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蝕喰(しょくばみ)  作者: 犬丸
第二章
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第二章・23 「覇王の後継者」

 始めに、サキは言った。


 幼い頃にヒロトが浚われたとき、あいつらは俺たちが双子だとは知らなかった、と。しかし、あの噂を耳にした。


 呪われた兄弟、だ。


 そうして双子であることを知り、手筈を整えてもう一度北闇を訪れた。だが、ヒロトの妨害で欲しかったものは手に入らなかったそうだ。


 それは俺だとサキは言った。俺の存在は重度にとって、ジンキと同じくらい疎ましいそうだ。


 どうしてヒロトと入れ替わったりなんかしたのだろう。本来ならば、殺されるのは俺だったはずなのに。


 胸を締め上げる罪悪感と、どろどろとした嫌悪を感じる。俺の兄さんは噂に殺されたようなものだと、そう思えて仕方がない。そして、その噂の発端は俺の存在だ。




「サキ、教えてくれ。なぜユキたちはこんなにも俺に執着するんだ?」




 本当に呪われているのではないかと、密かな恐怖を覚える。


 一息おいて、サキがいう。




「……それは、過去、お主が四代目の皇帝になるはずの人間であり、その力を持ってまた世に生まれたからじゃ」


「どういう意味だよ……」


「お主は三代目皇帝の女帝、オウスイの息子じゃ」




 そんなはずはない。その人は伝説のなかの役者だ。ヒロトの夢になるほどの、素敵な物語にすぎない、――はずだ。




「ユキは過去の記憶でオウスイを知り、傍らには息子であるナオトがいるのを確認した。オイラ自身もナオトを見たことがある」


「……まさか、俺が従ってきた王家は……偽物なのか?」




 飛び出しそうに目をむいて、タモン様が問いかけた。サキはうんともすんとも答えなかった。ただ、その静寂は真実を述べていると伝えるには十分なほどに重く、苦しい。


 タモン様が、空気を断ち切るかのように強く机を叩いて立ち上がった。




「全て話せ!!」


「そのつもりじゃ」




 サキはこう紡いだ。


 ヒロトの力により、一卵性双生児で誕生したことになっていた俺たちの違いといえば髪の色だけだ。その情報をユキとタマオに伝えたのは内通者だろう、と。




「つまり、確実にオウスイの遺産を葬りたかったのじゃ」


「見間違いってこともある。記憶なんてあやふやだからな」


「いいや、間違いない。オウスイの一族は皆が薄紫色の瞳をしている。人間離れした能力を秘め、言葉で人を操り、そしてジンキや他の生き物と死戦を繰り広げておった。彼女の父親も、その兄弟も、とても強かった。とくに兄弟の長男は別格じゃ。血を流さぬ戦いを好み、言霊一つで冥途逝きにしておった。それゆえ、長男が玉座をおりてから、後を継いだ一族たちはこう呼ばれておった」




 覇王の後継者――。


 隊長たちの報告でタモン様も耳にしているだろう。それだけでなく、オウスイの能力は走流野家と同じものだ。




「本当に俺があのオウスイの息子……?」


「……オイラがなぜ長い年月を地下牢ですごしたと思う」




 それは、真実を語れる者だから。


 タモン様は眉と眉の間に何本ものシワを寄せていた。




「つじつまが合わない。ジンキと命懸けで戦っていたんだろう? いわば敵同士だ。それがなぜ、イツキとナオトの繋がりを警戒する必要があるんだ?」


「妹のトアは戦いを好まぬ心優しいお方じゃった。こんなオイラにも偽りのない笑みと愛情をくれ、自由に生きなさいと言ってくれた。だが、姿は化け物じゃ。オウスイは妹を守るために、民に勇姿を見せ続ける他なく多くの戦を繰り広げた。(おびただ)しい血が流れ、戦慄の夜を何年もすごし、ついにトアが動き出した。戦を止めようとしたのじゃ」




 激しさを増す戦乱の真っ只中で、トアは精一杯に両手を広げ、叫んだ。額から突き出た角はジンキや他の生き物の目を引き、オウスイも戦うことをやめたそうだ。それでもトアは叫ぶことをやめなかった。


 その声は、戦場にいた生き物の涙を誘った。




「……私も化け物です。人間の姿をした、鬼の血を受け継ぐ、どちらにもなれない化け物です。人間が犯した罪を、私の姿でどうかお許し下さい。もう、血を流さないでください……」




 言いながら、サキは声を震わせた。




「彼女は、自分の存在は外界で恥になると思っていたのじゃ。その気持ちに誰も気づいてやることができなかった。誰よりも自由になりたかったのは彼女だったのじゃ」




 トアの悲痛な叫びに心打たれた生き物たちは、それ以降オウスイの前に姿を現すことはなくなった。トアに心を許し、彼女とだけ密会していたらしい。




「しかし、トアは、彼らの目の前で王家とある者によって殺されてしまった。その時、ジンキらは誓ったのじゃ。薄紫色の瞳をもつ者を守ると……。それ以外の生き物は信じぬと……。彼らは誓いを守り抜き、覇王の後継者と秘密裏に幾度となく顔を合わせておった。ナオトもその一人じゃ」




