第一章・2 「化け物」
あれから半年が過ぎた。
徐々に物が見えるようになり、周りには人が増えた。その中で、俺は情報収集に励みながら知らない人の世話になっている。
連れて帰られたのはヒロトだけで、俺はどこか施設のような場所に預けられたのだ。少し寂しくも感じたが、まだ状況が理解出来ていない俺には丁度いい距離だと言い聞かせた。
それはさておいて、情報収集の甲斐あって、俺が生まれたのは「北闇の国」という場所だとわかった。初めは聞き覚えのない国名に混乱し、さらには違う世界だと知り、赤ちゃんながらに頭を抱えたのはつい最近のこと。
それともう一つ、生まれた日に起きた大きな揺れは「北闇の大地震」と呼ばれていて、その規模は非常に大きかったらしく、大人たちは窓の向こう側で崩壊した建物の復興作業に追われていた。
地震が起きて数日間は、廊下を走り回る音や治療に耐えてるだろう悲痛な声、家族を喪った人たちの叫び声やらで寝られない日々が続いたが、この紅葉饅頭みたいな小さな手で手伝えるはずもなく、ただ慌ただしく動き回る人たちを見守るしかなかった。
今も窓の外では連日に渡って瓦礫を片付ける人々がいて、怪我人の治療にあたったりと何かと忙しない日々を過ごしている。
とはいっても、俺には俺の戦いがあった。人生二度目のオムツは羞恥心との勝負だったのだ。相手を蹴り飛ばそうとするも可愛らしい動きにしかならず、俺を見ている敵の女の人は終始笑顔で相手にもしていなかった。
そんな毎日を過ごす俺は未だに母さんと顔を合わせた事がない。母乳ではなくミルクで育ち、それからあっという間に年月は流れ、三歳の頃にやっと父さんが迎えに来てくれた。
木造二階建ての一軒家に暮らす走流野家は、父さんと母さん、それにじいちゃんと兄のヒロトと俺の五人家族だ。しかし、家に母さんの姿はなく、仕事で忙しい父さんに代わって、じいちゃんとヒロトが遊び相手となっていた。
そんな生活や新しい家族に慣れるまでに八年かかり、前の世界の頃と変わらず立派なビビリに成長しながら、この世界にはあるはずの物がないと気づいた。
それは季節だ。春夏秋冬がなく温度にはいつも差があり、夏のような日がきたかと思えば次の日は真冬のように寒かったりと、とにかく気温差には苦労した。
今日の天気は春日和。寒くもなく暑くもない。ヒロトと一緒に遊びに出た俺は、目の前を揺れる金髪を見つめながら自分の顔に手を添えた。
双子として生まれた俺たちは顔がそっくりだ。唯一違う所といえば髪の色くらいで、俺の髪は黒いけどヒロトの髪は金髪。父さんいわく、ヒロトは母さん譲りであるらしい。
目の色はカラコンを入れたみたいに綺麗な色をしていて、男四人とも薄紫色をしている。鏡を見ては自分の姿に惚れ惚れして、ヒロトの髪を見てはいつも母さんを思い描いていた。
ちなみに、俺たちの性格は真逆だ。口が悪い点は同じだけど、ヒロトはとにかく喧嘩っ早い。それに勇気がある奴で、常に真っ向勝負で挑んでいる。ビビリな俺とは大違いだ。
何かあればヒロトの後ろに隠れて、言葉の暴力という卑怯な攻撃を繰り出す毎日だ。ボコボコにされて泣きまくる俺を、いつも優しく励ましてくれるヒロトは本当に優しい兄ちゃんである。
とはいえ、俺たちが喧嘩ばかりするのには理由があった。「呪われた兄弟」だと冷やかされるからだ。俺のせいでヒロトまで巻き込んでしまい、罪悪感を抱く毎日だが、喧嘩は弱いしすぐ逃げる。たまにヒロトの優しさに胸の奥が痛く感じる時もあった。
しかしいつからか、俺たちよりも酷い扱いを受ける男の子が現れた。そいつは「化け物」だと噂されていて、何度か見かけた事があるが受ける扱いは冷やかされるなんて可愛いものではなかった。
そんなある日、公園で遊んでいると、いつ来たのか噂の男の子が俯きながら一人でブランコに揺られていた。年上の奴らに囲まれて虐められている。
「なぁ、ヒロト……」
「ん?」
「見てよ、あれ……」
石を投げつけられているのに、俺たちみたいにやり返そうとはしなかった。緑色の髪の毛は顔を隠すほどに伸びており、隙間から見えた虚ろな目に釘付けとなる。
少し顔を上げた男の子の額からは血が流れていた。よく見ると服はボロボロで、どこを歩いたのか足の裏はとても見れたものじゃない。
思わず目を背けたくなる容姿に得体の知れない恐怖を感じ、金縛りにあったみたいに動かなくなった体。助けたいのに体は石のように硬く、それはヒロトも同じようだった。
とその時、どこからか耳を塞ぎたくなるような怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前っ! 石を投げるなんて危ないだろう!」
その子は女の子で、銀と紫が混ざったような珍しい髪色をしている。あんなに細い体なのに、どこから大きな声が出てきたんだろう。
「ヒロト、そろそろ帰ろう?」
「ん、帰るか……」
空を仰げばもう夕方になっていた。父さんが夕ご飯を作っている頃だ。
男の子を横目に見て公園を出た俺たちは、家に向かってゆっくりと足を進めた。すると、また聞こえてくるあの子の大きな声。
「イツキ!」
声に振り返ると、男の子も帰るところだった。
「(イツキ、か……)」
化け物じゃなくて、イツキ――。
名前を覚えた俺は、また家に向かって歩き始めた。




