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蝕喰(しょくばみ)  作者: 犬丸
第二章
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第二章・最終話 「二年後」

 どうしよもなく重く、圧し縮まるような息苦しさにサキは話しを戻した。




「タモンよ、ボウキャク花のことなんじゃがのう」


「いや、待て」




 タモン様はジッとこちらを見ていた。




「お前も話すことがあるんじゃないのか? 巻き込まれていると言っていたな。どうしてそう思うのか説明しろ」




 今しがたサキから聞かされた王家の歴史と俺の前世。ヒロトの死をきっかけにたくさんのことが明るみになった。


 死んでもなお、兄は俺のために道しるべを残してくれている。だが、そこに不要な壁を築いているのは俺自身だ。


 足掻くことも、目を背けるのも、もうやめよう。


 うねっているのか心臓がやけに痛い。人に知れる恐怖は俺に余計なことを考えさせた。


 少しの間をおいて、意を決してタモン様の目を見据えた。




「…………俺は、この世界の人間ではありません。別の世界から赤子となって転生しました。ヒロトの日記に鉄の塊が灰色の道を走っているとあったはずです。それは、前の世界で俺が見てきたもので、理由はわかりませんが、ヒロトも夢で見ています」




 冗談ではなく、真剣だと伝わっているだろうか。開いた口を塞がずに、タモン様は死人のように息を詰めているかのようだった。




「前の世界で早くに両親を亡くしてから、俺はやけに現実味のある夢でうなされるようになりました。あの日も同じように見て、気分転換に夜道を歩いていたんです。すると、突然、激しい耳鳴りに襲われました。意識を失って、気がつくと……ここに……」


「夢とはどのようなものじゃ?」


「誰かを捜し回っているみたいだった。森を駆けていて、どこからか、必ず迎えに行くって声が聞こえてくるんだ。その次は、追いかけてきた男の人に呼び止められる。そこには行くなって……。夢を見る回数が増えるにつれて言葉が足されたって感じなんだけど、終わり方はいつも同じだ。視界が真っ白になって夢から覚める。不思議なことに男の人の目線でヒロトも見てるんだ。死に際にいきなり話し始めて……。自分の前世だって言ってるような気がした」


「視野が白くなるほどの……。そうか、そういうことか!!」




 いきなりサキが大声をあげた。謎を解いた探偵のように興奮して、一人執務室を右往左往している。




「……ナオよ、お主は迅雷(じんらい)に巻き込まれたのかもしれぬ」


「レンがヒロトから聞いた男目線での夢にも、空全体を明るくするほどの雷が落ちたって……。それのことかな?」


「まさしくそれじゃ!!」




 サキは地下にいて直接目視したわけではないが、城が揺れるほどの巨大な雷だったそうだ。それ以降こんな噂がされるようになった。




「落雷付近にいた生き物がこの世から姿を消した、と……。これは後から地下に収容された者から聞いた話しじゃ。あまりの発光でしばらく目が利かなかったと言っておった。しかも落雷があった場所は、あの謎多き神霊湖(しんれいこ)だといわれておる」


「神霊湖ってどこにあるんだ?」




 サキに代わってタモン様が答えてくれた。




「常に濃霧が発生している湖のことだ。南光に向かう際に近くを通っただろう?」



 

 あそこにどういった生態系があるのか、あるいは湖だけで、生き物はいないのか。誰もそれを知らないという。その理由は、調査を行った闇影隊が一人として帰還することがなかったからだ。それ以来どの国も調査に踏み切ることはなくなってしまった。


 タモン様が大きく息を吐き出した。




「他にもまだあるなら今のうちに話しておけ。忙しくなるぞ」


「はい。キトという生き物についてはご存じですか?」


「ああ、聞いている」


「キトと接触したのは、今回で二度目でした。一度目は、死から生還したときです。俺を墓から出したのはキトでした。あいつは、俺にユズキを捜せと言って去りましたが……」




 それからというもの、誰と話しても、どこに行っても、過去を振り返っても、必ずユズキに行き当たると伝えた。


 巻き込まれているのではないか、そう言った俺の言葉の意味を理解した様子のタモン様は、続いて青島隊長に視線を向けた。




「信じ難い内容ばかりでどうも頭の整理がつかないが……。歴史は変えようがない。しかし、今この瞬間から良き未来を見据えることはできる。しかも戦争を控えているとなれば早急に動かねばなるまい。エイガ様、貴方はこの者の話を信じる、そう受け取っても構いませんか?」


