狂気と後悔
「今日は何の仕事をしようかなー。出来れば外に出てリーダーの事、調べたいなー」
数日後。白い朝日が差し込む広間でコルクボートの掲示板を一望しながらそう言ったハルシオンは、すぐに一枚の書類を手に取った。
「近隣? 堕落者?」
「お前に丁度良い仕事なんじゃないか?」
背後から、ハルシオンの持つ書類を覗き込みながらアルデハイドはそう言った。
「へー」
振り向くハルシオン。
「どうやら見張りの奴がこの周りで堕落者と思われる人物がうろうろしてるのを発見してな。その捜索と退治をするのが仕事内容だ」
「じゃあ私はこれにするー」
「今日は別の仕事で一緒には行けないけど、まぁ、死なん程度に頑張れよ」
「はーい」
そこでハルシオンはアルデハイドと別れ、外門へ向かって歩き始めた。
「さて、堕落者を尋ねてしばらく徘徊してみましたが、誰一人も居ませんねー」
ハルシオンは独り言を零すと、草原に仰向けに倒れる。
天気は快晴で、たまに吹く風が心地よかった。
ハルシオンはそこでうとうとしていると、遠くの方から男の声が聞こえてくる事に気が付いた。
「もしや、堕落者ー?」
ハルシオンは素早く起き上がり、近くの木の物陰に隠れると耳を澄ます。
男の声には間違いなかった。しかし、複数の声がする。それも徐々に近づいてきていた。
息を潜めるハルシオン。すると会話の内容が飛び飛びに聞こえてくる。
「これは……堕落者とみて間違いないですねー」
なにやら物騒な会話をしていた。
それもさっきより距離が詰められ鮮明に聞こえる。
『この近くの館にお尋ね者が出入りしているって本当か?』
『たぶんな。そいつをやれば報酬がもらえるらしいぞ』
『ならいっその事、館事ぶっ飛ばすか?』
『まぁ、最終手段としてはありだな。だが、出来れば大事は避けたい。そのお尋ね者さえ殺せれば良いんだ』
『写真とかないのか?』
『それが俺は見た事あるんだよな。そいつを』
『まじか!』
声がすぐ近くで聞こえる。恐らく木を挟んですぐの所に二人居るのだろう。そしてハルシオンには一つ引っかかる事があった。
「どこかで聞いた事のある声……」
ハルシオンは恐る恐る木から覗き見る。それが偶然にも堕落者の一人と目が合ってしまった。
「お前は……!」
「あ、あなたはー……!」
あろう事かその堕落者は、顔に浮かぶ龍のタトゥーが印象的な男だった。
「まさか、こんな所でばったりとはな……。やっぱり俺は運が良いぜ。おい、こいつだ。例のお尋ね者」
もう一人の堕落者が奇声をあげて喜びを表現する。
「この前は酷い目に合わせてくれましたねー。例の三節棍、今は持ってないのですかー?」
「まぁ、自分の目で確かめてみろよ」
男と会話を進めている中、もう一人の堕落者が何の脈絡も無く、ハルシオンに飛び掛かった。
ハルシオンはそれを咄嗟に転がりなんとか回避する。
「不意打ちとは、相変わらず堕落者の方って卑怯ですねー」
すばやく立ち上がり構えを取るハルシオンに対して、もう一人の堕落者は終始奇声をあげてにやにやと笑みを浮かべを懐から刃物を取り出した。そしてまた飛び掛かった。
それをハルシオンはまたもや転がって回避すると、そのまま土を握り、堕落者の顔へ投げつけた。
思わぬ目つぶしを食らい、目を擦る堕落者。その隙にハルシオンは堕落者の懐に潜り込み――
「旋転魔法『スパイラルショット』」
――魔法を唱えて、腹部を強打する。また、それに伴い、激しく回転しながら吹き飛ばされ、木に衝突する堕落者。
木を激しく揺らし、葉を緩やかに落とした。
その葉をタトゥーの男が掴まえ、そして言った。
