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蝕喰(しょくばみ)  作者: 犬丸
第二章
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第二章・11 「十一年前」

 南光に移動しているあいだ、俺とヒロトが会話を交わすことはなかった。忠実に従っているわけではないが、俺はヒロトのずっと後ろを歩いている。


 そして、いつものように背中を見つめながら、考えていた。


 数日前にあったやり取り、あれは明らかに「お願い」ではなく「命令」だった。レンの時もそうだが、俺と二人の時も物凄い剣幕で怒鳴られ、生まれて初めて兄さんを怖いと、そう思った。


 まるで別人だ。胸の奥にチクリとしたものを感じ、俯いた。


 南光まであと少しのところだろうか。隣にやって来たのは片倉ダイチだった。




「なんだよ」


「そう睨むなって。レンのことでおめぇに謝りたくてよ」



 

 言いながら、純真さが溢れる笑みをこぼす。


 近寄るなと注意したかったのに、あまりの温和な空気に怒鳴る気力を持っていかれてしまった。こんな混血者もいるのかと思わずダイチの笑顔に見入ってしまう。




「あん時はすまなかったな。ただ、レンは感じたままのことを口走っちまうだけで悪気はねぇんだ。これっぽちもな。ソウジ様に対してもズケズケ言っちまうしよ」


「犬は群れで動く生き物だろ」


「レンは違う。ソウジ様をリーダーとして認めてねぇんだ」


「……もう気にしてない」




 そう、あの件はどうだっていい。


 今、俺の頭の中をグルグルと渦を巻いているのはヒロトのことだ。たしかにレンの発言には怒りを覚えたが、兄さんだからといって、あれは言い過ぎだしやりすぎでもある。




「レンは怪我とかしてなかった?」


「擦りむいただけだ、気にするこたねぇ。それよりも、心配なのはおめぇらの方だ」




 ヒロトの背中を見たダイチは、太い腕を胸の前で組んで少し首を横に傾ける。




「弟だからっていくらなんでもなぁ。おめぇにもプライドってもんがあるわけだからよぉ。兄弟喧嘩になるのも仕方ねぇとは思うが……」


「俺が悪いんだ。レンの言う通り、ヒロトの後ろに隠れてばっかだし。ケンタと同等にされたのは(かん)に障るけどな」


「うーん、実はよぉ、レンが言ってたことはさっぱりわからねぇんだ。ヒロトがどんな顔でおめぇの前に立ってるかだなんて言ってたけど、おめぇの前に立ってるときは、誰も近寄るなって顔で、まるで自分のテリトリーを汚されてキレちまった獣のように威嚇してるぐれぇだ。それはおめぇにも想像がつくだろ?」


「ほとんど後ろ姿だけど、なんとなくわかるよ」


「そりゃもう恐ろしいの一言に尽きるぞ。ありゃまともに見なくて正解だ」




 それからダイチは、ソウジといがみ合うヒロトの様子や、俺がいないところで喧嘩をしていたヒロトの激しさを語ってくれた。そのなかにはユズキやイツキも含まれていて、ただ仲が良いってだけではないようだ。




「あとは、俺らも喧嘩したことがあった。配下揃ってボコボコにされちまって、あとでソウジ様にこっぴどく怒られちまったけどなぁ」


「ヒロトがピアスをあけた時か……。ユマからは、そっちに非があったって聞いてるけど、そうなのか?」


「情けねぇ話しだが、そうだ。おめぇら兄弟の噂を聞いたレンが、どうしてもおめぇらを見たいってんで探しに行ったんだ。あの時はどんな奴かも知らねぇから、レンのやつは大声で叫んでてよ」


「なんて?」


「呪われた兄弟はどこですかー、ってよ。そしたらそこにヒロトが現れて、レンはもう一つの噂を口にしちまった」


「え、まだ噂があったのか?」


「弟は弱虫だって、そんなもんだ。だけどよ、どうやらヒロトにはそっちの噂の方が許せなかったみたいでよ。最初にレンが殴られて、それを庇った俺ともう一人の奴も巻き添えを食らった。訓練校に入学する前の話だ」




