タイムアップ
オレゴンは古めかしい扉を開けた。
すると、そこには廃墟のような場所で不釣合いな玉座に、黒髪少女が座っていた。
「遅かったわね」
「お前、そんな趣味の悪い場所でなにをくつろいでいる?」
「失礼ね。お生憎様だけど、あなたの友達は居なかったわよ。けど、私の目的の物は取り返したわ。これで依頼終了よ」
「おいおい、やけにあっさりしているじゃないか」
「だって、そろそろタイムアップの時間よ?」
「何の事だ?」
「さん……に……いち……」
黒髪少女がゼロと言う前に、オレゴンがその場に崩れ倒れた。
「なんだ……? これは」
「言わなかったかしら? 薬の副作用。まぁ、ひ弱な体に無理を言わせて魔力消費した代償よ」
「思ったより、辛いな……。それにしてもハルシオンを助けなければならないと言うのに。当ては外れるは、こんな状態になるは……」
「大変ね」
「さっきからほんと他人事だな」
「だってタイムアップの時間よ」
「今度は何が?」
少し苛立ちを見せるオレゴン。対して黒髪少女は立ち上がると、またもや小声でカウントダウンを始め、それがゼロになると同時に、どう言う訳か古めかしい扉を破壊する勢いで鎧を着た集団が雪崩れ込んできた。
『対象の堕落者を確認。これより捕獲作戦へ移行する』
『急げ! 既に対峙した後だ!』
『救出者の状態を確認しろ!』
無線による慌ただしい会話が響き渡る。
「学園からの救援か?」
オレゴンが呟く。首だけを捻って周囲を確認すると、武装集団の一部が黒髪少女を取り囲もうとしていた。
「待て! そいつは堕落者ではない!」
動かない腕を無理やり伸ばして訴える。
『ああ、もちろんだ』
オレゴンに銃口が突き立てられた。
「どういう事だ?」
『堕落者を捕獲した』
『救出者はほぼ無傷だ』
『よし、撤退するぞ』
銃口を突き立てた武装員はそのままオレゴンを押さえこみ、オレゴンを無視するように会話を進めている。
「おい。どう言う事だ!」
足掻くオレゴン。
すると、爆音と共に、オレゴンの頬を一発の銃弾がかすめていった。
『おい! 救出者に当たったらどうするんだ!』
『まぁ、待てよ。堕落者を黙らせるにはこれくらいが丁度良いんだ』
武装員が言ったように黙り込んでしまったオレゴンは、既に何も出来なかった。薬の副作用も相まってぐったりとしている。
そんな状態のオレゴンに黒髪少女は近付いた。
『危ないですよ』
「まぁまぁ」
止める武装員の注意を軽く受け流して、オレゴンの耳元で呟いた。
「救済依頼は出しておいたわよ。もっとも、学園にではないけどね。あ、それともうひとつの薬の副作用を教えてあげるわ。それは――」
そこでオレゴンの意識が完全に途絶えた。
白いベッドの上でハルシオンは目を覚ました。ゆっくりと起き上がり、周囲を見渡すと白いカーテンが揺れている。カーテンと逆の方角へ視線を移すと、そこには見慣れない着物の男性が今まさに部屋に入ってきているところだった。
「やぁ、気分はどうだい?」
「ここは……」
「病院だよ。まぁ、もっとも病院と言っても、人を寝かせて置くくらいの施設しかない名前だけの場所だけどね」
「そうかー……。私あんな堕落者に……。あなたが助けてくれたのですかー?」
「僕は何もしてないよ。気を失っていた君をここへ運んだだけさ」
「でも傷が治ってますよ?」
「あぁ、それはここの設備じゃまともな治療が出来ないと思ってね。傷だけは僕の科学魔法で治癒させておいたよ。それと眠っている女性を男の家に連れ込む訳にも行かないからね、この病院を選んだけど迷惑だった?」
「いえ、とんでもない。ありがとうございます」
「……見たところ、君はこの辺の人間じゃないね? どうしてこんな危ない場所に?」
「それは依頼で……」
「あぁ、なるほどね。分かったよ」
男性はハルシオンの言おうとしたことを早々と察すると、静かに立ち上がり、部屋を出ようとする。
「君の状態はむしろ良好だよ。あとは帰っても良いように手続きを済ませているから、好きなタイミングで出てお行き。それから目的を果たし、速やかに帰りなさい。あ、それとポケットに護身用の武器を忍ばせて置いたから必要であれば使いなさい」
「あ、ありがとうございます」
一人残された部屋から、ハルシオンも速やかに去った。
「おかしいですねー。リーダーがまったく反応してくれない」
ハルシオンは携帯電話をポケットにしまい、魔法を詠唱する。
「探知魔法『マーキング』……まさかこんな所で役に立つと思わなかったなー」
ハルシオンの手の甲に小さな魔法陣が現れる。
「勝手に印付けてたって知ったら怒るだろうなー」
ハルシオンはその魔方陣を目印に動き出そうとする。
しかし、その第一歩目を早速止めてしまった。
「え……なんでこんな遠くにいるんですかー……?」
ハルシオンは魔法陣に触れてそこからさらに細かい情報を得ようとする。
「リーダーの居るところって、確か貴族の住む街? またなんで一般人じゃ入れもしないような所に……。どうしよう……」
「お、こんな所で会うとはな」
急に背後から話しかけられ、少し驚いたように振り返るハルシオン。するとそこには以前、授業を抜け出した時に出会った追われていた金髪の少女が、Tシャツにジーパンと随分とラフな格好で立っていた。
「あ、なんだ、あなたですかー。あれからどうなったのー? 逃げ切れたのですか~?」
「もちのろん。そんな事よりお前はこんな所で何をしているのだ?」
「人を探しているんですよねー。眼鏡を掛けた少年と、黒髪ロングの少女を見かけませんでしたー?」
「随分とアバウトな質問だな。だが偶然な事に私が探しているお尋ね者も黒髪と眼鏡野郎だったな」
「これは偶然にしては出来過ぎ……な気がするのですが~、とりあえずはあなたがどうしてその二人を探しているのか先に聞いておきましょう」
「簡単な事だ。依頼だ。私の主の」
「主からの依頼……雇われの身なのですかー?」
「いや、命の恩人だから特別にそいつのボディガートとして食い扶持を稼いでいる」
「命の恩人だからか、単に稼ぎとしてか良く分からない理由ですが、それはーそれとして、探し人はこんな人だったりします?」
ハルシオンは携帯で画像を見せる。すると、少女は激しく頭を縦に振って答えた。
「なるほど……あなたがどう言った理由で私のリーダーを探しているかは分かりませんが、どうでしょうかー。前の喧嘩は水に流して一緒に探しませんか?」
「なるほど、それは名案だ。お前は戦力を得て、私は案内人を得ると」
「理解が早くて助かります」
「おう、よろしくな。私の名はアルデハイド」
「ハルシオンです。よろしく」