第一章・4 「生存率0%」
父さんによく聞かれることがある。
なんで俺まで訓練校に入校したのか、と――。
理由は単純だ。一つはヒロトが入校したからで、もう一つは自分を変えたかったからだ。
俺は前も今もビビリのままだ。怖くて、未だに帰って来ない母さんの事すら聞けずにいた。
父さんは俺の性格をよくわかっていた。だから心配になったんだろうけど、入校して後悔がなかったかと問われれば、その答えはNOで理由は三つある。
まず第一に、この世界にいる生き物について説明しよう。
この世界には、獣・妖・ハンターの三種の生き物がいて人間を襲ってくる。獣とハンターは肉を喰らい、妖は魂を奪うのだ。妖に限っては、滅多に出くわす事はないらしい。
三種の中で最も恐れられている生き物はハンターだと先生は言った。姿は人間に近いのに、大きさはウサギくらいの小ささで、眼球がなく口が顔の半分を占めているのが特徴だ。下半身には草で作ったスカートに似た物を巻き、茂みに身を隠しながら人間が通るのを待ち構えている。そして、群れで襲ってくる。
これがこの世界にいる人間以外の生き物だ。
第二に、この三種と戦う組織について説明する。
闇影殺滅特殊部隊――通称・闇影隊。
この組織は、もともと王家と呼ばれる貴族にのみ存在する組織だったそうだ。いくつか伝記も残っていて、鬼退治に妖退治など、その多くが化け物退治として歴史に残っている。しかし、いつからか三種の数が急激に増え始め、王家内では手に余り、今では北闇や他の国にも闇影隊が置かれている。
つまり、闇影隊とは、増えてしまった三種を討伐するためにある組織であり、俺はその訓練学校に通っているというわけだ。
第三に、混血者と呼ばれる人間について説明する。
混血者とは、獣と妖の血を引くハーフみたいな人の事だ。体の一部を傷つけると姿に変化が現れ、これにより半獣化・半妖化してしまう。
学校にも旧家の混血者が数人いるけど、結束が固く、どこか近寄りがたい存在でもあった。
彼らのような混血者はさらに二種類に分類されている。普段は人間の姿をしている人を軽度、普段から姿そのものが半獣・半妖化している人の事を重度としている。重度については、先生は伝説だと説明していた。
授業でこれを学んだ時、俺は激しく後悔した。
父さんは必ず帰ってくる。だから、それほど不安にならなくとも大丈夫だと軽い気持ちでいたのだ。でも、父さんが無事に帰って来られるのは奇跡にすぎなかった。
北闇の国は巨木で壁を築いた中に存在し、その上に設けられた通路には常に見張りが立っているのだが、それは三種を警戒して建築された壁だと習った。
北闇の大地震で崩壊した壁は頑丈に建築し直されたそうだが、父さんはその向こう側で戦っていて、必ず生きて帰って来るものの国を囲う壁を見ればそれはやはり奇跡である。
ビビリな俺が生き残れる可能性はどれくらいあるのだろうか。
そんな不安を抱えながら訓練校に通い、今日も俺は黙々と勉強をしている。ただ、今日最後の授業はいつもと違い人間と混血者を分けて行われた。
教壇に立つ先生は、まず初めに混血者の恐ろしさについて語った。
「混血者は、いつの時代も戦闘に長けた生き物で、その生命力と生存率は人間と比較するまでもなく、また危険な任務に就くほどに戦闘力は上がっていく。しかしながら、そのあまりの強さに人間が巻き込まれる事も多々あり、時に見捨てる事もある。よって、君たちが闇影隊となった時、混血者とは常に一定の距離を保つ必要があると言えるだろう」
それを聞いて、俺はある日の出来事を思い出した。
あれは、ヒロトと一緒に任務帰りの父さんを正門まで迎えに行った日の事だ。
門が開き、続々と帰還する闇影隊は二つのグループに分かれていて一方は混血者だった。彼らにはあまり傷がなく、その姿に初めは安堵し任務は何事もなく無事に終わったのだと思っていた。しかし、人間の方は違った。戦闘服は破けていて、何人かは大怪我を負っており、足を引きずりながら自力で歩いている人までいた。
父さんはというと、目立つ怪我は一つもなく運良く助かっていた。極度の安心感に腰回りに抱きついた俺と違い、人間最強を目指すヒロトはまるで英雄を見るような眼差しで父さんを見ていたけど、あの恐怖は今でも忘れられない。
あの時の怪我人の多さは、先生が話すように混血者の攻撃に巻き込まれたのだろうか。
それから、先生は黒板にある人の名前を書いた。「青島ゲンイチロウ」と書かれていて、その文字を指さしながら、彼は人間の英雄だと言った。
「仮に、生徒の中に混血者への憧れを抱いている者がいるとしよう。先生は、その危険ともいえる憧れを全力で打ち消すために、君たちにこの人の話をしたい。今から二十年前……」
この世界では激しい戦争が繰り広げられた。多くの命が絶命し、混血者ですら息絶えるほどの戦だったそうだ。この戦争で活躍したのは混血者ではなく人間で、青島ゲンイチロウという一人の訓練生だった。
その時代、今の訓練生と違って優秀な生徒が数多く存在したが、青島ゲンイチロウは「臆病者」であり、誰も期待していなかった。ところが、彼は戦場に現れた鬼と一戦交え生き残って帰ってきた人間の一人だった。その場にいた混血者たちの証言により、戦争にかり出された訓練生の中では最も戦果をあげた事がわかった。
「……とはいえ、鬼は存在しない生き物だ。それに似た獣か何かが戦場にいたのだろうが、とにかく彼は混血者と共に戦い、その生き物に勝った事によって多くの闇影隊を救い帰還した。我々人間は、混血者には力で劣る存在ではあるが、こうしてその混血者よりも遙かに活躍する人間もいる。君たちには、青島ゲンイチロウのような闇影隊になってもらいたい」
心惹かれる話に、俺はスーパーヒーローを思い描いていた。
俺と同じビビリなのに、戦争で逃げなかっただけでなく、戦果をあげて帰ってきただなんて信じられない話だ。もしかすると、俺もその人みたいになれるかもしれない――。そんな気持ちに胸は躍り、見た事もない青島ゲンイチロウに憧れを抱いた。しかし、それも束の間、先生はさらに言葉を紡いだ。
「だが、これは奇跡だとも言える出来事だ。やはり我々人間には限界があり、混血者よりも死ぬ確率は高いと言えるだろう。そうならない為にも、各自努力を怠らぬよう、しっかりと訓練に励むように。以上で授業は終わりとする。解散」
先程とは打って変わり、絶望に引きずり込まれてしまった。気が滅入ってしまい、息も出来ないような暗い圧迫が胸を締め付けてくる。
帰り道、俺は生き残る可能性を少しも見出せないでいた。