正義感
「さて、久々の依頼だ。準備はいいか? ハルシオン」
「まーまーです」
ハルシオンはいつものカーディガンに腕を通す。
オレゴンもまたいつものケープを覆ると、質素な椅子から立ち上がった。
「では行くぞ」
まるで牢獄のような暗い部屋の扉を開けると、薄暗い空の下、各々に武装した数十人が屯していた。また周囲を見渡すと、オレゴン達が居た鉄の箱の小屋が点々と存在している。そしてその鉄の箱の群を大きな鉄の壁が丸く囲んでいた。
簡潔に言うのであればここは砦だった。
そんな中、一人の少女がオレゴンに手を振りながら小刻みにジャンプしながら近付いている。
大きなリュックを背負った小柄で可愛らしい容姿に似合わず、その手にはマスケット銃が握られていた。
「準備は出来た? これより君たちはこれから来るであろう敵を迎え撃って欲しい」
「分かりました。配置先は?」
「ここだよ」
少女はマスケット銃の銃床で土の地面を数回叩いた。
「ここ? ここを守れって……。こんな所まで敵が侵入してくるとなると、それはもはや制圧されたと言っても過言じゃないと思いますが」
「ボクもそう思うよ。でもそれが上の人の命令だからね。そこまで攻め込まれると予想しているんだと思う。さて、それを踏まえてなんだけど、逃げたければ逃げて良いと思うよ。上官のボクが許す。もちろんボクはここで最後まで戦うけど、君たちまで残る必要は無いよ。既に半数の兵士は去って行ったしね」
少女は真剣な顔でオレゴンとハルシオンを見つめた。
そんな中、重たい空気を紛らわすようにハルシオンが明るく言う。
「ですってーリーダー。どうしますー? 退散しますかー?」
「いや、俺達も仕事で来ている。危なくなったら退避すると言う鉄則の元、働かせてもらう」
「……本当に良いのかい?」
「仕事ですから」
「そう」
その少女はそれだけを言うと、頷くオレゴンの腹部を蹴り飛ばした。
そしてマスケット銃を向ける。
「君たちの仕事はボクを止める事。そしてボクの仕事は全て兵士たちに退避を促しそれを終えた後、退避する意思を見せない兵士の抹殺。そして君たちもこれが仕事だと言う覚悟があるならここで死んでも後悔しないよね?」
薄暗い空に発砲された音が響いた。
他の兵士たちが突然の発砲音に驚き慌てるが、広い砦のどこでそんな物騒な音が鳴っているのか掴めず、困惑している。
「やっぱり君は抗うよね」
マスケット銃を蹴る事により軌道を逸らしたハルシオンを睨む少女。
少女は銃口をハルシオンに向けるが、ハルシオンはその銃の先を掴み、そのまま銃口を空へ向ける。
またも空に響き渡る数発の発砲音。薄暗い中で、二人が怪しく点滅する。それにより周囲の兵は争っている三人に気付き周りを囲うが、その中心に居るのが上官であるのか手が出せないようだった。
「これで弾切れですねー」
ハルシオンは小柄な少女を肩で押し倒すと、後ろに飛び跳ね距離を取り、ポケットから取り出した小さな釘を宙へ投げる。
「ハーシャッド式科学魔法展開。劣化版ですが薬無しでも展開出来るようになったし、試させて頂きますよー」
そしてハルシオンの手に二本の釘が握られる。
「君は捕獲対象だから戦闘は控えたかったんだけど、仕方ないかー」
「どういう事ー? 私が捕獲対象?」
「そうだよ」
少女は立ち上がると、銃口をハルシオンに向ける。
「残念だけど弾切れですよー」
「補充すれば良いだけ」
そう言うと少女は片手でリュックを逆さまにして中身を出す。
すると、中から数本のマスケット銃が地に落ちた。
「だから君は生かしてあげる。……でもオレゴン君。君は死ね」
少女は一本のマスケット銃を蹴り、拾い上げると様子を伺っていたオレゴンへ向け、発砲した。
あまりのも不意の攻撃に、オレゴンはそれを肩に受けてしまい激痛からか後退りする。
「リーダー!」
ここで距離を取った事が仇になってしまったと痛感しながらもハルシオンは少女目掛けて駆け出す。
「やっぱりこの銃は命中率に難があるなーっと」
対して少女はマスケット銃を軽く宙に浮かせると、銃口を摘み、接近して来たハルシオンの頭部を銃床でフルスイングした。
想像していなかったその攻撃を受けてハルシオンが怯んでいると、少女は2本のマスケット銃を蹴り上げた。