 あの時、濃霧のなかで感じた懐かしいという気持ち。俺は覚えていないけれど、サキの言うことが真実ならば、ジンキが話しかけてきたのも納得だ。




「タモンよ、お主にはもう見えたじゃろう?」


「乗っ取られた……」


「そうじゃ。もともと王家は薄紫色の瞳をもつ者たちじゃったが、それがいつの間にか今の王家に支配されるようになっておった」


「証拠はあるのか?」


「オイラがその証拠じゃ」




 怒りで身体が膨張でもしたのか、サキの体毛が、猫が威嚇しているときに逆立つ毛のようにして立った。




「二代目の皇帝は、妻に一族の者ではなく人間を(めと)った。彼らと親交を深める意図も含めてのことじゃろう。二人の間には女子(おなご)が二人生まれ、それがオウスイとトアであった。二代目の妙案は着実な進歩をみせるなか、ある生き物が妻にこんな話しをしたのじゃ」




 薄紫色の瞳をもつものは、皆が化け物である――。




「妻はそいつの姿を見て言葉をなくした。目の前にいたのは、青年と同じくらいの体格をした猫だったからじゃ。この存在は一気に王家内に浸透し、王家は世界中を捜し回った。その時に発見したのは見たことのない化け物たちじゃった。しかし猫だけは見つからず、どうしてか妻の前にだけ姿を現した」




 猫は何度も同じことを言った。それは一年、五年、十年と続き、ついには妻が五十を超えるまでになった。その頃、妻は猫の話が真実であると確信していた。なぜなら、二代目皇帝であり夫である男の姿が潤うほどに若かったからだ。


 二十歳を娘たちも同様であった。これは、脳細胞の活性化によるものであった。


 一人だけ老いていった妻は憤りを覚え、ついに猫と手を組んだ。王家の乗っ取りに踏み切ったのだ。


 その頃、王家は化け物と戦をしていたため、王家内は手薄であった。


 見計らって、猫は、数ヶ月おきに妻に手土産を持ってくるようになった。瀕死状態の化け物たちだ。この肉を喰らえば、王家よりも多大な力を手に入れられるとそそのかした。


 手始めに、妻はトアを実験台にした。驚いたことに、当時鬼は存在した生き物であるらしく、トアはその肉を混ぜた物を食べてしまったそうだ。それは成功した。




「鬼だけに止まらず、この世に生きる奇っ怪な生き物は全て一族の口に放り込まれた。こうして、オイラのような重度や、半獣人と半妖人が誕生したのだ。なにも知らない人間たちは、王家と化け物が手を組んでやったことだと、トアの存在を知らしめることであたかも真実だと刷り込んだ」




 そして、終戦して、時は流れる。


 トアは今の王家と猫の手により殺され、オウスイは用なしとなり、一族もろとも王家から追放された。




「証拠はまだあるぞ!!」




 サキの怒りは声に出て執務室にぶちまけられた。




「彼らの実験には、時にオイラのような失敗作も誕生した。それらを隠すために、あの山の頂に城を築いたのじゃ。頂から地中深く掘って地下を造り、隠蔽を測った。そこでオイラは失敗作として見捨てられた彼らを慰め、地下の長として怒りを静めていた。じゃが、数日たつと、一人また一人と、なんの前触れもなく死んでいった」




 サキは言った。彼らは三日以内に肉を喰らわなければ死んでしまう、と。




「地下は地獄絵図と化した。まだ自我があった彼らは手当たり次第に、生きるために、仲間を喰ったのだ。しかしそれには最悪の副作用が待ち構えていた」




 自我を奪われ、身体は小さく変貌し、異常なまでの食欲だけが感情を蝕むようになった。加えて、地下暮らしのせいで目は退化し、嗅覚や聴覚が発達した。


 タモン様の顔が真っ青に染まった。




「ハンターか?!」


「そうじゃ……」




 全身に鳥肌がたった。ハンターの言葉の意味が今、理解に至ったからだ。




「サチって、サキのことだったんだ……」




 彼らはずっと、地下の長であるサキの名を口にしていたのだ。




「地下から出てわかったことじゃが、ハンターたちはオイラの存在を誰かに知らせようと、目はなくとも血眼になって伝え回っておった。その相手は、自分たちの一族である本物の王家じゃ。発達した嗅覚が役立っているのか、一族の子孫には刃を向けていないようじゃ」


「なんて……ことだ……」


「混血者はハンターに襲われたことがなかろう?」


「ああ……。ナオト、お前もか?」




 言われてみれば、ハンターの襲撃に遭っても、ハンターのせいで怪我を負ったことは一度もなかった。訓練中に襲われたのも混血者や俺とヒロト以外の人たちだ。それに、試験ではハンターは俺に跪いたではないか。




「はい。しがみつかれた事はあっても、攻撃されたことは一度もありません……」




 クロムはこう話していた。


 南光は他国よりも国民の数が多く、ここに自分たちが住んでいる限りハンターはまた集まるのだと。だが、違う。ハンターが狙っているのは、王家とそれ以外の純粋な血をもつ人間だ。