「ああ。王家はずっと歴史を隠そうとしてきた。走流野家や、お前の家族、その先代についてはとくにそうだと言えるだろう。おそらくトアが絡んでいるからだ。サキの歴史に基づくと、お前がトアの子孫であることは間違いない。しかしそれが世間に知れては混乱を招くことになる……。鬼は伝説とされてきた生き物だからな」




 額に手を添えて、タモン様はしばらく机に目をこらしていた。鬼の化身と呼ばれ、それが事実だと知ってどんな気持ちでいるのだろう。


 俺はというと、夢の意味がわかって内心胸を撫で下ろす思いであった。二度も転生していることには驚いたが、タモン様の言う通り、歴史は変えようがない。それにオウスイの息子だということもシックリとこない。


 俺には俺の家族がいる。それが一番大切なことだ。


 タモン様が全員の顔を見渡した。




「伝令隊を呼ぶ時間はない。赤坂キョウスケ、大刀華レン、すれ違う闇影隊を片っ端から連れて国内にあるボウキャク花を探せ。俺や走流野家だけには限らないかもしれん。サキとエイガ様にはヒロトの遺体の確認をお願いします。活性化とやらが解かれ、本来の姿に戻っています。サキの記憶に残る……顔……」




 そこまで言って、タモン様は突然口を閉じた。




「…………気づいたか」




 サキが眉をすくめて微笑する。タモン様が今日一番の驚愕をみせた。




「お前はいったい……、どれだけ生きているというんだ……」




 首がもげる勢いでサキを凝視した。そうだ、サキは自身の話しをしているときに、一度足りとも「記憶」なんて言葉は口にしていない。トアの叫びだってそうだ。あれは直接聞いたような言い方だった。




「オイラの年齢には触れるな。数を口にするだけで忌まわしい過去に蝕まれる……。ヒロトを確認すればよいのだな? 見覚えがあるかどうかじゃろう?」


「あ、あぁ……。頼む。ナオト、お前も着いていけ」


「いいや、ダメじゃ。ナオトにはやるべきことがまだ残っておるからのう」


「家のボウキャク花か? あれのことならこちらで手を打つが」


「近くにユズキが来ておる。内密にと頼まれていたのじゃがもうよかろう。なにやら話したいことがあるそうだ」


「まさか、こいつを連れて行く気か?」


「断じてそれはない」




 こうして、執務室を後にした俺は、サキが指定した場所まで急いで駆走った。きっと、今までで最速だろう。視界の端で金髪が荒々しく揺れているが、呼吸はやけに大人しい。汗も流れていないし、心臓も静かに鼓動している。


 まるでヒロトになったような気分だ。


 迷界の森近くに彼女の姿はあった。


 髪が伸びたようだ。もともと長かった髪は太ももあたりまであり、森の奥深くを眺めている。時折、顔にかかる髪を優しく払っていた。


 立ち止まった俺にユズキが振り向いた。泣いたのか、目が赤く、腫れぼったくなっていた。


 どうしてか、彼女の姿がすごく脆くて今にも壊れてしまいそうな廃墟のようにみえた。ユズキに対して恋愛感情があるわけではないけれど、体温が発散しきれていない両腕で力任せに抱きしめる。すると、彼女は瞬く間に壊れた。


 前夜祭のときに、感情のままに命令を口にしたヒロト。そんな兄と重なってみえたのだ。


 しばらくの間、ユズキは喉の奥底を爆発させたように泣いた。まるで拷問をうけているみたいだ。身体をがっちりと固定され、痛くても腰をよじることしかできず、一日が三日にも四日にも感じてならないような、そんな泣き方だった。


 少し落ち着いて、ユズキは俺の肩に顔を置きながら友達が死んでしまったと告げた。思い出してしまったようで、肩にじんわりと熱いものが染み渡る。




「こっちはダイチとヒロトが死んだ……」


「知っている」


「誰から聞いたんだ?」


「それはどうだっていい。取り乱してすまなかった……」




 そっとユズキが離れた。




「俺さ、カナデに言われたんだ。隠し事は長引くほど重荷になるって。それでも誰にも話せなくて、ずっと自分の胸のなかに閉じ込めてきた秘密ごとがあるんだけど、さっき、タモン様や青島隊長にさらけ出してきた」


