第二章・15 「仲間割れ」
北闇への道中、数の減った仲間の背を見て悲傷した。四十一名いた北闇からの受験生は十五名に減り、二十六名がこの世を去った。死者のなかにはダイチも含まれている。
ダイチの身体はたった一部だけを残して、他の部位は亡くなった受験生の遺体と共に火葬された。
その前、乱雑に集められた遺体で山のようになったソコから、ダイチの残りの身体を探し出そうとした人たちがいた。ソウジとその配下だ。周囲の響めきを無視して、顔に感情を浮かべることもなく、ただひたすら遺体の中を弄っていた。
見つけてあげる事は出来なかったが、きっとあの中にダイチはいたはずだ。
ソウジの腕には骨になったダイチの頭部が抱きしめられている。白い袋に収められ、彼の手で家族のもとに帰すそうだ。
ダイチの頭を持ち上げたときの感触がまだ両手に残っていて、俺はソウジの近くを歩けなかった。青島班のみんなはそんな俺を気遣い、離れていてもソッとしておいてくれている。
度々こちらを振り向くケンタに小さく手を振って、それから隣を歩くレンに視線を移した。
南光を出てからずっと、なぜだか隣にはレンがいる。
レンの戦闘服はあちこち破けていて、皮膚を引っ張って縫合された痕が数カ所もある。ハンターに噛みちぎられた痕だ。
「ごめん……」
強化合宿で得た自信は木っ端微塵に砕かれてしまった。レンに邪魔されたとはいえ、何も出来なかった無力さに項垂れる。レンの言葉に惑わされなければ、彼はこんな大怪我を負わずにすんだのではないかと、後悔する。
「なんでナオトが謝るわけ? せっかく助けてあげたのにさ」
「頼んでないだろ」
「そうだよ。だからナオトが謝る必要はない。俺が勝手にしたことだしさ」
違う、そんなことを言いたいのではない。俺の身体には傷一つないのに、どうして上からものを言ってしまうのだろうか。
またケンタと目が合った俺はもう一度手を振った。
「話でもあるのかな?」
レンが鼻で笑う。
「ケンタの話しに中身なんてない。聞くだけムダ」
「前から思ってたんだけど、レンって仲間外れにされてるのか? 総司令官と口論してたときもフウカはケンタの味方だったし、それに……」
レンはケンタを虐めていて、フウカはケンタを守っていた。でもこれは秘密にしてくれと頼まれているから口に出せない。
色々あってレンに気を許しているけど、ケンタの件に関しては別問題だ。
「ケンタから何を聞かされたか知らないし、もしそれが虐めだって内容だとしても俺はあえて質問しないけど。フウカとケンタが仲良く見えているなら錯覚もいいとこだよ」
「どういう意味? ってか、虐めって、どうして……」
俺の心の内が見えているのか、とにかくレンにはわかっているようだった。
「順を追って説明するね。誤解されたくないから」
一息置いて、レンが話し始めた。
「俺は一人っ子だから、二人の噂を耳にして興味をもった。呪われてるって馬鹿にされても二人は喧嘩なんてしないし、互いに押しつけあうこともない。どれだけ仲が良いんだろう、ってね。初めは好奇心からだったんだ。それから前夜祭の時まで観察してきたけど、二人の姿がフウカとケンタに重なって見えた。すごくイライラした」
ヒロトの後ろに隠れている俺と、フウカの後ろに隠れているケンタを同一視していたそうだ。好奇心は次第に怒りに変貌し、レンは別の意味で俺に興味を抱いた。
いったいどこまで臆病者なのか、ケンタと比較したのだ。
「ナオトのことをちゃんと知っているわけでもないのに、ケンタと同じだって決めつけて勝手に嫌いになった。ユマがナオトの話しをするのもイヤで、ダイチが意識しているのも気に食わなかった。固定観念ってやつかな。上官に歯向かった時も、言い訳やご託を並べるケンタと何ら変わりないと思ってた。でも、今回の試験で南光の子にナオトが言ったあの言葉を聞いて、ゾクゾクしちゃったんだよね」
「デスのことか?」
「そう。ナオトなら連鎖を断ち切ってくれる。地獄まで開いた穴を閉じてくれる存在だって思った。ようは、口だけじゃないってこと。ケンタと同じ臆病者でも、中身は違った。……ナオト、考えてみて。ここまで聞いて、何が見えてくる?」
やはりレンにはお見通しらしい。というのは、聞いている途中からモヤモヤしたものを感じていたのだ。それは、ケンタにたいする疑心だ。
レンが俺の中身を知らなかったように、俺もケンタの中身までは知らない。強化合宿の帰りに少しだけ話した程度で、それ以上のことは何もわからないのだ。それなのに俺は、ケンタは弱くて可哀想な子だと決めつけていた。
なぜなら、メガネはサイズが合わないほどに壊れかけていたし、彼から「虐められていた」と聞かされたからだ。だけど、その原因は?
