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私の心はもう、ずっとあなたの傍に……永遠に

 森の中。

 ハルシオンは釘の先に触れる刀を見た。

 そして恐る恐るその刀の持ち主へと視線を移していく。

 そうしてそこに尻餅を付くように座っていたのは、オレゴンだった。

「これで……終わったのー……?」

 深く息を吐いて空を見上げれば、まだ禍々しい渦が空を覆っていた。

「まだ……終わっていない」

 暗い表情でそう言ったオレゴンに、ハルシオンは笑って白々しく言う。

「きっと自然に消滅しますよー。もしそうでならなくても誰かが排除してくれますってー。ナンバー2さんとか、もしかしたら卒業者の方とかー……」

 しかしハルシオンの作り笑いは、悲しげな表情をするオレゴンが振り向き、目が合った事によって消え失せた。

 そしてハルシオンに変わって笑みを作るオレゴンが、優しく言い聞かせるように言う。

「後始末……しないとな?」

 どこかへ歩みだそうとするオレゴンに、ハルシオンは自然に手を伸ばす。 

「行かないでリーダー。お願い待って、置いて行かないで」

 ハルシオンは察した。と言うより、既に分かっていた。たびたび夢の中に現れる桜渦の言葉。そしてそれらが指す意味。どう考えても、オレゴンの死を連想させる。

 そして今ここでオレゴンを行かせる事の意味。それもまた、はっきりと死を意味している。

 絶対に行かせてならなかった。まだオレゴンの事が好きで居られる内に、なんとしても引き止めなければならなかった。

「ねぇ、リーダー。私達が出会った時の事覚えてる?」

 この一言一句に全てが掛かっている。そう思うと上手に話せなくなる。しかしここで何かを話さなければその時点でオレゴンは自分の前から去ってしまうだろう。

 そうしてハルシオンが上手く働かない思考の中で思い浮かべた話が二人の出会った時の話だった。

 オレゴンは気を使って触れてこない話題。しかしハルシオンの中では運命の出来事だった。

 今もその話に自ら触れてこないオレゴンに、ハルシオンから話を進めていく。

「リーダー。あの時、虐められていた私を助けてくれたよねー? 輪になって私を囲ういじめっ子達の中から手を引いて一緒に逃げてくれた。それからもずっと一緒に居てくれて私を守ってくれた。恥ずかしくて言えなかったけど、実は凄い嬉しかったんだよー」

 これだとただの別れの挨拶じゃないか。とハルシオンは数秒前の自分を恨む。

 そこで黙り込んでしまうハルシオンにオレゴンは近寄りながら答える。

「グループ創立の為の授業か……。懐かしいな。確か、一年間住み込みで同じクラスメイトと同じ授業を受けたんだっけ?」

「そうそうー! その時から私はこの人しか居ないって思ってたんだよー?」

 笑顔で言うハルシオンに対して、オレゴンはまた暗い顔をする。

「すまない」

 オレゴンの心を動かす事が出来なかった。反応を見てそう感じたハルシオンはより焦る。

「リ、リーダーは頑張り過ぎなんですよー! たまにはさぼりましょー! 私なんて一年間ずっとさぼりっぱなしでしたよー。それでもほら、資格も取って卒業出来たんですからー。なんとかなりますってー!」

「それで無事に卒業できたのがほんと凄いよな……。まぁ、おかげで俺のグループがお前に任せられるのだから感謝しないとな」

 オレゴンから発せられる明確な別れの言葉。

 もうハルシオンが平然を装る事は出来ない。叫ぶ。

「……い、行かないでって言ってるじゃないですかー! 私が行かないでって言ってるんだからリーダーは行くべきじゃないんです!! 私がなんとかなるって言ってるんだからリーダーもなんとかなるって笑って帰れば良いんです!!! わがままと言われても自己中心って言われても私はリーダーに行って欲しくないんですー!!!!」