「それで、どんな気分になったんだ?」


「爽快!! 相手がどう思っていようが、すっきりした。自由になれたって感じ」




 きっと、青島隊長もそうだろう。隠し通そうとしなかったのは、偽っている自分に嫌気がさしていたからだと思う。




「だから、俺でよければ話してよ。もう限界なんだろ?」




 そう言うと、ユズキは目を大きく開いた。




「俺、兄ちゃんだし」


「調子に乗るな」




 毒を吐きながらも、俺の真剣な声に応えるかのようにユズキの頬は熱を帯びていた。




「サキは僕のことを話したか?」


「主ってことだけ。いったいどうなってるんだ? ユズキはどうやって重度と繋がりをもったんだよ。……重度は敵だぞ」


「一括りに考えるな。彼らにも過去があり複雑な生い立ちだってあるんだ。無論、己の野望のために動いている者もいる。しかしそれは人間だって同じだろう」




 ユマも似たようなことを言っていた。頭では理解しているつもりだ。でも、この手でダイチの頭部を拾い、目の前でヒロトが殺されたのだ。素直に聞き入れることはできなかった。それに、この先ずっと命を狙われるかもしれない。




「オウスイだかトアだか知らないけど、迷惑だっての……」




 まともに生きることもできず、恋愛すら許されない。一生を怯えながら暮らさなければいけないのだろうか。




「自分の母親だろう」


「俺には母さんがいる!! 記憶にないし、会う前に殺されたけど、それでもいるんだ!! 勝手なことを言うな!!」


「オウスイだって同じじゃないか」


「それはっ……」


「ある人から聞いた話だが、子を産んだときの痛みは忘れてしまっても、それに伴う疲労と、子の顔を見たときの感動は一生忘れないそうだ。これは男児には永遠にわからないものだろう。では、男児にはいったいなにができるだろうか」




 言葉に詰まった。ユズキの問いかけに一言も頭に浮かんでこない。


 ユズキは待つことなく答えた。




「どれだけ恨みや憎しみのある相手でも、感謝の気持ちを忘れないことだ。勝手に産んだくせにと文句を言いたい気持ちもわかる。だが、命とは尊いものだ。それまでも否定するつもりか?」




 答えを知ってもなお、俺はなにも言えずに黙ったままであった。


 夢に出てきた男がヒロトの前世ならば、オウスイには感謝しなければならないからだ。彼女が俺を産んでくれなかったら、きっとここまでの深い繋がりはなかっただろう。


 そうとわかっていても、やはり実感がない。


 ユズキは言葉を紡いだ。




「オウスイとの記憶を呼び起こせる者が一人だけいる。いや、正しくは一匹か。頼んでやってもいい」


「……俺ってマジで伝説の人の子どもなのか?」


「それは確かだ。記憶を取り戻すには精神的な苦痛が伴うが、しっかりと腰を据える良い機会にはなるだろう」


「なんでそう言い切れるんだよ」


「僕がすでに見ているからだ。そして、僕とお前には断ち切ることのできない繋がりがあるとわかった」




 ユズキは言った。


 迅雷の被害に遭った者の記憶を呼び起こせる者と、個人の記憶を全て覗き見ることのできる者がいて、その両方からの情報で俺という存在を理解した、と。




「サキからも色々と話されてまだ混乱しているだろう。だが、僕の話しを聞けば全体を把握できるはずだ」


「わかった」


「歩きながら話そう。迷界の森に行く」




 一歩、二歩と進みながらユズキは語り始めた。まるで様々な色合いの繊細な糸を一本、一本、丁寧に紡ぐように、ゆっくりと流れるようにして、複雑な色味のある織物を仕上げていってるかのようだった。


 そして、森の奥深く、白い層が一面に広がった頃。


 そこにヒロトの日記に書かれていた黒い狼がやって来た。光沢のある美しい毛並みに、ユズキと同じ黄金の瞳をした、人が二人は跨げるほどの大きな狼だ。


 そいつは俺の記憶を呼び起こした。


 統一性もなければ、心を惹かれるようなグラデーションもない仕上がりとなった織物に、俺はユズキを直視することができないでいた。


 北闇に戻るときに、ユズキは俺の背に言った。




「二年後に必ずまた会おう。それまで……死ぬな」




 振り返ると、そこにはもう彼女の姿はなかった。


 こうして、自宅に足を進めたのだけれど、とんでもない光景が待ち構えていた。


 家が綺麗さっぱりなくなっていたのだ。公の場に晒された跡地には、どうやって穴を掘ったのか、大量のボウキャク花があった。


 それをサキが氷の結晶に変えた。直後、父さんが地に膝を突き、土下座をしているような姿勢で絶叫して、俺も地面をのたうち回った。


 封印された記憶が今、忘れ去られた大切なものを想起しようとしていた。

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