貴族の争い
「まずいな……。街の中は既に鎧の連中がうろうろしてやがる……。それに行先も良く分かってないしなぁ……」
建物の屋根。それも斜面が厳しい屋根の上でバランスを取りながらアルデハイドが言った。
対してハルシオンはある方角を指差して答える。
「たぶんあっち……」
「なぜ分かるんだ?」
「感じるからー」
「これも薬の効果か? まぁいい、だったらそっちに向かえばいいな」
「リーダー、今戦ってるようですよ。なので急ごー」
ハルシオンが急激に走り出した。屋根から屋根へ、飛んでは駆け抜けていく。
それをアルデハイドも必死に追いかける。
「速過ぎるって! それに鎧のやつらに気付かれたぞ!」
「もう着くから大丈夫ですよー」
それからしばらく走り、周囲を見渡すと、地面では二人に並行するように鎧の集団が走っていた。そんな中、お構いなしに走り続ける二人の前に大きなビルが現れる。
「あれなのか?」
「着きましたよー」
二人が一斉に高く高く飛び、ビルのに突入する。
割れたガラスの破片が散乱するその先には、オレゴンと黒髪少女が戦っていた。
「どういう状況ですかー? これ」
ハルシオンが冷静に問う。
対して黒髪少女は両腕を広げ、その問いを無視するように言った。
「ようこそ、私のビルへ。中々イカした登場ね」
「なぜ、あなたがリーダーとこんな所に居るのですかー?」
「そんな事、決まってるわよ。あなたと戦わせる為」
「戦わせる?」
「そうよ。行きなさい」
黒髪少女がオレゴンの肩を叩く。
すると、いつもと違った様子のオレゴンはのそのそとハルシオンに近づいていく。
「リーダー?」
ハルシオンがそう言った瞬間、一気に駆け抜け、ナイフでハルシオンの肩を切り裂くオレゴン。
「え?」
肩を抱き思わず後退りするハルシオンに、オレゴンはそのままナイフを腹部に突き刺した。
その腹部から溢れ出る赤い液体がオレゴンの手へ移り、地に滴る。
オレゴンはその血の上で踏み込み、ナイフを払うようにハルシオンをそのまま地面になぎ倒す。
「弱いな」
オレゴンは追い打ちを掛けようとする。が、アルデハイドがオレゴンの腕を掴み、それを阻止した。
「また会ったな。眼鏡」
アルデハイドが蹴り飛ばす。しかし辛うじてその攻撃を受け止めたオレゴンはその勢いにより、靴底をすり減らしながらもなんとか踏み止まった。そこへアルデハイドが追い打ちを掛けようとした所で、アルデハイドが良く知る人物の声が聞こえる。
「やめなさい。アルデハイド」
アルデハイドが背後を確認する。
「主……? どうしてここへ?」
「ただの用事だよ。その為に君たちはここに居る」
そこへ黒髪少女が割り込む。
「ハーシャッド……遅かったわね。既に二人の決着はついてしまった後よ?」
「なるほど……。でもそう思っているのは君だけかもしれないよ」
黒髪少女がハルシオンに視線を向ける。そこではナイフを抜き取り地面に捨て、腹部を押さえるハルシオンが命辛々に立っていた。
「そのナイフ……随分と古いタイプの武器を使っているようだね」
笑顔で言うハーシャッド。
対して黒髪少女はほくそ笑みながら答えた。
「けど、そのナイフにあなたは負けた」
「それはどうかな?」
ハーシャッドは自身の懐とアルデハイドのポケットからそれぞれ小瓶を抜き取ると、蓋を開け意識が朦朧としているハルシオンに放散した。
するとみるみるうちに傷が癒えていき、ハルシオンが苦しそうにふらつく。
「再開と行こうか」
ハーシャッドがハルシオンの背中を押す。
すると俯いていたハルシオンが前を向き、目に映った黒髪少女に飛び掛かった。
「こいつ……薬のせいで意識が飛んでるのね。やりなさい、オレゴン」
その間に入るようにオレゴンが飛び出してくる。
ハルシオンはすぐに標的をオレゴンに変え、手に巨大な釘を出現させるとそれを突き刺さそうとする。
しかしオレゴンはハルシオンの手首を蹴り上げ、その攻撃を阻止すると、まだ宙に浮くハルシオンの腹部に回し蹴りをして吹き飛ばす。
そしてそのまま血まみれのナイフを拾い上げると、駆け寄ってくるハルシオンに剣先を向けた。
「無駄だ」
オレゴンの言葉と同時に伸びる剣先。それはそのままハルシオンの左肩を貫き、ハルシオンを宙に浮かせる。
「痛い……。リーダー……?」
伸びるナイフを右手で掴みながら呟くハルシオン。その様子を見たハーシャッドが漏らすように言う。
「へぇ。まだ辛うじて意識が残っているのか。あれだけの劇薬を受けて大したものだ。けどここで負けられては私が困るんだがね?」
その問いに黒髪少女が答える。
「どうやら既にあなた側の駒の負けのようだけど、まだ続けさせるの?」
「残念だよ。本当に残念だ」
「これで約束通り、あの開拓地からは手を引いてもらえるかしら?」
「開拓地? あぁ、もしかしてあのスラム街の間違いかな?」
「……」
「私は知ってるよ。君が私の開拓地で堕落者に好き勝手させている事くらい」
「だからどうした言うの? 今更負け惜しみかしら?」
「実に残念だ」
ハーシャッドは刀を構える。
「ちょっと……? 約束が違うじゃない……!」
「約束? 何のことかな? 私は土地を手に入れ、君は一般人同士を怪しい薬で戦わせた悪趣味な小さき貴族として名を轟かせる。私はたまたま近くを通りかかり、その一般人を救う。何か問題かな?」
「そんなに上手く行くと思わないでよ……!」
「都合が良い事に君は魔法薬の精製に長けていると聞く。対して私は魔法薬に関しては乏しい知識しか無くてね。魔法薬を使った今回の戦いにも当然負けてしまった。けど、君よりは賢い。故に、保安組織には既に連絡を入れているよ。君、聞いた所によると、その眼鏡の子を拘束するのに保安組織を利用したようだね? その束縛した子がまるで人形の様に扱われていると保安組織が聞いたらそいつらはどんな対応をするんだろうね?」
黒髪少女は舌打ちをして駆け出す。
「良いじゃないか。幸い、君はお金で釈放して貰える。悔やむことは無いよ。須臾『クロノスタシス』」
唐突に口から血を吐き出す黒髪少女。
気付けば黒髪少女の視線の先からはハーシャッドは消えており、恐る恐る背後を確認すると、そこにはハーシャットが笑顔で立っていた。
そして斬られた背から大量の血液を吹き出し倒れこんでしまう。
「さて、君たちはいつまでそうしているつもりだ。思い出してごらん」
ハーシャッドは返り血を浴びた事により汚れた眼鏡を拭きながら、新たに取り出した小瓶の液体を二人に掛けた。
すると、硬直していた二人の体から力が抜け、その場に倒れこむ。
「危ないところだったね。君たちは私が保護したよ。もうすぐ助けが来るから安静にしておくんだ」
朦朧とする二人の意識が完全に絶えた。