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救い救いわれ

 古びたフローリングの上にレンガの壁、アーチを描く天井に独りでに回る木製のシーリングファン。その薄暗い建物のすぐ入った所で、声が響いた。


「なにかっこつけてるんですかー。リーダー」


 仰向けに眠るオレゴンが目を覚ますと、赤くなった目尻に涙を溜めたハルシオンの顔があった。

 オレゴンは頭の下が柔らかい事に気が付くとハッとなって起き上がる。


「なに膝枕くらいで照れてるんですかー。意外とかわいいところあるんですねー」


「俺はっ……?」


 オレゴンは慌てて自分の体へ視線を向ける。すると完治までとはいかないが、軽い軽傷を負った程度で済んでいた。


「どういう事だ……?」


「私の薬ですー。本来はここまで回復できないのですが、なぜか魔力を増幅させる効果で傷が塞がった訳ですよー。興奮効果も抑え目ですし、一錠くらいならリーダーが飲んでも大丈夫! えへへー、偶然にも一錠だけ残ってたんです」


「すまない。世話を掛けたな」


 オレゴンはそう言うと改めてハルシオンへ視線を向ける。しかしそこでオレゴンは言葉を失ってしまった。


「お前……なぜ……だ」


 むごたらしいほどに片腕はバラバラに折れ、血の池が出来るほどに体中から血を流すハルシオンがちょこんと座っていた。


「だってリーダーのが重傷だったのですよー?」


「お前と言うやつは……!」


 オレゴンは声を震わせながらハルシオンを抱きしめる。


「あれー。不思議な事に嬉しいかなー」


 ハルシオンは照れたように言う。


「待ってろ……! すぐに助けを呼んでくる!」


「え……! 待ってー! もう少しだけこうしててください。不安が無くなるんです……」


 そこでハルシオンは力を失うようにオレゴンにもたれ掛る。


「おい! ハルシオン!?」


「生きてますよー。リーダーは心配性ですねー」


「そ、そうか……! だったら少し待てるな!?」


「分かりましたよー。少しだけですよー」


「あ、あぁ! すぐ戻る!」


 オレゴンはハルシオンからそっと離れると、壊れた扉へ駆け出した。

 ハルシオンはオレゴンの後姿を見送ると、そのまま背後に倒れこんでしまう。

 血だまりに水色の髪を浸らせ、ハルシオンは静かに瞼を閉じた。

 自分の心臓のこれ以上に無く弱々しい鼓動を感じる。


「おー。久しぶりだなー」


 その時、どこかで聞いた事のある声が弱い鼓動に重なりながらハルシオンの耳に届いた。

 ゆっくりと瞼を開けるハルシオンは声のする方向へ視線を向ける。

 するとその声の主は既にハルシオンのすぐ傍らで見下ろすように立っていた。


「元気そうには見えないがな」


 アルデハイドだった。いつものメイド服を着ている。

 対してハルシオンはただ茫然とアルデハイドの顔を眺めるほどの元気しか残ってなかった。


「大怪我だと言うのに静かなもんだ。死にかけなのか? ……いや、この惚けてる感じは薬の鎮痛作用か。ほれ良い物やるぞ」


 アルデハイドはその場でしゃがむと以前の小瓶を取り出し、ハルシオンの腕に数滴垂らした。

 するとハルシオンは体を弓なりにして喘ぎ、それと同時に不自然に曲がった腕が綺麗に整っていった。さらに肩口の骨まで届くような切り傷までもが閉じて行くと、そのまま流れる様に赤黒い血を絶えず吐き出す横腹に空いた穴を防ぎ、最後にズタボロになった足を元の血色の良い柔肌へと再生する。


「こんな雑な使い方が出来るのはお前ぐらいだろうな」


 笑ながらそう言うアルデハイドは激しく呼吸をするハルシオンに手を差し伸べる。

 ハルシオンは少し呼吸が落ち着いた所で手を掴み起き上がった。

 それからほどなくしてハルシオンの体からオーラが溢れ出る。


「助かりましたー……」


「ま、貸しにしとくぜ。オーラがでるのはご愛嬌だな。あ、でも激しい運動は控えろよ。応急処置に過ぎないんだからな」


「ありがとうございます……。ところでアルデハイドさんはどうしてここに?」


「なーに。お前と同じだぜ」


「仕事……ですかー」


「さて、問題だ。私とお前は味方なのか……それとも敵なのか?」


 ハルシオンは息を飲み険しい表情を浮かべた。


「良い目になったじゃないか。まぁここはお互い干渉しないでおこうぜ。じゃあ達者でな」


 アルデハイドは手を振りながらこの建物から去って行く。

 そこでハルシオンはハッとする。


「リーダー! どこに行ってくれたんだろー」



 







 ハルシオンがする事も無くその場で待機していると、息を切らしたオレゴンが戻ってきた。


「ハルシオン!? 治ったのか!?」


「そうなのですよー。通りすがりのアルデハイドさんが治してくれたんですよー」


「アルデハイド……? どうしてあいつがここに……? 黒髪の女と関係が……? もしかしたら仲間……?」


「さぁー?」


「まぁいい。なんにせよ助けてくれたのには違いないしな。俺も助けを呼びに行ったものの、既に周囲は敵に包囲されていてそれどころじゃなかったんだ……」


 オレゴンは腕を組んで暗い顔で言った。


「それってかなりピンチですよねー?」


 ハルシオンがそう言った所で無線機に連絡が入った。それをオレゴンは耳に当てて応答する。


「はい。こちらオレゴンです」


 無線機も相当なダメージが受けたのかノイズの入った声が静かな部屋に響く。


『オレゴンさん。無事ですか?』


 声の主はナンバー5だった。


「はい。ですが周囲は敵に包囲されていて……」


『でしょうね……』


 オレゴンは怪訝そうな表情を浮かべたが、無線機からの声は続いた。


『いや、すみませんねぇ』


「どういう事ですか? 大混成魔法は成功したのでは?」


『えぇ、もちろん成功しましたよ。しかし同時に奴らも街の中心から広がってきたみたいですね。それで次の指示に従って貰いますよ』


「撤退ですか?」


『包囲されているのではそれは無理でしょう。そんな事より、オレゴンさんを配属した場所付近には地下水路へと続く道が多数あるようです。その地下水路は街の中心へと繋がっているんですが、そこからの潜入任務……受けて貰えますね?』

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