「あーあ。あいつ伸びちまったよ。雑魚の相手してくれてありがとう。次はおれが雑魚の相手してやる番だな。旋転魔法『スパイラルショット』」
男がそう言って飛ばした葉が、ハルシオンの右頬に切り傷を残し、そのまま飛び去っていく。
対してハルシオンはメイド服のポケットから小瓶を取り出し、さらにそこから取り出した錠剤を口にして言った。
「何言ってるんですかー? 雑魚の役はそのままあなたが続役ですよー」
そう言ってハルシオンが小さな釘を宙に投げ捨てる。
「ハーシャッド式科学魔法展開」
同時に男が駆け出した。しかしその男の前に一本の巨大な釘が落下し、早々に男の足を止めてしまう。
「何を戸惑っているんですかー?」
ハルシオンが腕を払った。すると、その手を追いかける様に数本の釘が現れ、順番に男目掛けて発射される。
男はそれを間一髪の所で回避し、避け切った所でハルシオンに視線を戻した。しかしそこには既にハルシオンはおらず、男のすぐ横で大きめの釘の先端を握ってはそのまま男の頭上に振り下ろしていた。
頭を強打された男はふらつき膝をついてしまう。しかし追い討ちが来る前に、命辛々にハルシオンと距離を取り、霞む目でハルシオンを睨む。
男は頭を摩った。手にはべとっと血が付着し、しまいには血が垂れタトゥーの龍を赤く染めてそのまま目に入りそうになる。
「くそ……前に会った時より遥かに魔力が上昇してやがる」
後退りをする男に、ハルシオンは不気味な笑みを浮かべて駆け出す。そして為す術の無い男の右肩をいとも簡単に釘が貫いた。
悲鳴を上げて倒れこむ男。
「あなたの三節棍と同じですよー。右腕の動きを封じましたからねー」
そして左肩にも釘を突き刺す。男の叫びと共に、返り血を浴びるハルシオン。
「まだ二カ所しか封じてませんよー。あなたの武器は確か三カ所封じれましたよねー? あと一カ所はどこにしようかな~」
まるで泣き声のような悲鳴をあげて、地面を蹴って這いずるように後退りする男。しかし後退りと言っても、ハルシオンにとってそれは、まったく変わらないと言っても良いほどに微動だった。
「まだ二カ所しか封じてないのに、もう動けないのですかー? 強化魔法でも使って走ればどうですか~? 三分間待ってあげますよー」
男は何も言わずによろめきながらも立ち上がり、ハルシオンに背を向けて走った。しかし、すぐにうつ伏せに転んでしまう。それも激痛付きでだ。男は体を駆け巡る痛みの元を確認する。
足だった。右の足首の辺りを、大きな釘が貫通している。そしてあろう事か、その釘が男の動きを封じるかのように、地面に固定されていた。
「冗談に決まってるじゃないですかー」
「くそが……! くそが……!! くそがっ!!!」
男が残った左の足で草原の地面を蹴る。
「あれれ、そう言えば、逃げないんですかー?」
「お前に足を固定されて動けねぇんだよ!!」
「あ、これですねー」
ハルシオンは釘に手をやり、そのまま男の脹脛を裂く様に釘を抜き捨てた。
またしても快晴の空に響き渡る男の悲鳴。
「うるさいですねー。次は声を封じましょうかー?」
のたうち回る男が仰向けに転がった所で、首元に新たに出現させた釘を突きつけるハルシオン。そしてそのまま少し押し込んだ。首から少量の血液が垂れる。
それと同時に、ハルシオンは衝撃が走ったかのように、後ろに飛び跳ねた。
「私はー……。なにもここまでしなくても……」
男は既に気を失っていた。
ハルシオンはポケットから携帯電話を取り出すと、館に電話を掛けた。
「対象の人物の捕獲、成功しました……」
そして携帯電話をポケットにしまうと、そのまま地面に座り込んだ。




