魔法薬とその作用
「さて今は大丈夫でも、いずれ追手は来るだろうから手短に治療するぞ」
抱えられるハルシオンから返事は無かった。目は虚ろになり、弱っているのが目に見える。
アルデハイドは大通りから離れた小路に、抱えていたハルシオンをゆっくりと下ろした。
「あまりこの薬は使いたくないんだがな……」
ポケットから取り出した小瓶から、雫を一滴、ハルシオンの腕に落とした。
すると、溶ける気配も無かった氷が、いとも簡単に消えていく。
「気分はどうだ?」
徐々に目に光を戻していくハルシオン。
「なんだが、眠っていたみたい」
「たぶんそれは薬の効果だな。これは魔力を凝縮したような物で、簡単な魔法なら受け付けない程に魔力を増幅する効果が得られるんだが、副作用として厄介な程に興奮状態になってしまうんだ。それこそ、発狂してしまうレベルなんだが、お前はどう言う訳か落ち着いたままだな」
「それは私がいわゆる病弱体質だからじゃないですかー? 私は昔から魔力の回復がほとんど出来ない子だったのでー」
「へぇー。そうかも知れないな。まぁ、会話が出来るレベルなら話は早い。先を急ごうか」
アルデハイドがそう言って、ハルシオンは立ち上がると、ハルシオンの体からオーラのようなものが発生した。
「これも薬の副作用ですかー?」
「いや、こんな状態になるのは初めてだ。たぶんこれは魔力が具現化したものだな。薬の量を間違えたか……? いや、だったらもっと発狂してもいいはずなんだが……。まぁ良い、今は時間が惜しい。早く行こうかじゃないか」
アルデハイドが動こうと第一歩を踏み出す。すると、その先を塞ぐように鎧を着た人物が現れた。
それを見たアルデハイドは慌てて逆に走り出す。しかしそちらにも鎧が二人を挟むように現れた。
「まずいな……。こいつらは……」
「知ってますよー。貴族による貴族の為の保安組織。人体強化効果のある鎧に身を包んでいるんですよね?」
「詳しいじゃないか。それにしても予想以上に来るのが早かったな」
アルデハイドが冷や汗を流しながら身構えた。そうしているうちにも鎧の数が増えていく。
そんな中、アルデハイドが単騎で突撃するように走り出した。合わせる様に、一人の鎧も走り出す。
『馬鹿が』
鎧の人物が剣を抜き、アルデハイドに斬りかかる。
アルデハイドはそれを滑り込むように回避し、そのまま立ち上がり、鎧の腹部を蹴った。
しかし、比較的大きな音がなったわりには鎧の人物は微動だにしなかった。
「予想以上にバージョンが高い鎧みたいだな。バージョン4って所か?」
『6だ』
鎧の人物は冷静に答えると、アルデハイドを蹴り飛ばす。そしてあろう事かそのままハルシオンに衝突してしまう。
「わ、悪い! 怪我はないか?」
「もちろん大丈夫ですよー」
妙に落ち着いた様子でハルシオンは答えた。
「え?」
アルデハイドはハルシオンに受け止められていた。それも不思議な事に、かなりの速度で飛んできたアルデハイドを受け止めたハルシオンも微動だにしていなかった。
「今ならこれ使えるかな」
ハルシオンは黒いドレスのポケットから、何かを取りだした。アルデハイドが目を細めて確認する。
そのジャラジャラと音を鳴らすそれは複数の小さな釘だった。
「そんなものをどうするんだ?」
「こうするんですよ」
ハルシオンはそれを空に投げる。そんな中、鎧の人物がハルシオン目掛けて、走り出した。
「ハーシャッド式科学魔法展開」
ハルシオンがそう呟くと同時に、巨大な釘が、鎧の人物目掛けて、大量に降り注ぐ。
それの破壊力は凄まじく、金属と金属が衝突する甲高い音を鳴らしながら鎧を簡単に粉砕し、その人物を地に打ち付けた。
その様子を見た鎧の集団が一斉にハルシオンに向けて走り出す。
「ほんとは争い事はしたくないんだけど、仕方ないよね!」
突如手に現れた巨大な釘で、すぐそばまで接近していた鎧の顔を貫く。後頭部から赤い液体を散らしながら倒れて行く鎧。ハルシオンはそのまま地面に釘を突き立てると、見開いた目ですぐに視線を前へ戻し、駆け出した。
そのハルシオンを大剣を持って迎える鎧。タイミングを合わせ、ハルシオン目掛けて剣を振り下ろす。しかしハルシオンはそれをいとも簡単に回避すると、またもや握られるその釘で剣の側面を貫きそのまま地面に固定する。そして剣を拾おうと身を屈める鎧を阻止するように釘に片足を乗せ、鎧の背に特別尖った釘をお見舞いした。
地面に倒れこんだまま動かなくなる鎧。
ハルシオンはその鎧に刺さる釘を引き抜くと、滴る血を眺め、言った。
「ほんとはこんな事したくないんですよー。でも正当防衛ですから」
近くの鎧が銃を連続発砲する。ハルシオンは目前で手のひらを広げると、銃弾の軌道上に釘が現れ、すべての銃弾を弾き飛ばした。そしてそのまま発砲した鎧を指さすと、銃弾を弾いた釘が一斉に鎧の人物へ向きを合わせ、順番に鎧の人物に直進する。
鎧の人物も初弾こそ回避するも、すぐに足を貫かれ、次に肺を貫かれ、動く事すらまま出来なくなった所を次々に串刺しにされていった。
そんな中、一人の鎧が逃げ出す。
ハルシオンはその鎧へ視線を向けると、突如鎧の頭上に出現させた釘で逃げる鎧の脹脛を貫き、地面に固定する。
「あくまでも正当防衛ですから。逃げる者の命は絶対に奪いませんよー。けど」
笑顔で言うハルシオン。そのまま続けて話す。
「逃げない者は、殺します。だから皆さん逃げた方が良いのではー?」
狂気じみた笑みと同時に、突如現れた大きくて細長い釘に、一人の鎧が頭上から綺麗に串刺しにされる。
それを見て臆し、一斉に逃げ出す鎧の集団。
その様子にさらに笑みを大きくするハルシオンは、腕を大きく振り下ろし、逃げる全員の体の一部を釘で貫き、地面に固定させた。
その血腥い中、大勢の人間が跪く状況で、ハルシオンは凛として言った。
「さて、怪我はありませんかー? アルデハイドさん」
「あ、あぁ。私は大丈夫だが……。その武器はどうやって手に入れたんだ……? ハーシャット式だと言ったよな?」
「え? あ、頭の中に勝手に言葉が浮かんだんですよー。それとこれは貰ったんですよ」
「なるほどな……」
「それがどうかしましたかー?」
「いや、そのハーシャッドってのが私の主だ」
「とすると……あの眼鏡の男性があなたの主……」
「まぁ、私達が病院の前で出会ったのは偶然で無かったって事だ。全て主の思惑通り……だったりするのかな? 私にもあの人が考えている事は良く分からんからなー。けど今はそんな事はどうでもいい。お前がなぜか自我を保ったまま強化されている内に先を急ごうぜ」