第一章・3 「見えない嫉妬」
あれから、家に帰って二人でなんとなく父さんに化け物と呼ばれるイツキの事を聞いてみた。
その事を話すと驚いた様子だったが、お前に少しでも優しい心があるのなら二度とその言葉を口にするなって言われた。
その時からだ。
暇さえあれば、ヒロトはあの二人を探すようになり、俺も着いていっていた。だけど、どこを探しても見つからなくて、誰に聞いても無視されるか怒られるかで、その度に「面倒だな」なんて思って、それでも諦めないヒロトにさらに面倒になってきた頃。
お使いを頼まれて買い物に行った時、お店の人とお客さんの会話のなかに化け物って言葉が聞こえてきた。多分、イツキが買い物に来たんだと思う。
次からは何も買わせないだなんて言うもんだから物凄く腹が立った。でも、怖くてなかなか口が開かない。大人相手にどう言えばいいんだろう。あの子は平気で怒鳴っていたのに――。
恐怖に負けた俺に代わって口を開いたのはヒロトだった。
「ば、化け物なんて言うんじゃねぇよ! タモン様にチクるからな!」
「――っ、君はセメルさんの……」
ヒロトの声に驚いたお店の人は、タモン様には言わないでくれって焦っている。ちなみに、タモン様って人は国で一番偉い人だ。
それはともかく、苦笑いを浮かべながらヒロトの頭を撫でるお店の人は、どうにかしてでも口止めしようとお菓子を差し出していた。
「そんなのいらねぇから、せめてジュースとお菓子くらいは買わせてあげろよ! それが条件だ!」
そう言って、急に走り出したヒロトを急いで追いかけた。何がそんなに悔しかったのか、クソ! クソ! と何度も洩らし、玄関の引き戸をこれでもかと乱暴に開け、おたまを片手に驚いている父さんに飛びつく。
「ヒロト、どうしたんだ?」
ヒロトの目からは、涙が流れていた。
「俺、闇影隊になりてぇ…。親父みたいに強くなりてぇんだ……」
その言葉に、俺は思わず息を飲み込んだ。
闇影隊とは、この世界にいる凶暴な生き物と戦う組織の事で、父さんはその組織の上級歩兵隊だ。どんな生き物なのか不明だが、父さんが任務で家を留守にしている間、俺は前の世界の父さんを思い出しながら生きて帰ってくる事を必死に祈っていた。
前の世界の父さんはただのサラリーマンだったが、危険な仕事をしていなくても死んでしまったんだ。
ヒロトをソッと離した父さんは、同じ目線になるように腰を下ろした。
「どうして闇影隊になりたいんだ?」
「人間最強になりてぇからだ!」
きっとお店での事があったからだと思う。父さんは複雑な表情でいるが、頭を撫でられてるヒロトを見てそんな事を思っていた。
それから幾日か過ぎて、闇影隊の訓練校に入校した俺たちは早いものでもう十一歳になろうとしている。
訓練校に通い始めて、俺たちはイツキに会うことができた。今でも化け物って言葉は聞こえてくるけど、ヒロトは一緒に授業をサボるくらいに仲良しになっている。
今のイツキにはもうあの時の面影は残っていなかった。その姿を見て、先に教室に戻った俺は机の上に上半身を投げ出しながら強く握り締めた両手を周りに見られないように隠していた。
理由はわからないが、俺はイツキが嫌いだ。ヒロトのように仲良くはなれなかった――。