 そんな噂が流れていたとは露ほども知らなかったが、どうやら俺はその頃から守られていたらしい。


 幼い頃、俺がいないところで喧嘩をして怪我を負って帰ってきても、ヒロトはただ「やられたからやり返した」としか答えなかったから、全く知らなかった。


 格好いい――、素直にそう思った。




「それがきっかけで親しくなった、ってわけか」


「簡潔に言えばそうなるけどよ、あの後、俺らが悪いってんのに、おめぇんとこのじいさんと一緒に集落まで謝りに来てくれたんだ」


「――っ、じいちゃんに会ったことがあるのか!?」


「お、おう。どうしたんだ?」


「いや……。訓練校に入学する前、か…」




 たしか、じいちゃんがいなくなったのもそれくらいだ。父さんの震えた笑顔を見て以来、あまりこの話題には触れてこなかったが、じいちゃんは未だに旅から戻っていない。


 ヒロトとレンの話しをしているつもりが、思わぬ収穫だ。


 いきなり黙りこくってしまった俺にダイチは疑問を抱いている様子で、こちらを気にしながらも会話を続ける。




「一番派手にやられたレンの家から寄ったみてぇだけど、あの頃はそれどころじゃなくなっちまって、後日また謝罪に来た。俺らは混血者だってのに、良いじいさんだな」


「それどころじゃないって、なにかあったのか?」


「ソウジ様が東昇の奴に浚われそうになったんだ。レンが始末しちまったみてぇだが、あん時はヒロトとじいさんも近くにいたから、巻き込まれたんじゃねぇかって集落は騒ぎになってよ」


「ユマはそこまで詳しく話してくれなかった」


「当たりめぇだ。東昇の奴との一戦で、ユマの親父が死んじまったんだ。それが原因でユマは変わっちまった。レンもな……」




 もともと、ユマはとても女の子らしく、野蛮だと言って闇影隊に入隊する気もなかったらしい。しかし、父親が亡くなってから全てが変わってしまった。一度は家庭は崩壊寸前にまで陥ったそうだが、ユマが訓練校に通う意思を母親に伝えたことで落ち着いたという。


 レンはというと、俺が想像したままの小型犬みたいな子だった。遊ぶことが日課で、人をおちょくっては怒らせて、それを楽しんでいるような子だ。いわゆる構ってちゃんってところだろう。だが、あの事件を機に性格には冷淡さが追加されてしまい、今のレンに仕上がってしまった。




「レンが人を殺したことがあるって聞いたけど、東昇の奴だったのか……」


「そういうこった」




 そして、わかってしまった。カナデが北闇に来た訳を――。




「ちと話が逸れちまったな。俺にも兄ちゃんがいて兄弟喧嘩になる時もあるけど、その理由は大半がくだらねぇことだ。でもよ、仲は良いぞ? 配下に俺が選ばれちまって気まずかったけどよ、それでも兄ちゃんは応援してくれてんだ。たけど、おめぇんとこは兄ちゃんって感じがこれっぽっちもしねぇ。あれじゃまるで……」




 番犬だ――。


 そう言い、ダイチは鼻で息を漏らした。


 それから日も暮れ始めた頃、俺たちは南光の国に足を踏み入れた。




「すごい数だな……」




 門を潜ってすぐ、目の前には戦闘服に身を包んだ受験生が何百といた。国によって戦闘服の色に違いがあるらしく、北闇は黒と緑が基調であるが、東昇(とうしょう)は黒と青、西猛(せいもう)は黒と白、南光(なんこう)は黒と赤を基調としている。


 それはともかく、想像以上の受験生の数に目眩がする。しかし、これだけの数がいれば、第一試験のハンター討伐はどうにかなりそうだ。問題は、受験生同士の接触ってところだろう。これだけの数が一斉にハンターを狩るとなると流れ弾を食らってもおかしくはない。