「よいか。上級試験を南光で行えば、ハンター狩りを理由に多くの混血者が死ぬことになる。しかしそれは、ハンターの手によるものではなく奪い合いが生じてのものじゃ。今までに混乱に紛れてどれだけの者が死んだか、お主にはわかっておるじゃろう?」


「重々にな」


「王家はまた同じことを繰り返す。次はナオトや他の子らじゃ。じゃが、お主がオイラを目撃したと報告すれば、王家は試験をゆだねるだろう」


「そして、手を下される前に、ユズキが封印を解くのか……。ナオトはどうなる。ユズキにはこいつまで守る暇などないだろう」


「彼女ではない。こやつを守れるのはただ一人じゃ」




 そこに、青島隊長と赤坂隊長をつれてレンが戻って来た。三人を見て、サキはまた同じ事を言った。




「探す手間が省けたようじゃ」




 それは青島隊長にむけてのものだった。重度を見て身体を強張らせた隊長たちに、タモン様が片手を上げて落ち着くよう促す。




「私になんの用だ……」


「タモンには知る権利があるじゃろう」




 俺たちを背にして、サキがタモン様に向いた。




「…………この先、必ず大きな戦争がおこる。もう耳にしておるな?」


「らしいな。確かなのか?」


「必ずと言ったじゃろう。しかし、王家の命は全て無視してよい」


「それはもうわかっている」




 話しが飲み込めないレンたちを無視して、一つ、サキは深呼吸した。そうして俯いた顔を静かに上げて、流れるように滑らかな口調でいう。




「お主は本物の王家の人間じゃ。そうじゃろう?」




 言葉に詰まるタモン様を他所に、サキは青島隊長の顔を見上げた。




「青島ゲンイチロウ、いや、……エイガよ」




 青島隊長の身体がぴくりと揺れた。


 その名に聞き覚えがあった。イツキが南光から追い出され、その理由について問うた時だ。現皇帝オウガの弟である、エイガ――。彼は行方不明になったと、青島隊長はそう話していた。




「お主は走流野家を守るために北闇におるのではないのか?」


「人違いでは?」


「いいや、間違いない。お主はオイラの言葉に従って動いたはずじゃからのう。あの地下牢で、しかと耳にしたはずじゃ」




 同士を探せ。お主一人ではない。




「もう解くがよい。やつらは必ず仕掛けてくるぞ」




 王家殺しを――。


 青島隊長は深くタモン様に頭を下げた。その行為にどんな意味があるのか俺にはわからない。しかし、これだけはわかる。青島隊長はサキの言葉を受け入れ、そして認めたのだ。




「エイガ様なんですか?」




 タモン様が敬語で言葉を投げかけながら、ゆっくりと腰を上げ、まるで呼吸を忘れたみたいに棒のように立ち尽くす。


 頭を上げ、静かに鼻で息を漏らした青島隊長は瞼を閉じた。すると、身体に異変が起こり始めた。青島隊長の姿は大柄で坊主頭のおじさん臭丸出しな熱い男なのだが、今ここにいるのは、床にまで伸びた漆黒の髪に、女のように照り輝いた顔。一瞬まぶしさを感じるほどに美しい男性だ。


 なによりも目を奪われたのは、瞳が薄紫色であること。


 青島隊長は、脳細胞の活性化ができる人間であった。昔の一族と同じくして、老化を防いでいたようだ。




「久しぶりじゃのう、エイガ。王家一美しいと称されたお主が、こんなにも泥臭くなっておるとは驚きじゃ」


「こうする他なかったのだ。ヘタロウを見つけたあの日から、私は北闇に身を潜め、そして彼が闇影隊に入隊したのを機に、年齢や姿を偽って見守ってきた。我が兄の刃が届かぬよう……」


「向こうが一枚上手だったようじゃ。重度を味方につけておる」


「彼らのことか……。では、ヒロトは初めから狙われていたのか?」


「いいや、ナオトの方じゃ」




 簡潔に、重要な点だけをもう一度説明した。またもや驚愕する一同であったが、青島隊長にはなんの疑いの念もないように感じられた。


 その理由は、おそらく、ヒロトの日記にあった肉体硬化ができる者、それが青島隊長のことだからだ。幽霊島で海賊が放った大砲の弾を身体で受け止められるほどの能力。彼はこの瞳についてよく知っているはずだ。




「青島隊長……、ヒロトが隠していること、知ってたんですね」




 卒業試験前、青島隊長を目指そうとヒロトに持ちかけたことがあった。暑苦しい奴は無理だと冷たくあしらわれてしまい、その話は終わってしまったが、父さんからヒロトへ話してもらったのは青島隊長の武勇伝だ。


 彼が隊長になるまで、性格のことなんて知らないはずなのに――。




「……精鋭部隊を辞めるよう、ずっと言い続けてきた」




 心が虚ろになり、ズン……と足の裏に重みを感じた。

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