弱小組織と怪しいキノコ
「いやー、今日も暇ですねー。平和な事は良い事です。うん」
淡い水色の髪の少女が机に伏せた状態で眠たそうに言った。
それに対して丸眼鏡をかけた少年は、少女と向き合う場所にあるソファでコーヒーをすすりながら答える。
「それは結構な事だが、如何せんそれは俺達の金が尽きるようとしている事を意味している」
少女はそのまま体を捻らせ、机にもたれ掛る体勢になると、気だるそうに答えた。
「それにしてはあんまり焦ってるように見えないんですけどー? それに別に依頼が無い訳でもないじゃないですか~。まぁキノコ狩りとかそんなんばっかですけど」
「キノコ狩りか……。嫌だが、ま、まぁ、仕方ない……。生活を繋ぐ為だ……行くか……」
少年は気が乗らない様子で立ち上がると、ポールハンガーにかかっている黒いローブにしぶしぶ手を伸ばす。
「えー。ほんとに行くのですかー? キノコって言っても絶対! 食用なでは無く、裏で売買されるような怪しいものだと思いますがねー」
「では学園からの直々の依頼でも届いているのか?」
「あるわけないじゃないですかー。こんな弱小グループにそんな大それた依頼なんてー。やだな~、も~」
「だったら今の俺たちに残された道はせいぜい民間の依頼をこなして知名度を上げる事だ。行ってくる」
少年は扉を勢い良く閉め、部屋から出て行った。
「あれあれ? 気にしてのかな? まったく……煽り耐性ないんですから」
少女は小言を零すと、ポールハンガーにかけてあった袖口の広いカーディガンを羽織い、足早に部屋を後にする。
「待ってくださいよー。私も行きますってー!」
「さてさて、さっそく町はずれの森にやってきたのは良いものの、キノコなんて手当たり次第に探して見つかる物では無いですしー。依頼人さん、コツとか教えてくれなかったのですか?」
人工的に整備された小道を行く少女が欠伸をしながら質問する。
それに対して少年は地図を片手に、茫然と前方を眺めながら歩きつつもその質問に答えた。
「所定の位置にお目当てのキノコがあるらしい。そしてそこまでの地図を貰っておいた」
「えー。そんな都合良くていいんですかー? それ絶対ダメなやつだー」
「うるさい! 俺だってこんな事好きでやってる訳ではない! 今はただ進むしかないのだ!」
そうしてしばらく話し合っていると、2人はどうやら知らないうちに所定の位置に到着していたのか、怪しげなバスケットを発見する。
「キノコ……狩り?」
辺りを見渡してもキノコらしいものは無く、少女は思わずそう呟いてしまう。
それに対して少年はしばらくそのバスケットを眺めていたかと思えば、唐突にバスケットを持ちだし足早にこの場から去っていく。
「え? 早っ! それ、どこからどう見てもキノコに見えないんですけど。一応ふたを開けて確認してみてはどうですかー?」
少女は足早に歩く少年の後を追いかけながらそう言った。
その助言を受けて少年は一度立ち止まると、バスケットの中に手を入れ、中身を取り出す。
キノコだった。ピンクと紫の斑点柄の毒々しいキノコだった。
「うっわー……。いかにもっ、て感じですね~。ちょっと匂ってみてくださいよ」
少年は少女にそう言われ、自身も少し興味はあったのか恐る恐る鼻へキノコを近づけて行く。
その次の瞬間、少年は思わずふらついてしまい、片手で頭を抱えだした。
「あれ? おーい、大丈夫ですか~?」
少女は頭を抱え込む少年を覗き込む。少年はそこで、
「ふふふふはは」
不気味な声で笑みを浮かべると、唐突に少女の肩を両手で掴み、そのまま地面に押し倒した。
「今の俺は機嫌が良い。特別に相手をしてやろう」
「いたた。どうやら惚れ薬系の原料になるキノコの様ですね……」
こんな状況で少女は少年から視線をそらして、地面に転がるキノコをぼーとして見つめる。
「特別にだぞ? お前のようなぺちゃぱいの相手をしてやるのだからな」
「いったい何の相手をしてくれると言うのですかねー」
少年は少女の話を無視して、少女のカーディガンを破り捨てた。
「ちょちょちょちょっと! お気に入りの服だったのにー! いい加減にしてください!」
さすがに少女も怒りを露にしてそばにあった石を握りしめると、そのまま少年の頭を殴りつけた。少年はいとも簡単にこの場に倒れこむ。
