井にギリギリぶつからない程度の水路を、跳ね上がりながら追いかける。その度に水飛沫が上がり、時折、頭を天井にぶつけ天井をボロボロと崩していた。


「このままでは追いつかれるぞ!」


「そんな事言われましてもー! 何か良い策は無いんですかー!」


 オレゴンは懐から懐中時計を取り出すと、それを眺めたまま走り続ける。

 

「それ、前も見てましたよねー? 大事な物なんですかー?」


「……やっと使える。本当は使いたくないんだがな」


 オレゴンは意を決すと、立ち止り背後を振り向く。

 そこには当然、天井や壁を豪快に破壊し追いかけて来る化け物が居た。


「科学魔法展開」


 オレゴンが懐中時計を握りしめ、ぽつりと呟くと、水面が地震があったかのように揺らめき、狭い空間で轟くように強風が吹く。それがオレゴンとハルシオンの衣服を激しく揺らし、水面をさらに荒々しくうねらせる。

 そんな事はお構い無しに近付く化け物がオレゴンに腕を伸ばし、その手がオレゴンの頭を掴み上げようとする寸前で、ハルシオンの悲鳴と共に化け物が勢い良く浮かび上がった。

 天井に背をぶつけ、そのまま見えない力で天井に押し付けられ続ける化け物。それに耐えきれず天井にヒビが入り、さらにオレゴンが両腕を広げると、渦巻く水柱が巻き起こり、そのまま化け物を襲う。

 

「『メイルシュトローム』」


 オレゴンが魔法名を呟くと風が激しさを増し、天井がとうとう耐え兼ねたのか、地上まで水柱と共に化け物を吹き飛ばし大穴をぽっかりと空けた。

 そのままオレゴンはハルシオンの手を掴むと、風に乗るように大穴を飛び上がる。


「リーダー!?」


 あまりに唐突な事にハルシオンが驚きを隠せないでいると、あっと言う間に地上に降り立ち、化け物が倒れている事に気付く。

 周囲には鎧を着た堕落者達が化け物とオレゴンを囲っていた。


「まとめて倒してやる!」


 オレゴンが手を広げ声を上げると、目視できるほどに黒い風が渦巻き、その風が堕落者や化け物を直接切りつける。

 そしてそれだけに留まらず、堕落者たちを巻き上げ、あろう事か周辺の建物までも根こそぎ浮かび上がらせた。

 しかし化け物だけは地面に腕を突き刺し、その風に耐えている。


「無駄だ!」


 オレゴンがそう叫ぶと、巻き上げられた堕落者や建物が一斉に落下を始め、地面にいくつもの穴を作り、化け物を潰した。

 その衝撃が轟音と共に風になって放射状に広がる。


「リーダー……。すごいです!」


 そうして風が止み、砂埃が晴れてきた中、立っていたのはオレゴンとハルシオンだけだった。

 しかしオレゴンはすぐにうずくまり、苦しそうに息をする。


「大丈夫ですかー!? リーダー!」

 

「大丈夫だ……。俺は魔法の制御に魔力を使った程度で、何もしていない。こいつの力だ」


 オレゴンはハルシオンに懐中時計を見せる。

 十一時を指していた半透明の針がポロリと落ち、ガラスの様に砕けた。


「当分、使い物にならないだろう」


「……凄いですね。この時計の正体はなんなんですかー?」


「祖父の置き土産だよ」


「亡くなったんですかー……?」


「いや、どっかの時計塔に引きこもってる。時計を作る仕事をしている変わった方だった」


 ハルシオンとオレゴンが会話をしていると、山となった建物の残骸から瓦礫が落ちた。

 慌ててそちらに視線を送る二人。しばらく瓦礫の山を見つめるが何も起こらず気のせいかと安堵したその時、残骸から黒い手だけが伸びた。

 その良く知る手は化け物のものだった。


「まさか……!」


 オレゴンがそう言うと、残骸の山が勢い良く散乱する。

 晴れた砂埃がまたもや辺りを漂う。 

 そしてその先には化け物が立っていた。


「に、逃げるぞ!」


 オレゴンがハルシオンの手を引っ張る。が、ハルシオンは化け物から視線を逸らす事無く言った。


「ま、待ってください! 様子が変ですよー!」


 二人が視線を送る先で、化け物はよたよたと歩くと力を失うように倒れ込んだ。


「しぶとい奴め……」


 安心する二人。

 すると化け物は淡い光を放ちながら半透明になって行く。


「今度はなんなんだ」


 距離を置きながらも目を凝らす。すると化け物は大きな巨体を失い、ボロボロの全裸の少女に変わり果てていた。


「どういう事だ……」


 オレゴンとハルシオンは恐る恐る歩み寄る。

 そして顔を覗き込むハルシオンは叫んだ。


「え、そんな……! この人はー……!」


 かつて裏切り者として吊るし上げられた上官だった。その証拠に傍らには一本のマスケット銃が転がっていた。


「どうして……こんな所に……?」


 オレゴンがそう呟く。

 動揺を隠せない二人。そんな中、二人に歩み寄る足音がした。

 二人は慌ただしく視線を向ける。そこに立つ人物も二人が良く知る人物だった。


「いやー。こんな所で会うとかめっちゃ偶然やんー」


「お前は……」


「久しぶりやな。オレゴン、ハルシオン」


 男か女か分からない青年は狐の様に細い目を片方だけ見開き言った。

 オレゴンは青年の睨んで言う。


「黒髪の女はどこにいる」


「逃げんでええの? 憶測やけど一応あんたらは潜入任務ちゅう事なってるんとちゃう? こんな派手に暴れてもうてもう」


 青年は額に手を当て首を横に振る。

 

「俺たちの目的地はもう少し先。お前の後ろの道だ」


 青年は後ろの道を確認すると、首を傾げた。


「この先行って何が出来るんや、あんたらに」


 青年はそこで一度区切ると伸縮するナイフを懐から取り出し、続けた。


「……そもそもここで私を越える事もままならんっちゅーのに」


 青年はそう呟くとオレゴン、そしてハルシオンをナイフで順番に指しながら続けた。


「あんたは弱ってる、お嬢ちゃんのお得意のドーピング剤も切れてる。この戦いもろたで!」

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