 受験生を横目に門から国内へ進んでいくと、青島隊長は受付と書かれた紙が貼られているテントに向かった。そこで登録を行うらしく、班ごとに並んで順番を待つ。




「次、中に入れ」




 いよいよ俺たちの班の登録だ。




「青島班、受験者四名だ」


「ここに名前の記入を。混血者は混血者の欄へ」




 青島隊長が記入をしている間に、受付係の男性は箱を一つこちらに差し出した。ヒロトが受け取ったそれを覗きこむと、中は四つに区切られていた。


 俺たちが確認したのを見て、男性が口を開いた。




「なにをモタモタしている。早く髪の毛を切って中に入れろ」


「え、何の為にですか?」




 俺の問いに、男性は青島隊長の顔をギロリと睨んだ。




「説明していないのか?」


「いやあ、なにせ試験は十一年ぶりだ。申し訳ない」


「……ったく。お前たちが死んだ時、親御さんに形見として持ち帰るために提出するのだ。わかったらさっさと切れ。次が待っている」




 四人で顔を見合わせて、仕方なく言う通りにする。髪を切りながら、耳の奥に総司令官の話しが聞こえてきたような気がした。


 髪の毛を入れた箱を渡し、テントを後にする。次に向かうのは宿屋のようだ。


 少し短くなった髪を指で触りながら、青島隊長にカナデが問う。




「宿屋に着いたら今度はなにをするのですか?」


「移動の疲れを取るだけだ。試験は明日の早朝に開始される。それまでは特にすることもない」


「お、王家から激励の言葉の一つや二つくらいあるのかと思ってたぜ!! なあ、ナオト!!」




 ぎこちない喋り方でヒロトは俺にそう声をかけてきた。ヒロトなりの仲直りのつもりなのだろうが、俺は黙って頷いただけで言葉を返さなかった。出来なかったのだ。


 命令されたことが悔しくて、その言いなりになっている自分が情けなくて、ヒロトを格好いいだなんて思ってさらに惨めになった。


 たしかに俺はヒロトの弟だ。しかしそれは、「この世界」に生まれてしまったから。それだけの理由だ。


 ただ、ヒロトはそれを知らないってだけだ。




「青島班!! そこで止まれ!!」




 そこに、受付係の男性が走ってこちらにやって来た。表情は険しく、それを見た青島隊長は眉間にシワを作る。




「なにか問題でも?」




 カナデを背にして前に立ちはだかった青島隊長は、腰に片手を添えて目の前に来た男性を見下ろした。




「勘違いするな。混血者に用はない」




 そう言って、俺たち男三人の方に視線を送る。




「……青空イツキ、貴様は受験できない」




 イツキ以外の四人が驚くよりも早く、南光の精鋭部隊が駆けつけた。イツキを取り囲み臨戦態勢をとっている。北闇の精鋭部隊は動物の面をつけているが、南光は目の部分がくりぬかれた真っ赤な面だ。


 その輪の中に割って入った青島隊長はイツキの肩を抱いて受付係を睨みつけた。




「どういうことだ。説明しろ」


「……ソレは、十一年前の根源の一人だからだ。青島さん、あなたには過去の戦争で大勢の命を救った功績がある。手荒な真似はしたくない。……許してくれ」




 受付係の言葉に、俺はイツキの背中に動揺の目を向けていた。




「(まだ……いるのか……)」




 十一年前とは大地震のことだとわかる。しかし、男性は「根源の一人」だと言ったのだ。イツキのような奴が他にもいて、それは――、いやそんな事があるはずがない。


 ジンキだけではなく、他にも得体の知れない生き物がいるなんて考えたくもない。




「用件はそれだけか?」


「いや、まだある。ソレは国外へ出てもらう。その他の者は宿屋へ移動しろと、王家からの命令だ……」


「――っ、一人で国外に出るなど自殺行為だ!! 王家はいったい何を考えている!!」


「……あの戦争以前に、オウガ様の弟であられるエイガ様が行方知れずとなったからだ。あなたもその事は知っているだろう」


「ああ、知っているとも。オウガ様を筆頭に戦争が起こったこともな。我々はそれを泣く泣く受け入れたというのに、あのお方には慈悲の心がないのか!?」


「どうかわかってくれ。今回の試験で国から出されるのはソレだけではないのだ。南光からも女の子が出されている。試験期間中、彼女は国に入れない……」




 いったいどういう事だろうか。


 戦争以前となると、かなり前の出来事だ。しかし、イツキが関与していると疑われている大地震は十一年前。




「青島隊長……」




 エイガ様とやらが消えた件と、二十年前にあった戦争。そして十一年前の大地震。大地震はともかく、他の二つの件にどうしてイツキの名前が挙がるのか――。そう尋ねようととすると、イツキは一人で門に向かって歩き始めた。




「イツキ!!」


「ナオト、俺は大丈夫。ハンターや獣なんかに喰われたりしないよ」


「でもっ……」


「青島隊長がいないと、全員受験資格を剥奪される。だから、青島隊長も着いてこないでね」




 青島隊長の考えがわかっていたのか、止められる前にイツキは重心を低くして走る態勢をとった。そして、一歩蹴ったその瞬間、俺たちを襲ったのは後ろによろめいてしまうほどの突風だった。


 片腕で視界を守りながら、飛ばされそうになったカナデをもう片方の腕で支える。風が吹きやむと、そこにはもうイツキの姿はなかった。


 門前に集る受験生の様子から察するに、この場から消えたのではなく、猛スピードで門から出たようだ。あまりの足の速さに驚愕するばかりだ。




「カナデちゃん、平気?」


「う、うん。ただ少し恥ずかしいかな。私たちと違って、青島隊長とヒロト君は平然としてるから……」




 振り返ると、そこには何食わぬ顔でこちらに手を差し伸べるヒロトの姿があった。




「一人で立てる……。ってか、あれを見てなんとも思わないのか?」


「イツキは優秀だって話さなかったっけ?」




 ユズキが転校してきたその日、たしかにヒロトはそう言っていた。だが、あまりにも常軌を逸している。これでは周りに化け物だと指を差されても釈明のしようがないじゃないか。


 ――いや、イツキにとってはどうでもいい事だ。あいつはジンキの存在を受け入れていたし、喜んですらいたのだから。


 こうして、とんだ激励を受けた青島班は宿屋に移動したわけだが、一息する間もなく、俺は青島隊長に数々の疑問をぶちまけていた。


 受付係の男性との会話が忘れられなかったのだ。

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