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ナンバー5

「今回の件の主犯はあんただな」


「何の事だい? こんな夜中にまったく困るよ。それに君はどこかで見た顔だね?」


 書斎でハーシャッドとオレゴンが机をまたいで会話をしている。ハーシャッドの背後の窓には月光を隠す様に煙が上がっていた。


「悪いが逮捕状は出ている。大人しく捕まってくれ」


「逮捕状? そうか。なるほど。思ったより厄介な所に目を付けられたな……。まったく君たちのような金で動く犬風情に屋敷が荒らされた事に怒りが沸くよ。それで、誰に買われた?」


「こちらの話はどうでもいい。あんたの目的はなんだ? 大体は調べがついているが……。堕落者共に自分が開発した武器を与えていたり、争いを起こしたり起こさせたり。最近事件を起こした人物は決まってあんたが作り出した武器を所持していた。一体何がしたいんだ」


「ほう、そんな事まで……。無能では無いようだな。仕方ない。ならば教えてやろう」


 ハーシャッドは刀を机の下から持ち出し、構えて続けた。


「私の目的はね、君たちと同じだ。力のある集団を作る事。堕落者に武器を与えたのは、私の武器の実用性を試すためさ。まぁ、その為に色々と地道に頑張ってきたが、これからはやり方を変えようと思う」


「それだけではないのだろう? それとこれからがあるとでも?」


「あぁ、そうさ。そして君に私は捕えられない。須臾しゅゆ『クロノスタシス』」


 次の瞬間、ハーシャッドはオレゴンの背後に立っていた。そして一思いに刀をオレゴンの背に突き刺す。が、出来なかった。

 なぜなら、ハーシャッドとオレゴンを隔てる様に一枚の煉瓦れんがの壁が突如現れたからだった。


「久しぶりね。ハーシャッド」


 書斎の扉を開けて堂々と黒髪少女が現れた。その横には男にも女にも見える青年が付き添っている。


「こいつやな。仲間唆そそのかして遊んでたんは」


「そうよ」


 二人はそう言って剣をハーシャッドに向けた。


「やはり君か。そして隣の君は堕落者かな? やれやれ……ぞろぞろと鬱陶しい事だ!」


 ハーシャッドは全力で刀を払った。すると、オレゴンを守っていた壁が音を立てて崩れていく。


「何か勘違いをしていないか? 君たちが束になった所で状況は変わらない」


 さっきまでは見せなかった剣幕に三人は後退りをする。その時、オレゴンの良く知る声が耳に届いた。


「ハーシャッド様ー。無事ですかー?」


 黒髪少女の背後に現れたのはハルシオンだった。


「ハルシオン!」


「リーダー!?」


「助けに来たぞ! 大丈夫か?!」


 オレゴンはハルシオンの元へ駆け寄る。


「え? え? どーいう事ー? リーダーってその人に騙されていたんじゃー……」


 ハルシオンは黒髪少女を指差して言った。


「あぁ、そうだ。そして今も騙されているようなものだがな。けど、お前が無事で安心したぞ」


 オレゴンはそこで話を区切ると、ハーシャッドへ視線を移し、続けて言った。


「ハーシャッド、観念しろ」


「良いだろう。少し相手をしてやろう」


 ハーシャッドは眼鏡を捨て、最初の一歩でその眼鏡を踏みつぶした。そしてそれを機に駆け出し、刀を振るう。

 黒髪少女はそれを回避し、背後からオレゴンと青年が駆け出した。


「須臾『クロノスタシス』」

 

 しかしハーシャッドが魔法名を呟くと、ハーシャッドはまたもやオレゴンの背後に移動していた。

 そしてそのまま背後を確認するオレゴンの胸倉を掴み上げ、力任せに投げ捨てる。

 オレゴンはそのまま壁一面の本棚に吹き飛んでいき、本を散乱させた。


「あの魔法厄介やなぁ……」


「遺伝魔法ね。原理は全然分からないけど、連発できないのも事実よ」


「なるほどなぁ」


「次はお前だ」


 ハーシャッドが駆け出す。そしてまた刀を払った。

 それを黒髪少女が受け止め、青年が反撃に移る。

 青年はナイフを懐から取り出し、ハーシャッドへ剣先を向けた。


「堪忍!」


 剣先が伸びる。

 ハーシャッドはそれを簡単に回避し、反撃に出ようと試みるが、既に背後からオレゴンの奇襲が来ていた。


「近代魔法『イマジナリーソード』」


 オレゴンの手に握られる淡い色の剣。ハーシャッドはそのオレゴンの剣をさらに回避するが、青年のナイフによる次の攻撃に着物の袖を貫かれ、よろめいてしまい、一瞬自由を奪われてしまう。それは様子をうかがっていた黒髪少女にとってこれ以上に無いチャンスだった。


「逃がさない!」


 黒髪少女が一気に駆け出した。そして剣を一気に突き出す。

 そして人体を鋭い物が貫通する嫌な音があっさりと響き渡った。皆が一斉にそちらに視線を向ける。しかしどう言う訳か、皆が視線を向けた先は黒髪少女だった。黒髪少女が口から血を流している。同時に腹部からも大量の血を流していた。人体を貫通させられたのはハーシャッドでは無くて黒髪少女だった。それも剣などでは無くて、ただただ巨大な釘に腹部を貫かれいた。