――言い訳とご託だ。
きっと、ケンタは混血者を怒らせるようなことを口にした。他の人間と同じように、上からものを言ったのだ。
「……たしかに、俺とケンタは似てるかも」
「似てないよ。っていうのは、気づいちゃったんだ。ナオトがヒロトの後ろにいる訳ってやつにね」
「それは俺がビビリだからじゃん」
「違う、ナオトは一歩も動いていなかった。ヒロトが自ら前に出てくるんだ。たしかにナオトは臆病者だけど、それをより一層際立たせているのはヒロトなんだよね。あっちにはその気が全くないんだろうけど。でも、今回の試験でそれを知って、なおかつあの言葉のおかげで思い込みだってわかった。臆病者でも、ナオトは口だけじゃないからさ」
いったい何を根拠にそう言い切れるのだろうか。レンの言葉がいまいち理解出来ず、素直に喜ぶことができなかった。
「そんなに難しく考えないでよ。ざっくり言っちゃえば、こう。ナオトは意志のある臆病者だけど、ケンタは意志のない臆病者。そして、そんなケンタをオモチャにしているのがフウカ。変だと思わない? 混血者を怒らせる天才のケンタが、どうして混血者のフウカに好かれてるのか」
「たしかにそうだな……。でもフウカは気にしてないってことだろ?」
「少しもね。フウカは遊んでるだけ。弱いケンタにつけ込んで、自分のいいように扱ってる。バカなケンタは喜んでるけど。同じ班になればわかるよ。本当に気持ち悪いから」
「ユズキも俺と同じように気づいていないのかな」
「なんで?」
「いやさ、ユズキが庇ってくれたみたいな話しをしてたから」
「嘘だね。あの場にユズキはいなかった。フウカはいたけど」
首がもげそうな勢いで前を向いた。すると、またケンタと目が合う。
「あいつっ……」
ケンタが幾度となくこちらを振り向くのは嘘がバレないか不安だからだ。俺たちの会話を気にしての動作だろう。無性に腹が立つ。
その日の夜は、常に霧が発生する湖を近辺に野宿することとなった。寝転がって夜空を仰ぎ、それからまだ隣にいるレンを横目に見る。
思うに、レンは二重人格だ。血が引き金となって凶暴な人格に変わり、落ち着きを取り戻すと普段の彼に戻る。仕組みは単純でも、きっかけとなった事件は悲惨なものだ。
人を殺したとき、レンの気持ちは俺と同様のものだったのだろうか。カナデを見て、何を思うのだろう。そんなことを考えていると、歩いてどこかに向かうイツキの姿が見えた。
起き上がり、特に理由もなく彼を追う。
「イツキ、こんな時間に散歩か?」
「まあ、そんなとこ」
二人で森を歩き、適当なところで座り込んだ。そして、クロムの話しをした。帰り際に耳元で囁かれたあの言葉。彼はユズキを知っていて、さらには俺の名前まで知っていた。仮にユズキから聞いたとして、どうして俺に伝言を頼んだのだろうか。
「ユズキと会ったのはクロムだけじゃないよ。クロムの班員みんなが会っている。リンって子が教えてくれた」
どうやらイツキは外で情報を集めていたらしい。
「それで、なんて言ってたんだ?」
「んー……。彼女、喋れなくてさ。質問にたいして頷くか首を横に振るでしか会話ができなかったんだ。だから、これといった情報は特にない」
「そっか。リンと一緒にいて何か感じた?」
「別に何も。どうして?」
「その子、イツキと似たような境遇に育ったみたいでさ。クロムは光の子って呼んでた」
「それってつまり、リンの身体にも何かが封印されてるってこと?」
