外伝「屋敷での日常」
「お風呂掃除に洗濯。庭の手入れに料理の支度。買い出しに戦闘。忙しいけどその分、その辺で暮らしている人より良い生活を送れているんじゃないかなー。ここで働く人たちはー」
広い大浴場の石のタイルをブラシで擦りながらハルシオンが言った。
その横で並んで床を擦る一人のメイドがハルシオンに返答する。
「そうですね。確かに私もここに来て豊かな生活を送れていると思います。休日もある程度は自由に頂けますしね。戦闘はてんで駄目ですが……そう言えばハルシオンさんは実力を買われてここに来たんですよね? 前は何をしていたんですか?」
「私はー。うん、ここと変わらないよー。一つ違う事を挙げるとすれば、主の為じゃなくて誰かのお願いを聞いて生活していた事かなー」
「でも学園内で生活する以上、最低限の支給があるんですよね? 私は学園を離れて長いですけど、今の学園は仕事をしなくてはならない程にしか支給されないのですか?」
メイドは擦るのをやめてハルシオンを見て聞く。
ハルシオンは手を休める事無く答えた。
「生活する分には困らないよー。ただこんな私でも誰かの役に立てたらなーって思ってー」
「すごい……立派ですね!」
胸の前で握り拳を作るメイドに、ハルシオンはにんまりと笑みを浮かべて言った。
「なーんて嘘だよー」
「え! 嘘!?」
ハルシオンはすたすたと前に歩き出し、メイドに背を向けて行った。
「私はそんな立派な人間じゃないよー。ただ、役に立ちたいと思う人は居るけどねー」
「さてさて次は書庫の掃除でもしますかー」
ハルシオンは腕まくりをしてはたきを握り、本棚の高い位置の埃を本棚と平行に移動しながら順番に落としていく。
そうしてその落ちてくる埃に苦い顔をしていると、一冊の本が本棚から抜け落ちた。
そしてそれは見事にハルシオンの頭上に命中。
めんどくさそうにハルシオンは本に当てられた頭を掻くと、本を拾い上げた。
「胸を……大きくする本!?」
表紙を眺めてそう言ったハルシオンは思わずその本を胸で抱きしめる。そして首を回して周囲に誰も居ない事を確認すると、恐る恐る本を開けて言った。
「ハーシャッド様……もしや巨乳好き? そう言えばリーダーもぺちゃぱいは嫌だって言ってたなー……。男はみんなそんなものなのですかねー」
一人でぼそぼそと呟くハルシオン。
ペラペラと次々にページを捲っていくと、不意に一枚の紙切れが抜け落ちた。
ハルシオンはそれを誰かの胸のメモだと思い、あわよくばそのメモを頂いてしまおうと考えながら紙切れを拾う。
しかしメモに目を通すハルシオンの期待に反して、そこには思いもよらぬ事が書いてあった。
「え……。これってハーシャッド様の研究のメモ……? 武器に関する事が書いているみたいだけど……なんでこんな所にー……?」
ハルシオンが頭の上に疑問符を並べていると、書庫の扉が開かれる乾いた音が鳴り響いた。
ぎょっとするハルシオンは慌ててメモを本に挟むと、そのまま本棚の適当な場所にしまう。
そして扉と開けたと思わしき人物がハルシオンの背に声をかけた。
「あ、ハルシオンさん。今日は奇遇ですね。お風呂掃除の次は書庫の掃除。あたしとまったく同じです」
ハルシオンは背後へ振り返ると、作り笑いをして返事をする。
「そ、そうだねー。奇遇だねー、あははー」
ぎこちないハルシオンにメイドは少し不審に思うものの、すぐにはたきをもって掃除に取りかかる。
ハルシオンもまた、さっきまで見ていた本とメモが気になりながらも掃除を再開した。
なんとなく後付で書いた日常です。




