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蝕喰(しょくばみ)  作者: 犬丸
蝕喰=♂・ナオト編
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第一章・7  「素直な心」

 臆病者――。

 背筋が凍りつくようなユズキの黄金の目に、瞬きが出来なかった。




「(なんだ……こいつ……)」




 睨まれているわけでもなく、殺気を放たれているわけでもない。それなのに怖いと感じたのだ。


 ユズキは何かが引っかかるような奴だった。初めて公園で目にした時も、そう広い場所でもないのに、俺とヒロトは朝から遊んでいたにも関わらず彼女の存在に全く気がつかなかった。


 当時の記憶を掘り返すと、いっそう疑問は膨れあがる。


 あの大きな声を聞くまで他に公園を出入りする人の気配はなく、ましてや虐められているイツキが居たため他の子は公園に近寄ろうともしていなかった。


 ましてや公園は高いフェンスで囲まれている。では、いつからそこに居たのか。


 まるで幽霊のような存在に思え、金縛りにあったみたいに全く動かない体は、恐怖からか俺の心を剥き出しにしようとしていた。


 両親がいない気持ちは理解出来るから、イツキにはどこか似たようなものを感じていた。だけど、俺たちは似ているようで似ていない。よく考えてみれば、失う怖さを知らないイツキに悲しさなんてものはわからない。


 そう、こいつには生まれた時から両親がいない。

 

 その時、俺はようやく自分の本心を見いだす事が出来た。

 



「……なあ、イツキ。両親を喪うツラさも痛みも何も知らないお前が、なんでそんなに悲しそうに笑ってんだよ……」




 両親がいないのに笑えるイツキにムカついていたんじゃない。俺は、その苦しみを知らないはずのイツキがわざわざ作り笑いを浮かべている事に腹が立っていたのだ。


 同情を引くためなのか、友達欲しさなのか、理由はなんだっていい。その嘘の表情のせいで、俺は大事な物を奪われた。


 俺の問いに口角を下げたイツキは今にも泣き出してしまいそうで、そんなイツキに代わって口を開いたのはユズキだった。またあの凍りつくような目で俺を捉えている。




「この愚か者め。お前の過去に何があったかは知らんが、孤独感を比べたいのなら、今現在親がいないという点ではどちらも抱く気持ちは同じだろう。……どちらも孤独ではないのか?」


「――っ、家に帰っても誰もいないし、今まであった生活のニオイすら消えたんだぞ!? あの感覚を同じだとは言わせない! それに、友達に嘘をついた事は一度だってない! どれだけ孤独だって思っても、わざわざ作り笑いをしてまでっ……」




 我に返って慌てて口を塞いだ。


 俺はいったい何を言っているんだろう。両親が死に、全ての日常が変化し、孤独に耐えたあの日々を今ここで話してどうするんだ。前の世界での事なんて、誰が信じるだろうか。

 

 これ以上話すと、また赤ちゃんの頃のような暗い気持ちに苛まれる。




「もういい……。俺の気持ちは誰にも理解出来ない……」




 立ち上がり、イツキに一言謝った俺は、この場にいるのが耐えきれなくて背中を向けて歩き出した。重くなった足取りは地中深くまでめり込んでしまいそうだ。すると、立ち去ろうとする俺をユズキは呼び止めた。振り向くと、もうあの凍りつくような目じゃなくて今まで通りに戻っている。




「何も知らない僕たちに、お前の気持ちなんて理解出来るはずがないだろう」




 ユズキの言葉に脈を打つ心臓はとうとう悲鳴をあげてしまった。唇を噛み締めると、口の中に血の味が広がって頭にはあの知らないおじさんが出てくる。何の音も聞こえず、静寂の記憶の中、おじさんの口は両親の死を告げていた。