「うん。……あれ? ちょっと待って。 なにか引っかかる……」
なぜユズキは彼らに接触したのだろうか。彼らが強そうだから? いや、違う。話を聞いてくれそうな相手だから? これも違う。
「リンの身体に封印されてるって知ってたんだ……」
だとしてだ。なぜイツキではなく、俺の情報を彼らに与えたのだろうか。そこで、ふと思い出したのは死神の言葉だった。
俺が求める答えをユズキが持っている――。
「なあ、イツキ。死神の言葉の意味ってさ……」
「うん、そうだね。すごく遠回しな言い方だけど、あれは答えだ」
事が起こる度に最終的には彼女に辿り着く。死神の言葉は、そういう意味だったのだ。
俺の中ではある方程式が出来上がっていた。「出生=大地震=ジンキ=ユズキ」。これまでにあった衝撃的な出来事を大まかにしてはいるが、流れを逆にしても、俺とユズキは必ず繋がり、間には原因不明の災害と得体の知れない生き物が挟まっている。
つまり、俺は無関係ではいられないということだ。
頭を掻きむしりながら息を吐き出した。懸念すべきものが多すぎて、どれから解決していけばいいのかわからなくなってしまったのだ。中途半端に終わらせてきたせいもあり手のつけようがない。
ユズキがいれば話しは違ったのだろう。
「とにかくユズキを探すしかないよ。南光で調べるわけにもいかないから、西猛か東昇をあたるか、近隣の村にでも聞き込みに行くか……。俺たちが同じ班であるのは救いだね」
「イツキはあいつに会いたいだけだろ。俺は……」
このモヤモヤの答えを知りたい、そう口にしようとした時だった。野営地から怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。
「なんだ?」
「ここに来るまでにちょっとした口喧嘩があったんだけど、それの続きじゃないかな。多分、ソウジと誰かだよ。試験は中止になったけど、生き残りで合否を出すらしいから」
「そんな説明あったか?」
「隊長たちだけにね。それをどっかのお馬鹿さんがうっかり話しちゃって、混血者が非難された」
ダイチが死んだからだ。
総司令官の説明に、ハンター討伐で王家が主に注目するのは混血者の生存率だとあった。三人が死んだ時点で第二試験の受験資格を剥奪されると言っていたが、亡くなったのは一人だ。
「どちらかというと、合否判定は人間の数で決まりそうな気もするけど。っていうか、ダイチを喪ったばかりなのに無神経すぎるだろ」
「他の班も仲間を喪っているから、気が立っているんだと思う。全員無事なのって、青島班と黄瀬班だけだからね」
話しながら、イツキが立ち上がり周囲を見渡した。目を細めて何かを警戒し始める。
「どうしたんだ?」
「ここまで霧が流れてきたみたい。急いで戻った方がいいかも」
たしかに景色がボヤけて見える。三種の襲撃に備える必要がありそうだ。
足早に戻ると、喧嘩の仲裁に入る赤坂隊長とヒロトの姿があった。ヒロトに羽交い締めにされているソウジは半獣化しており、尻込んだ相手は赤坂隊長の背後に隠れている。その合間にも霧はどんどん濃くなっていき、そして肉眼では捉えられないほどになった。
そこに、予期せぬ事態が発生した。
聞こえてきたのは獣の唸り声とハンターの囁き声だ。一瞬にして場は沈黙した。しかしそれも束の間、第一試験の事を覚えている俺たちはすぐに恐慌をきたした。
あの脅威が、絶望が、脳裏に焼きついた生き地獄が再び繰り返されようとしていた。