「ハルシオン!」


 オレゴンが叫ぶ。ハルシオンは気が抜けたように「はーい?」と返事をすると、釘を抜いた。黒髪少女が地面に倒れこむ。

 呆気にとられるオレゴンと青年を、ハーシャッドは両手でいとも簡単に地面に抑え込むと、言った。


「言っただろう? 私の目的は力のある集団を作る事。彼女は立派なその一員だ」


「くそっ! ハルシオンに何をした!」


「私は何もしていないよ。彼女は自分で力を望んだまでだ」


 ハーシャッドは立ち上がると、部屋の入り口へ視線を向けて続けて言った。


「それと、私の作った集団を甘く見ていたようだね」


 ハーシャッドはそこで不敵に笑う。すると大量のメイド達が部屋の入り口に現れた。


「この様子だと君たちの戦力はもう君たち以外には残されていないようだね」


「馬鹿な……」


 オレゴンが信じられないと言った顔で呟いた。


「けど残念だな。てっきり私は、私の力をもっと高く評価してくれているとばかり思っていたからね。君たちの組織のメインの戦力が来ていると予想していただけに実に残念だ」


 唐突にハルシオンが倒れこんだ。


「おや、薬の力が強すぎたか? もう少し様子を見る必要があるな」


 ハーシャッドが横たわるハルシオンに視線を移しながら言ったと同時に、アルデハイドが真青な顔で走って現れた。

 そしてそれを見たオレゴンは呟くように言う。


「お前……! あの時の……!」


 アルデハイドはオレゴンへ視線を向けるが、すぐに視線を前に戻しそのままオレゴンを無視して言った。

 

「主! 緊急報告だ! メイド長がやられた! あのメイド長が手も足も出なかった!」


「なに!?」


 珍しく、ハーシャッドの顔に焦りが現れる。


「おのれ、やはり来ていたか……」


「主。車を用意してます。ここは引くのが得策かと……」


 アルデハイドは部屋の中を駆け抜け、窓を開ける。

 その時、廊下に並んでいた大量のメイド達が、雪崩なだれの様に吹き飛んだ。

 そして静まり返った廊下に、鎖が引きずられる音と共に甲高い声が響き渡る。


「まったくうるさいですよ……。客人に快眠も提供できないのですか、この屋敷の主は。やれやれ程度が知れますね」


 まだ見えない廊下の先からゆっくりとした足音と共に声が聞こえる。

 アルデハイドは焦りながら言った。


「主! 早く! メイド長はこの下にある車に、先に避難して貰っています! なので早く!」


「止むを得んな」


 ハーシャッドは窓から飛び降りた。

 そしてアルデハイドは窓を閉める。


「一丁上がり」


 アルデハイドがそう呟くと同時に、窓の下から銃声が聞こえた。


「どういう事だ……?」


 オレゴンが呟く。

 アルデハイドは、幼い顔には似つかわしくないサングラスを掛けながら返事をした。


「ほら、銃声の音ってうるさいだろ? だから気を使って窓を閉めたんだ」


「違う、そう言う事ではない。どうしてお前は追わない? それにハーシャッドが下に降りると同時に銃声が聞こえたんだ?」


 少し声を荒げるオレゴン。

 対してアルデハイドは冷静に返答する。


「なんだ、そっちか。そんな事も分からないのか。簡単な事じゃないか。主は捕まった。それだけだ」


「裏切ったのか?」


「裏切る? 裏切ったかどうかが重要か? それを知ってどうする? 仮に私が主を売ったとしようが、はなからこのつもりで接触してようが、お前には影響ないだろう? 聞くならこう聞けよ。お前は何者だ。ってね」


 飄々(ひょうひょう)として話すアルデハイドに苛立つオレゴンは歯を噛みしめながら言った。


「……それでお前は何者なんだ?」


「お前と同じさ。とある組織の一員。満足の行く答えだったか? まぁこれからも縁があると思うんで、仲良くしてくれよな」


 アルデハイドが再び窓を開ける。

 それと同時に、甲高い声の男が廊下から部屋に姿を現した。


「どこですか? この屋敷の主は。私は当然の意見を主張しますよ」


 そしてアルデハイドを一目見て言った。


「ほう、あなたは」


「お別れだぜ。ナンバー5さん」


 アルデハイドは突如現れた箒にまたがり手を振りながら飛び去った。


「良い人材なんですが、中々手に入らないものですねぇ。そしてまた手柄を横取りされたと。まったく私の部下は無能ばかりだ」


 ナンバー5の体に纏わりついていた大量の鎖が消え、部屋を後にしようとする。


「皆さん、帰還しますよ。元気な者は怪我をしている者の面倒を見てあげなさい。ぶってでも連れて帰りますよ」


 そして誰も居なくなった部屋で、本棚から本が抜け落ちた。

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