「なぜ泣くんだ。イツキの事が嫌いなら涙など不要なはずだ。だが、そうじゃない。お前は同じ痛みを知る者だとわかったから意識しているんじゃないのか?」


「でも、もう喪った人は戻ってこない……」


「そのツラさがわかるのなら、同期を傷つけるような言葉を吐くな! 痛みを知りながら、自分と同じような者を増やしてどうする!」


「そんなつもりはっ……」



 イツキに同じ痛みを与えたかったわけじゃない。俺はただ、自分の大切なものを奪われたくなくて、あの時の恐怖を味わいたくなくて――。


 喉まででかけたそれを胸の奥底に押し込んだ。


 俺の口から出てきた言葉は、あのおじさんと何ら変わりないと思ったのだ。胸を抉るような、耳に焼き付いてしまうようなそんな言葉を俺は平気で口にした。


 生まれた時から両親がいないとしても、それを告げられた時、イツキはどんな気持ちで聞いていたのだろう。イツキの泣きそうになった顔を思い出して俺は激しく後悔した。きっと、俺も同じ顔で両親の死を知ったはずだから。

 

 ユズキの言う通りだ。例え死んだ時期が違っても、あるいは世界が別だとしても、抱く気持ちは同じなんだ。


 両親の死を告げられた瞬間を何度も夢に見た。俺一人だけが生き残ってしまった事を、まるで恨んでいるかのように。

 

 あの頃の俺は弱くて、もう一つの夢の中に隠れた。逃げて逃げて逃げて、二度と見たくない、思い出したくもない記憶を必死に頭の中から消そうともがいていた。


 一人でも頑張らなきゃって意気込みは、押し潰されそうなプレッシャーと苦痛しか与えてくれず、どこに行っても両親の死を囁かれ同情の目を向けられる。


 俺はどこにいるんだろう? その目には俺が見えているのか?


 どれだけ勉強しても、結果を残して褒められても、見られているのはブランド化した「不慮の事故」だけだった。結局俺は、それに隠れている存在なんだって思い始めて、仕舞いには学校にも行かなくなった。


 だけど、この世界に生まれて、久しぶりに俺を見てくれる人と出会った。それは走流野家だ。ビビリなくせに口は達者で、なかなか素直になれない俺をその目でしっかりと見てくれた。

 

 俺は確かに救われた。それなのに――。




「イツキ、ごめんっ……。独りは怖いよな……。お前の方がっ……」


「気にしてないよ。俺は大丈夫だから、泣かないで」


「――っ、でも!!」


「ナオトは独りじゃないよ」




 小さく息を吸いこむと、顔の中心にこれまでの様々な感情が集結しやがて涙となって溢れだした。


 背中を擦ってくれるイツキの手はとても暖かく、何も言い返さないイツキの優しさが身体中に染みこんでいく。


 その後、落ち着きを取り戻した頃、ユズキは四人での勝負を持ちかけてきた。山のふもとから頂上まで誰が先に辿り着けるか、楽しみながらやろうじゃないか、と。


 四人が片膝をつき、短距離走の時のような体勢になった。深く息を吸い、見えないゴールを捉え合図と共に一斉に走り出す。


 この時、俺は心の底から笑っていた。サボってばかりのイツキは混血者なんて比にならないほど速く、ヒロトはいつも通り少し先にいて、言い出しっぺのユズキは俺と同じくらいだ。


 ゴール手前でユズキと揉み合いながら転がり込み、空を見上げながら馬鹿みたいに笑った。二人揃ってビリだな、なんて言いながら、担任の怒声を無視してこの時間を楽しんでいる。

 

 この世界に生まれて十一年、きっと俺は今この瞬間にようやく素直になれたんだと思う。




「ってか、ユズキって女の子なのに僕って言うんだな」


「僕があたしなんて言ってみろ。気持ち悪いだろう?」


「はは! たしかに!」




 やって来たヒロトに起こされた俺は、学校に戻りながら訓練校に入学してから最悪だった三年間を埋めようとしていた。そして、三人の仲間入りを果たし、残り数ヶ月だが今まで以上に楽しい学校生活がスタートしたんだ。

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