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新たな生活

「やっほー。元気にしてたかー?」


 ベッドの足に背を預け、うずくまるハルシオンは聞き覚えのある声に思わず立ち上がる。


「なんだぁ? その顔。目の回り赤くしてよー」


 その声の主はアルデハイドだった。ラフな格好でも黒いドレスでもない、メイド服に身を包むアルデハイドが苦笑いをしていた。

 ハルシオンはベッドに腰掛け、むすっとして言う。


「なぜあなたがこんな所に居るのですかー。不法侵入ですかー? 初めて会った時の様に誰かに追われてたりするのですかー」


「なぜって……お前を迎えに来たんだよ」


「なぜ?」


「それは私の主の命令だからな。私の知った事じゃない」


「それって誘拐じゃないですか。第一、あなたの主さんって何者なのかさっぱりですし、それに助けに来たとか言って、私に酷い事したじゃないですか。そんな人の下で働くあなたの言葉なんて信用できません」


 ハルシオンはそのままベットの上で体育座りをしてアルデハイドに背を向ける。

 しかし、直後に響き渡る鉄格子の扉が開かれる音に思わず顔を背後に向けてしまう。


「ま、細かい事は無しにして、こんな薄気味悪い所さっさとおさらばしようじゃないか」

 

「まさか保釈金を払った貴族って……」


「ん? 私の主だぜ? だからお前に拒否権はない。黙ってついて来いよ」












「黙って付いて着いて来たけどー、ここは何ですか?」


「見たらわかるだろ。森だぜ」


 貴族の街を堂々と抜けて、アルデハイドの出現させた箒に二人で跨って移動する事、数時間。

 二人は日が沈みかけ、薄暗くなってきた森の中で、石畳の上を歩いていた。


「ではなくて、なぜこんな所に連れてこられてるんですかー?」


「私の主の館は森の中にある。と言うよりは既にここは主の領地だ。綺麗な森だろう? 道はきちんと作られ、木々が綺麗に生え揃えられている。これも私たちメイドの仕事の一つだからな」


「そう言えば今、あなたはメイド服ですが、過去にメイドとして働いていたと言っていませんでしたかー?」


「あぁ。そうさ。何を隠そう過去にメイドとして働いていた実績がある。ただ、今も続けているがな」


「何か引っかかる言い方ですねー。だったらわざわざ過去形にしなくても良いんじゃないですかー?」


「まぁ、色々あるんだよ。私にも。ここから先はプライベートな事だから黙秘権を行使する」


 そうして二人が会話を重ねている内に、大きな屋敷が姿を現した。

 その屋敷の大きな門をアルデハイドは開錠し、ハルシオンを中庭に通す。

 すると、さっきまでは誰も居なかった中庭で数人のメイドが仕事をしていた。


「え……? 急に人が現れましたー?」


「一種の結界みたいなもんだぜ。外への情報を遮断するバリアが貼られているんだ、この屋敷にはな」


 それから中庭を抜け、屋敷の中をしばらく進んでいくと、ほかとは違う豪華な扉の前へ行きついた。


「主の書斎だ。主は本を読むのが好きなんだ」


 アルデハイドは扉を三回ノックすると、主の返答が返ってきた事を確認し、扉を開けた。


「失礼します。主、例の子連れてきましたよ」


「あぁ、よく来たね。待って居たよ」


 主と呼ばれた人物は、椅子に腰掛け、二人に背を向けながら言った。

 そして椅子の肘置きに頬杖を突きながら椅子を回し、続けて言った。

 

「改めて自己紹介しよう。私の名は、ハーシャッド。一応、この地方を収める上流貴族だ。よろしく」


「よ、よろしくおねがいします?」


「此の所、色々な事があって疲れているだろう。今日はゆっくりと休みなさい。話はまた後日にしよう。アルデハイド、案内を」


 アルデハイドが頭を下げ、部屋の扉を開こうとした時、ハルシオンが大声で言った。


「待ってー! 待ってください! 私をここへ連れてきた理由はなんでしょうか……」


「偶然とは言え、君を、私個人の争いに巻き込んでしまった。その結果、今の君は社会的に死んだと言っても過言じゃない状態なんだ。だからここで働いて貰おうと思ってね。それだけで君の地位は回復する。いや、それ所か、並より良い人生を送れるようになると思うよ。償い……と言えば、嫌な印象を抱かせてしまうかもしれないが、これが私に出来る最良の選択肢なんだ。たとえ、強引だと言われても、しばらくここに身を置いてもらうよ。それに外敵から君を守る事も出来る」


「外敵?」


「あまり言いたくはないが、君は少しやり過ぎた。少しは覚えているだろう? あの街だけに留まらず、あの広い地方で君は大量殺人犯と騒がれているからね。これを言い訳に君を金で買い取って良からぬ事を考えていた連中や、それこそそれを殺しの理由にしようとする連中もやっぱり居るんだ」


「大量……殺人……。だってそれも……」


「薬の副作用だという事も私は分かっているよ。アルデハイドが原因とは言え、それも君を救いたかったからなんだ。どうか、彼女を許してやってくれないか」


 ハーシャッドは立ち上がり頭を下げる。

 その様子を見て困惑するアルデハイド。


「あなただって……私に同じ事……」


「それは少しでも君の罪を軽く出来るようにと思ってなんだ。あの騒動の主犯、君も見ただろう? 怪しげな薬を作る事に長けた中流貴族だ。君も彼女によって生み出された被害者として私は主張した。恐らく少しは罪が軽くなったと思うよ」


「そう言えば……リーダーは……」


「……少し話し過ぎたね。もう今日は休みなさい。君は既に限界なはずだよ。聞きたい事があるならば、後日きちんと答えてあげるから。ね? アルデハイド、案内を頼むよ」


 アルデハイドが俯くハルシオンの腕を引き、二人はこの部屋を後にした。

 そこからハルシオンは薄れる意識の中、アルデハイドに案内され、そのままとある部屋のベッドの上で深い眠りについた。










「おっはよー。調子はどうだー? よく眠れたか?」


 ハルシオンが寝ていた部屋の扉を勢い良く開け、朝の挨拶をするアルデハイド。

 ベッドの上には、既に目を覚ましていたハルシオンが腰掛けていた。


「まぁ、良く眠れましたよー」


「おー、昨日よりはだいぶ元気そうじゃないか。落ち込んだってしょうがないって! ここの生活も悪くないぜ。結構自由だし」


「そうですよねー。落ち込んだってしょうがない! そう思えば元気が出てきましたよー。でもリーダーだけが心配ー」


「あいつは大丈夫だって! 一回私を負かしてるしな! と言う訳だ、さっそくだが、この服に着替えてもらうぜ」


 アルデハイドはそう言って畳んだメイド服をハルシオンに渡した。


「それじゃ、着替えたら一階の広間で待ってるからな」


 そう言って部屋を去って行くアルデハイド。

 残されたハルシオンは窓のカーテンを開けて外を眺めた。

 眩しい朝日がハルシオンを包み込む。


「この部屋二階だったんだー」


 窓辺に頬杖付いて、欠伸をしながら言った。


「隙を付いてリーダーを探さないと……。って言うか、リーダーあいつと戦った事あるんだー」

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