「けど数打てば良い問題ない」
そして敵が上官だという事を確信し、駆け寄ってくる兵士たちへ無差別に発砲していく。
それにより悲鳴を上げて次々に倒れて行く兵士たち。
しかしそれでも銃弾が追い付かないのか、やがて少女は兵士に囲まれてしまう。
「どうしてこんな事をー……」
うつ伏せにされ複数の男に抑え込まれてもなお抵抗する少女に、ハルシオンは歩み寄って聞いた。
「離せ! ボクは上官だぞ!」
しかし返ってくるのは奇声ばかりで会話にならない。
溜息を付くハルシオンは、少女を無視するように言った。
「ここの守備どうするんですかねー?」
「確かに……どうしたらいいんだ?」
「上官がこんな状態だ。上からの指示も仰げないし……」
兵士たちが困り果てた表情で会話を進める。
しかしハルシオンはそこでハッとなって慌てて、隅で座り込むオレゴンに駆け寄った。
「リーダー! 大丈夫?」
「あぁ。まぁ、重傷ではなさそうだ」
「これからどうするんですかー? とりあえず私たちは撤退しましょうかー」
「仕方が無い。こんな状態じゃ戦えないしな」
ハルシオンとオレゴンがこれからの事を話していると、一人の男が大声で言った。
「こうなりゃ、引くしかねぇな。このクソ上官が狂っちまってる。こいつの命令がほんとに上からの指示なのかも怪しいしな。それに報酬は貰えないんだろ? まったくこいつのせいで散々な目にあったよ!」
男が少女の頭を足で押さえつけた。
ギリギリと嫌な音と共に少女の悲痛な叫びが響き渡る。
「幸い死者は居ねぇが、大怪我した者も居る。ろくでもねぇなこいつは」
一人の男は少女の腕を蹴っ飛ばし、この場を去って行った。
「そう言えばこいつが言うにはこの後、敵がもうすぐ来るんだろ? ここに縛りつけておくか? 生かしていても良い事ないだろ」
「それ名案だな!」
また一人の男は少女を無理矢理起こすとそのままぶん殴り、軽い少女は簡単に地面を転がった。
その様子を見ていたハルシオンは、少女を囲う兵士たちの元へ行こうとするが、オレゴンがハルシオンの手首を掴み制止させた。
「おいおい、お前もあの中に混ざろうってか?」
「リーダー……。今は冗談を言ってる場合じゃないと思いますが」
「でなければ、なぜお前は向こうに行こうとする?」
「分かってて言ってますよね? 止めに行くんですよ!」
表情に苛立ちを隠し切れないハルシオン。
対してオレゴンは、痛みと戦いながら言った。
「あいつは俺たちに牙を剥いたんだ。あの仕打ちは仕方ないだろう」
「でもだからって! 拘束するだけでも十分じゃないですか! もしかしたら事情があったのかも知れないです! もしかしたら操られていたのかも知れないです! それに敵だったとしても、拘束して情報を聞き出せる可能性もあります!」
「そうだな。それも一理ある。でも、お前はこの場を仕切る立場の人間でも無いし、お前があそこに行ったところで何になる? お前も上官の仲間にされてしまうかもしれない。そして同じ仕打ちを受けるかもしれないだろ? それは、俺がお前のリーダーである以上、阻止しなければならない」
「私は……負けません。あんな奴らに。リーダーより強いつもりです」
ハルシオンは錠剤の入った瓶を固く握りしめて言った。
そしてオレゴンの手を振り解く。
「おい! 待て!」
しかしオレゴンは傷を負った方の手も使い、今度は両手でハルシオンの手首を掴んだ。
痛みに表情を歪ますオレゴン。
ハルシオンは背後を振り返る。
気が付けば、痣だらけになった少女が一本の棒に括り付けられ、その棒を立てている所だった。
「リーダー……どうして?」
「お前のその正義感は評価する。その優しさに俺も何度も救われた。だから行かせる訳には行かない」
「どういう事ー……」
「いいのか? 俺にこんな傷を負わせた奴の仲間になってここで死んでしまっても」
「それはーそうですけどー……私は負けませんよ」
「お願いだ。行くな。今回はここいらで退くぞ。分かったな?」
ハルシオンは視線をそらして黙り込む。
そうしてしばらく考えて答えを出した。
「わ、分かりましたよ……」
いつにも無い剣幕でそう言うオレゴンに圧倒されたのか、ハルシオンは納得のしないままこの場を去った。