素早く少女は起き上がると、そのまま少年からそそくさと距離を置いた。
「あれ? やりすぎた? おーい、起きてー。寝るのは私の専売特許ですよ~」
少女は遠くから大きな声でそう言った。
そこでやっと少年は頭を抱えながら起き上がる。
「俺はなんて事をしてしまったんだ……」
「まぁまぁ。キノコのせいとは言え、それだけ私が魅力的だったと、それだけの事ですよー。気にする事はないのです」
「馬鹿な……。こんなぺちゃぱいの幼児体型にそんな魅力などあるものか!」
「あれ? 私煽られてる? ここはその煽りに対して怒るべきか、萌え要素とでも言って適当にあしらうべきか……。ただ一つだけ言える事は、そんな身体的なコンプレックスに魅力を感じるのは男だけですよ? 私の様に好きになるべくものを好きなるくらい寛容に生きないとー。と言う事で、キノコのせいとは言え、あんなセクハラをした訳ですが? そこは男らしい寛大さでお詫びにね。おいしいものくらい食べさせて頂いても良いのですよー?」
「ま、まぁ、良いだろう……。無事にこのブツを届けたらな」
「さすがっすー。惚れそうっすー。先輩どこまでもついて行くっす!」
「調子のいい奴め……」
「という事で、ここが依頼主のご自宅ですね。貴族の方でしょうか。なんともエクステリアの装飾品が豪華で、さらには広いお庭。残念な事に家自体の広さはお世辞にも大きいとは言えないものの、敷地全体はやっぱり大きく、綺麗な花に彩られ、噴水までも完備された庭は、まさしく貴族の家! と言ったところでしょうか。一言で言ってしまえば、ずいぶんと派手で悪趣味な家ですね~って感じですか?」
「失礼ね!」
少年と少女が庭を抜けて家の前まで行くと、その家の窓から勢い良く一人の少女が顔を出した。
2人はびくっとしながらも視線をそちらへ向ける。
するとそこには大きめのシャツをだらしなく着衣し、片方の肩を大きく露出させた黒髪の少女が今まさに窓から乗り出してきていた。
少女は両手を前で振って弁解する。
「いえいえ、もちろん良い意味ですよ。形式美って言うのですか? お姫様を攫う魔王様の城と似たようなものですよ~」
「はぁ? まぁ、別にこの際そんな事はどうでもいいわ。それよりあなたたち、私の依頼を受けてくれたグループよね? それでどうなの? キノコあったの?」
少年はバスケットを黒髪少女に差し出す。
黒髪少女は喜んでそれを受取ろうとすると、少年が腕を引っ込めた。
「依頼の物はもちろんこちらにある。しかし一つ聞きたい事がある。どうしてキノコ狩りなどと言う依頼で、こんな怪しいそれも予め用意された物を運ばせたのだ?」
黒髪少女はすたすたと移動し、家の玄関を開きながら答えた。
「それはあれよ。私がキノコ狩りに行って、お目当てのキノコを見つけたのは良いものの、あまりにも良い天気だったのでうたた寝をしてしまった結果、その場所に荷物を忘れてしまっただけよ」
「自分で取りに行けば良いではないか」
少年は少し食いつき気味に再度質問する。
それに対して黒髪少女は、少年から素早くバスケット奪い取り、家の扉に半身を隠しながら言った。
「私は薬の調合で忙しいの。それに素直に忘れ物を拾ってきて……なんて依頼じゃ誰も受けてくれないじゃないの。私だって最初は素直に依頼を出してたわよ? でも誰も来てくれないから……。だからと言って嘘は言ってないわ。事実、あなたたちはこうして私にキノコを届けてくださったもの。何か文句ある?」
黒髪少女は袖口から報酬を勢い良く差し出す。
少女はそれを受け取った。
「いやー、こうも正直に言われると、すがしがしいものがありますね。まぁ、今回はこうしてきちんと報酬も貰えた事ですし、うん、良しとしよう。ありがとございましたー」
少女は深く頭を下げて、少年の背中を押してこの場から去ろうとする。
黒髪少女はその背中に向けて言った。
「きちんと仕事をこなしたグループはあなたたちが初めてよ。また次もあなたたちにお願いするわ」
少女は「はーい。ありがとうございまーす」と大きな声で返事をすると「まぁ、あんな依頼じゃ普通は受けなかったり辞退しますよねー」と静かに小言を零してこの場を去って行った。