 そこで涙をボロボロと流してオレゴンを見つめる。そしてよたよたとオレゴンに歩み寄り、そのままオレゴンの腰に両手を回して続けた。

「もう私はリーダーの居ない世界で生きていけないんです」

 胸元に顔を埋めるハルシオン。シャツが湿っていく。

 オレゴンはハルシオンの水色の髪に手を通し、そのまま頭を撫でながら言った。

「最後くらい名前で呼んでくれよ」

 最後。その言葉が引っかかる。ハルシオンはオレゴンの背の服を強く握り、見えない場所で歯を食いしばった。そしてすぐに力を抜いて言う。

「辻風……」

 オレゴンがハルシオンの頬を両手で押さえ、無理矢理上を向かせる。

 満面の笑顔だった。 

 自分はこんなにも情けない顔をしているのに、オレゴンは幸せそうな表情をしていた。

 そして明るい声で言う。

「酷な事を言うかもしれんが、どうしても言いたい。聞いてくれ」

 オレゴンはそこで一息ついて続ける。

「俺はお前が好きだ。大好きだ――」

 突然な事に驚愕する。しかしその言葉は今……聞きたくなった。

「――愛している。世界一お前を愛してる――」

 同じく愛してる。けどやめて。今は嬉しくない。止まって。

「――世界の何事よりも大切で、お前に適う物も無かった――」

 そんな事は私も同じ。辛い。だから今はそんな事言わないで。

「――だからそんなお前に愛される俺は、世界の誰よりも、お前よりも、ずっと幸せ者だ」

 ハルシオンの唇に、オレゴンは自らの唇を重ねる。

 現実に戻されるハルシオンは瞼を固く閉じると、オレゴンのシャツをシワになるくらいに握った。

 涙が頬を伝い二人の間に挟まれ曖昧になるのを感じる。自分でさえ自らの涙で塩辛いのに、相手はどう思っているのだろうと、変に冷静になった所でオレゴンが離れた。

「リーダーのばかぁ。ばかー」

 もう何も考えられない。思考が停止してしまったハルシオンはただ頭の中に浮かぶ言葉しか言えなかった。

「微睡。今までありがとう」

 俯くハルシオン。オレゴンが背を向けこの場を去ろうとする。

 そこでハルシオンの中に初めから浮かんでいたある思考が強く表面に現れ始めた。

 それは考え込めば考え込むほど恐怖に返還され、ハルシオンの鼓動を早める。

 しかしそれは、オレゴンはとっくに乗り越えた恐怖だった。

 そしてハルシオンも覚悟を決める。

 そのままオレゴンの背にその覚悟を吐き出す。

「リーダー?」

 オレゴンの歩みは止まらない。

「一緒に死のう?」

 オレゴンの歩みが止まる。

 馬鹿な事を言うな。とオレゴンが言う前に、ハルシオンはオレゴンの手を取り続けた。

「一人で死ぬだなんて寂しい事、言わないでくださいよー。辻風は、最後の瞬間を一人で過ごすのって寂しい事だと思いませんかー? だから私が最後までずっと一緒に居てあげますよー。古い考えかも知れませんが、男を見送るのも女の務めだと思ってます。だから私が辻風の最後の鼓動を聞いて、辻風の吐く最後の息を私が吸って。そのまま……一緒に逝くの」

 ハルシオンはそこでオレゴンの前に回り込むと、そのままオレゴンの手を掴み、自分の胸元に当てて続けた。

「私の心はもう、ずっとあなたの傍に……永遠に」

 決断は出来た。後はこの人がなんと言おうが共に逝くだけ。


 しかし冷酷なる運命はそれすらも許さなかった。


 不意に唐突にそれも乱暴に、ハルシオンがオレゴンの手を払い飛ばす。

 そして、

「き、気持ち悪い……。なに人の胸に気安く触れて居るんですかー」

 冷たい冷たい声で、吐き捨てる様にそう言った。

 オレゴンもまた、今のハルシオンの状態は把握していた。

 優しくハルシオンへ微笑みかけ、撫でる様に頭の上に手を触れる。

 しかしハルシオンはそれもまた、雑に払い除けた。

「不愉快なんですよー。誰も居ないからって、しれっと触れないでください」

「悪かったな……お前にそんな役をさせてしまって」

「はー?」

 オレゴンはその場に立ち尽くすハルシオンに背を向けて、歩み出す。

 そんなオレゴンの背に、ハルシオンは尋ねた。

「どこに行こうと言うのですかー?」

「不愉快なんだろ? 悪かったって」

「……そうです」

「もう二度と、お前の前に姿は現さないよ」

「……当たり前です」

 その言葉を最後に、オレゴンとハルシオンの距離はどんどん離れて行く。

 そうして叫ばなければ声も届かない距離まで離れた所で、ハルシオンは大声で叫んだ。

「私に何をしたんですかー!」

 オレゴンは前を睨んだまま、首を横に振る。

「……何も」

「そんな……だって……嘘……。私、今こんなにも泣いているのに……」

 そこで振り向いてしまったオレゴンが見た者は、溢れる涙を腕で拭って泣きじゃくるハルシオンだった。

 胸の辺りに痛みが走る。オレゴンも限界だった。要らぬ心配を掛けまいと平然を装っていたが、完全に自分を押し殺せる程オレゴンも強くなかった。

 下唇を噛み締めて、震える声を漏らす。

「ごめんな……幸せになってくれ」

 そこでオレゴンはすぐに駆け出した。耐え切れず流れてしまった涙を決して見せぬように。

それがオレゴン出来る最後の装いだった。

最後が駆け足だったのは自覚しています。

もしかしたら加筆するかもしれません。

悩みに悩んだのですが、ひとまず終わらせようと言うのが、出した結論でした。

良い作品を生み出せる人はたくさん居ますが、それを終わらせるのはそれ以上に難しい事だと思います。

ではではここまで読んでくださってありがとうございました!!

あ!後日談とか書くかも?

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