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蝕喰(しょくばみ)  作者: 犬丸
蝕喰=♂・ナオト編
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第一章・6  「身体能力」

 訓練校も残り数ヶ月――。


 登校すると、掲示板に成績表が貼られていた。


 人集りの間を通り抜けて前に出ると、混血者と人間で分けられた成績表はトップからビリまで名前がずらりと並んでいた。


 訓練校の成績は二通りあり、筆記試験順と体力測定順に名前が記載されている。毎度のこと、決まって体力測定のトップを飾るのは、混血者は旧家の男の子で人間はヒロトだ。二人とも筆記は苦手みたいだけど、互いに意識しているからか絶対にこの地位だけは譲らなかった。


 ところが今回、混血者の成績のトップの名前は旧家の子ではなかった。そこに記載されているのは――。




「イツキ……?」




 いつの間に追い抜いたのか、イツキが首位に立っているではないか。




「そういえば、イツキは優秀だってヒロトが話してたっけ……」




 ちなみに、体力測定順の二位を陣取っているのは俺だ。俺たち兄弟は入校した日からこの順位をキープしていた。


 なぜだか理由はわからないが、俺たちには人間離れしたところがある。


 百メートル走を四秒台で走った時は自分でも驚いたものだ。先生は、「さすがセメルさんの息子だ」と褒めてくれて、あの時だけは舞い上がった。


 小学生の頃、「俺は強い!」って思い込んでいた自分を思い出し、カナデに格好いいところを見せた事もあって自然と胸を張る事ができた。


 それはさておき、今日の授業は山の頂上を目指すだけの簡単なものだ。


 北闇の壁の中にある山だから三種の生き物に襲われる事もない。変わらずイツキや柚姫と一緒にいるヒロトを横目に、パン! と鳴り響いた合図と共に走り出した。


 俺はまだあの二人と親しくなれずにいた。


 木の幹に手を伸ばし、それをバネに前へ踏み出す。太い根を飛び越え、ハンターの襲撃を想定し茂みを避け、俺は誰よりも先頭を走っていた。


 聞こえてきた足音に隣を見ると、半獣・半妖化した混血者たちが俺を追い抜いていく。それぞれ犬種の違う犬のような姿をした者たちと、蛇の鱗模様(うろこもよう)を肌に浮かばせたカナデだ。


 髪をなびかせながら「頑張って」と声をかけてくれた彼女のおかげで、俺の体はさらに力を結集し強く地を蹴った。


 混血者と俺では、木の幹をバネに体を前に引っ張る強さや地を蹴る強さに差がある。

 

 混血者の爪はひとつひとつが犬のように厚くて太く、太ももや脹ら(はぎ)は膨張し、それによって筋力は倍増する。つまり、進む速度が違うのだ。


 このように、普段の混血者の見た目は誰もが同じに見え、力も同等に感じるが、変身されると一気に差が生じる。


 それと、俺が犬種が違うと言ったのは肌を覆う模様や目の色、顔つきや各々の能力にあった。一つ例えで挙げるなら、旧家の子で成績上位にいた男の子だ。


 半獣化すると彼の肌はほとんどが黒くなり、首元や指先だけは白くなる。目は薄茶色に光り、口呼吸する度に見え隠れする歯は全てが尖っている。これは聞いた話だが、攻撃的な性質を爆発させ、一度噛みつくと死ぬまで離さないらしい。


 普段の姿はこんがりと焼けた健康的な肌で、女子にモテまくる俺様な性格をした男の子であるが、このように他の旧家の子も同じで、普段の姿とは違った変化が見られ、それぞれ独自の性質を持っている。


 こういった訓練の間は何も考えずにすんだ。ただがむしゃらにゴールを目指し、混血者の背中を追いかけるだけでいい。それなのに、今日はいつもと違った。


 ゴール手前で足を止め、後ろを振り返る。


 いつもなら目の間にはヒロトがいるはずなのだ。


 少しずつ体が熱くなるのを感じゴールに背を向けた。




「なにしてんだよ……」




 通ってきた道を逆走してヒロトを探した。山を下りていく度に苛立ちは増し、奥歯はキリキリと音を立てた。

 

 せめて、訓練の時くらいはいつも通りでいられないのだろうか。




「いい加減、ヒロトの目を覚ましてやらなきゃな……」




 一刻も早く見つけ出さなければ――。そう思うと、自然に下山するスピードは速くなっていった。そして、イツキの姿を視界に捕らえた瞬間に、俺は右手を握りしめ拳を作っていた。もう我慢の限界だった。




「――っ、お前! いきなり何をするんだ!?」




 情けない事に、ビビリな俺は拳をお見舞いしてやることが出来ず、虚しくも地に叩きつけるしかなかった。そんな自分に更に腹が立ち、俺を怒鳴りつけたユズキを思わず睨んでしまう。




「お前には関係ない。……なぁ、ヒロト。こんな所で……こんな山のふもとでっ……なに道草くってんだ!!」

 



 頂上までどれだけ時間がかかるか、自分の過去の記録を塗り替えていくこの授業。ヒロトはまだスタート地点から数メートルほどの場所にいたのだ。


 山の頂上までおよそ三キロ程度だが、俺たちなら十五分で終わる簡単な授業なのに、ヘラヘラと笑いながらサボっていただなんて信じられない。


 間に割って入ってきたイツキは、自分のせいだと頭を下げた。だけど、そんなもので俺の怒りが収まるはずもなく、イツキの緑色の髪の毛を鷲掴みにして地に押しやった。




「ああ、そうだよ。全部お前のせいだ……」




 人間離れした俺の力は、イツキの頬骨を右手と地面でサンドイッチにする寸前だ。メキメキと音を立て、もう一押しすれば折れるだろう。


 そんな時、俺を突き飛ばしてイツキを立たせたのはヒロトだった。




「なんで……」




 どうしてイツキを庇ったのだろう。


 体から全ての力が抜け、静かに垂れ下がる俺の両腕。こちらを見るヒロトの目は飛び出しそうなほど見開いていて、ユズキの睨みなんて比べものにならなかった。


 呆然とする俺にユズキはこう言い放った。




「この臆病者が……」




 届かない場所に痛みを感じ、呼吸は小刻みに震える。この世界に生まれて初めて面と向かって言われた言葉だった。

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